第五十四話 要(かなめ)の戦
クーガーがコルギスを攻めてから時が経ち、ホーク達は二十三歳になっている。
「どーれ、気持ちいいか? クク?」
ホークは翼竜のククの体を洗ってやっていた。
「キュルルルッ」
ククは気持ちよさそうにしている。
「キュキュ! キュキュ!」
その側でホークの息子、ファルコンが駆け回って遊んでいた。
「ははっ。元気がいいなファルコン。外は楽しいか?」
ホークは半分、独り言のようにファルコンに話し掛けた。当然まだ幼すぎるファルコンには、言葉がまだ理解できず、無邪気に駆け回るだけだった。
「まだまだ言うことは分かんないよな……。まあ、元気に遊んでてくれればいいや」
ホークはファルコンを見守りながら、ククを洗いつづけた。
「ホーク! そろそろファルコンを連れて帰って来て! お茶にしましょう!」
ホークの実家から、レンが呼ぶ声が聞こえた。澄み渡った空によく通る声だ。
「分かった! ちょっと待ってて!」
ホークはククを洗うのを止め、
「帰るぞファルコン。ママが待ってるよ」
「パーパ、パーパ」
ホークはファルコンを抱え上げて、実家に戻って行った。
「キュルルルッ」
洗ってもらってさっぱりしたククは、洗ったついでにホークが与えておいた餌をムシャムシャと美味そうに食べている。
その頃グランドパレスではクーガーを中心に会議が行われていた。
「コルギスを攻め落としてから大分経ったな。兵士達の戦意も回復してきたようだが……」
話しているのはクーガーだった。
「はい。コルギスの戦いで大勝したこともあり、兵士達の士気は昨年より上がってきています」
合いの手を入れるようにフェジーナが言った。
「コルギスで大勝したからといって、安心はできんな。我が国は大国とはいえ、今は全ての国を敵に回してしまっている」
クーガーはそう言って、やや険しい顔をした。
「申し訳ありません父上……。全て俺の軽率さが招いたものです……」
カルザスは面目なさそうに険しい顔のクーガーにそう謝った。
「もうよい。どの道こうなる運命だったのだろう。過ぎた失敗は教訓として心に留めておけばよい。お前にはよい薬になったであろう?」
「はい……。きつい薬になりました」
今のカルザスは昔とは違うように誰しも見ていた。実際、顔つきも軍務、政務への携わり方も以前とはまるで違って勤勉になっている。
「で、フェジーナ。これからの方策を考えているのなら聞かせてもらいたいが?」
クーガーはフェジーナにそう意見を促した。
「はっ。それでは申し上げましょう。先ほど陛下がおっしゃられたように、我が国は全ての国に包囲網を敷かれていますが、一番注意するべき国はやはりオストガルドです」
「その通りだな、コルギスを攻め取ったのもオストガルドとの戦いを考えたゆえの戦略だったな」
「はい。そして今はそのオストガルドに侵攻する良いタイミングと私は考えています」
フェジーナがそう言った所で、会議に参加していたモリスが口を挟んだ。
「フェジーナ様の意見はよく分かりますが、我が国はオストガルドだけでなく、エルフィンとも国境を接しているでしょう? オストガルドを攻めている間にエルフィンが我が国を攻めることは考えられませんか?」
フェジーナはモリスの問いに少し考え、こう答えた。
「モリスさん。あなたはエルフィンという国がどういう国か、私達の中で一番分かっておられるはずです。戦が好きな国でしたか?」
「いえ。戦という文字すら嫌う国です」
「そのエルフィンが、侵攻やオストガルドへの救援に兵を動かすことは有り得ないと私は考えています」
「なるほど、確かにそうでしょう」
モリスを納得させたフェジーナはクーガーの方を向きなおして言った。
「陛下、オストガルドは元々豊かな土地を持っております。今、侵攻しなければ浄石の輸入が止まった我が国との国力差を詰められてしまうでしょう。どうか遠征のご決断を」
クーガーは暫く目をつむって考えていたが決心した。
「分かった。リゾレッタ地方からオストガルドへ侵攻しよう。フェジーナ」
「はっ!」
「至急、兵の編成を頼む」
「承知しました!」
「今日も精が出るね、父さん」
グランドパレスで会議が行われた数日後のリゾレッタでは、ホークとラークが城の調練場で何気ない会話をしていた。
「ああ、おじいちゃんはまだまだ頑張るぞ」
「まだまだ若いからね父さんは」
息子のホークにそう言われて、ラークは声を出して笑った。
「息子にそう言われるとおかしな感じがするな」
そんなことを親子で話していると一人の兵士が何かを知らせに近付いて来た。
「ホーク様、ラーク様、カイト様がお呼びです。執務室まで来て欲しいとのことです」
「分かりました。すぐ行きます」
ホークがそう言うと兵士は下がって行った。
「何だろうね?」
「あまりいい話じゃないだろうな。とにかく行ってみよう」
ホークとラークは執務室に急いだ。
執務室内ではカイトの他に、アベルとシェラもいる。主だった指揮官はホークとラークが来たことで全て揃ったことになる。
「来てくれたなホーク。それにラークさん」
カイトがそう迎えたが、顔色は冴えなかった。その顔色を見てホークはこう言ってみた。
「グランドパレスが攻めてくるのか?」
カイトは少し驚いた。
「どうして分かった?」
「顔に書いてある」
ホークがそう言ったのに、カイトは笑った。少し気分がほぐれたようだった。
「俺は顔に色々と出やすいようだな。諜報に出していた者が帰ってきて、クーガー達が出兵したことを報告してくれたんだ。本国にも諜報官の一人が報告に行っているようだ」
「去年コルギスを落としたばかりだが、動きが予想より早かったな」
「戦の傷が浅かったんだろうな。あちらさんは攻め取ったコルギスを足がかりにこっちを攻めてくるだろう」
「言ってることの割には、やけにのんびりしてるなシェラ?」
シェラはホークにそう言われ、一つ大きく伸びをした。
「来るもんは慌てても仕方ないしな。それに攻めてくるのは見越していたんだろう? 軍師さん?」
「近い内に攻めてくるとは思っていた。あっちはオストガルドを攻め取ったら、あらかた終わりだからな」
「簡単に言うなよ。そうなったら俺たちも終わりだぞ?」
「だから、何とか勝つように考えるさ。で、カイト。諜報官は敵の兵数は言ってなかったか?」
「四万だ」
「リゾレッタもあれから増兵したが、それでも今は九千だからな……。本国からの救援の兵が幾ら来るかだな」
「ここが落ちたら侵攻は成ったようなものだから、かなりの兵力をよこしてくれるだろう。トリネアスからも救援は来るはずだ」
ラークがそう言った。流石に歴戦の猛者だけに説得力がある発言だ。
「そう言えば、父さんが指揮官として戦うのを初めて見ることになるね」
ホークが思い出したように言うのに、ラークは苦笑いをした。
「見せなくて済むんだったら、それに越したことはなかったんだがな」
「そうだね……。よし、敵が攻めて来る所は決まっている。国境付近に兵を展開しよう。あとは救援がどれだけ早く来るかだ」
ホークはそう言った後、各自に作戦の役割を説明し始めた。




