第六十四話 意外な助け舟
数日後、ホークとファナは簡単な式を挙げ、夫婦になった。エルフには結婚を大きく祝う風習は無い様で、簡素なものだった。
「うーん」
「どうしたの? ホーク?」
「いや、結局ファナの部屋に居着いちゃうようになったなと思ってね」
ファナは笑って答えた。
「いいんじゃない? 夫婦なんだし、変じゃないと思うよ」
ホークはファナの汲んでくれた紅茶を飲んだ。
「じゃあ仕事に行って来るよ」
「気をつけてね」
ホークは女王アリサから主に内政面の仕事を任されている。義理の息子となったホークに軍事面は危険があるので任せたくない気持ちがあったのだろう。ファナもホークが内政の仕事ばかりしているのを見て安心していた。
その日のホークはドワーフを率いて、川の治水工事の監督をしていた。
オストガルドでも経験がある仕事だったので、仕事はスムーズにいった。何より、ドワーフ達がよく働いてくれる。
(城にいたら、エルフの女の人にかしずかれてばかりだからな……。こういう所でドワーフの皆に囲まれて仕事をしている方が息抜きになるな)
仕事を進めながら、ホークはそんなことを考えていた。
「ホークの旦那、お疲れ様でさあ」
監督をしていたホークに作業をしているドワーフの、まとめ役をやっているドワーフが話しかけてきた。
「ああ、トネルコさん。おかげで作業がはかどってますよ」
「いやいや、ホークの旦那が正確な図面と計画を立ててくれるからあっしらも迷わずに作業ができるんでさあ。ホークの旦那様様でさあ」
「まあ、昔もやったことがある仕事ですからね」
「そうでやすか。で、ホークの旦那のおかげで、もう明日の工程も済んでしまってやすが……」
トネルコがそこまで言って、ホークは本当は何が言いたいのか勘付いた。
「そうですね。そう急ぐ必要もない作業ですし、今日はここまでにして酒場にでも行きますか?」
それを聞いて、トネルコは満面の笑みを浮かべる。
「いいんですかい? 有難う御座います! それじゃ皆に知らせて来まさあ!」
トネルコは作業場に戻って、そのことを知らせに行った。
ホークと作業をしていたドワーフ達は、エルフィンの大衆酒場に移動した。まだ、混み合う時間ではなかったのだが、ホーク達が来たことで一気に混み合う。
「ありゃ? ホークの旦那? 酒じゃなくてミルクですかい?」
カウンター席の隣に座ったトネルコにそう言われて、ホークは照れ臭そうに笑った。
「僕は飲めないんですよ。すみませんがミルクでつきあわせて下さい」
「そりゃあすまないことをしてしまったなあ……知らなかった。分かりやした、ここのホークさんの飲み食い代はお詫びにあっしが持ちましょう」
「いやいや、気を使わなくても大丈夫ですよ」
「いや、そういうわけにもいきません。なあに任せておいて下さい」
「分かりました。それじゃお言葉に甘えます」
「よかったでさあ。それじゃあ乾杯!」
トネルコの乾杯の音頭で二人はグラスを空ける。
「いい飲みっぷりだね。トネルコさん」
「ええ。あっしはこれが一番の楽しみでしてね。後のことはついでみたいなもんでさあ」
「ついでということはないでしょう? よく作業をまとめてくれるし」
「いやいや、ホークの旦那のような賢い人が監督をしてくれてるから、あっしも動けるんでさあ。旦那は若いのに大したもんだ。ファナ様は男を見る目があるなあ」
トネルコがそう言ったのを聞いて、ホークはやや表情を曇らせた。
「どうしたんでやすか? ホークの旦那? ありゃ? 悪いこと何か言ったかなあ?」
「いや、何も悪いことは言ってませんよ。ただ、ちょっとオストガルドのことを思い出したんです」
「そうでやしたね。旦那はオストガルドから来たんでやしたね」
「ええ、家族や友人のことをよく思い出します」
「……複雑な事情があったんでやしたね」
トネルコは同情の表情を浮かべている。
「帰りたいと思うことはよくありやすか?」
「……ええ。ファナには悪いけど、そう考えることはよくあります」
「そうでさあね。あっしも同じ立場だったら、同じことを考えているでしょう」
そう二人が話していると、少し離れたカウンターの席で飲んでいた、大きな体の客が近寄って来た。
「ここ、いいかい?」
その客はホークに訊いてきた。
「ええ、どうぞ」
ホークがそう言うと、その客は巨体を椅子に落ち着かせた。厚い服を着て、店内でも帽子を深くかぶっていたので、ホークは体が大きな男だとしか分からない。
「久しぶりだな」
「?」
大きな男はそう言ったが、何のことかホークには分からなかった。男は深くかぶった帽子をずらして、少し顔をホークに見せた。
「あっ! お前は!」
男はレッサーデーモンのベルガだった。
「おっと、大きい声を出すなよ。俺はここではただの客だ」
「まだ生きていたのか……。で、僕に何のようだ?」
「まあそう邪険にするな。もう前のように、お前を襲うつもりもない。勝てないのも分かっているしな」
ベルガはそう言うと左手でグラスを持ち、酒を飲み干した。昔、キルスに切り取られた右腕には義手がつけられている。
「何にしてもここじゃ話しにくい。席を変えよう」
ベルガはそう提案してきた。ホークは少し迷ったが、ベルガに従うことにした。
「トネルコさん。彼はちょっとした僕の顔馴染みなんだ。彼と話してきたいんだけどいいかい?」
「そうでやすか……。旦那と飲みたかったんでやすが、そういうことならしょうがない。あっしは他の皆と混ざって飲むことにしやしょう」
「すみません。トネルコさん」
トネルコは気にするなというように、後ろ手を振って、他のドワーフがいる席へ移動した。
「じゃあ、俺らも席を替えよう」
ホーク達も奥の部屋の席に移動する。
「で、何の話があるんだ?」
「お前、オストガルドに帰りたいんじゃないのか?」
ホークは本音をつかれて内心ドキッとしたが表情には出さず答えた。
「帰りたい。何もかも残して来ているしな」
「だが、強引に帰ろうとすると関所で引っかかるだろうな。リゾレッタに続く森に行く前に関所があるからな」
「強引に帰れるとは思ってないさ。女王様の許可をいつか受けて帰るつもりさ」
「いや、それは無理だろう。お前は女王の義理の息子になってしまったんだろう? 行ったきり帰って来なくなると女王も思うはずだ。それなのに許可を出すわけがない」
それはホークも考えていたことだったが、ベルガにあらためてそう言われると、表情が沈みこんでしまう。
「まあ、そんな顔をするな。俺はお前が上手く帰ることができる話を持ってきたんだ」
沈んでいたホークはベルガの方を向き直した。
「そんな話があるのか?」
「あるぜ?」
そう言うとベルガは、何時の間にか注がれていた酒をまた飲み干した。
「関所を通らずに、リゾレッタへの森を抜ける方法があるんだ。いわゆる抜け道だ」
「詳しく教えてくれ」
ホークは酒を注文して、ベルガのグラスに注いでやった。




