第四十三話 トリネアスへの援軍
「この水路が整えば、この辺りも人が増えるだろう。皆、有難う。恩に着るよ」
「なあに。ホークさんの頼みだ、どうってことないよ。それに、ホークさんの言う通りに村を整備してきたおかげで、ここらも随分よくなったしなあ」
「本当だ。ホークさん様々だよ」
トリネアスとグランドパレスの国境付近が不安定になっている頃、ホークはリゾレッタの治水工事に取り組んでいた。
「なあに。皆が一生懸命働いてくれているから暮らしやすくなってきただけだよ。僕は何もしてないよ」
「いやいや。あんたは立派な指導者だよ」
「はははっ、有難う。そう言ってもらえるだけで嬉しいよ。工事も一段落したし、城に戻るよ。皆、お疲れ様」
ホークはそう治水工事を手伝ってくれた皆をねぎらってその場を後にした。
ホークが城に向かっていると、丁度ホークを呼びに来た城からの使いと、途中で出会った。使いの者は、息を切らせていた。
「はぁはぁ……。良かった丁度会えた……。ホーク様。カイト様がお呼びです。至急登城するようにとのことです」
ホークはそれを聞いて嫌な予感がした。
「分かった。城に向かう途中だったんだ。急ぐよ」
ホークは城に向かって走った。そして城に着き、会議室も兼ねている執務室に入った。
「……」
執務室内は珍しく勢ぞろいだった。ケルトやゾルカスまでいた。しかし、重苦しい沈黙が漂っていた。
「……どうしたんだ皆。まあ、何となく察しはつくけど」
ホークの声を聞いて、気を取り直したカイトが沈黙の理由を話し始めた。
「来てくれたなホーク。俺から何で黙ってるか説明しよう」
「ああ、頼むよ。理由は?」
「一言でいうと、グランドパレスが宣言を破り、トリネアスに攻め込んだんだ」
「やはりそうか」
「お前の察しの通りだったか?」
「ああ、これで……」
ラークがホークの言葉尻を取ってこう言った。
「全面戦争になるな」
それを聞いて、皆一様にうなずいた。
「それを知らせに来たのはオストガルドからの使いだよな?」
「そうだ」
「その報告以外に、何か言ってこなかったか?」
「トリネアスへの出兵の命令が来ている。それで皆、集まっているんだ」
立ったままだったホークはまず手近な席に座った。
「兵は出さないといけないが、リゾレッタの防備もおろそかにはできないな」
「ここには二千の兵を残しておきたいね。最低でも。それ以下になると危険だと思う」
これはアベルの意見だった。ホークも同意見だった。
「恐らく、グランドパレスもことを起こしたからには兵力をトリネアスに集中させてくるだろうが、そのくらいは残す必要はあるだろうね」
「で、その守備には誰に残ってもらおうか?」
「父さんとアベルに残ってもらおう。二人に残ってもらえば何かあっても対応できると思う」
「俺とアベル君を残すということは、お前もトリネアスに行くということだなホーク?」
「そうだよ、父さん。リゾレッタと母さんを頼むよ」
ホークがそう言うのを聞いて、ラークは少し笑った。
「言うようになったな。分かった、リゾレッタはしっかり守っておこう。気をつけて行って来なさい」
「有難う。じゃあ、明後日までに編成をしておこう。トリネアスへ出兵するのはその日になるよ。皆、いいかい?」
「分かった。兵士の編成はホークとアベルに任せる。あとの皆は、明後日まで休息を取ってくれ」
「はい!」
カイトがそう言うと、皆、執務室から出て行った。しかし、ケルトとゾルカスは部屋から出ずに、ホークの方をジーッと見ていた。
「何だよ二人共、何か言いたそうだな?」
「ホーク。俺たちは編成から外さないよな?」
ケルトが少し不安そうに訊いてきた。
「ケルトとゾルカスは僕の側近だよ。何処へだって連れてくさ」
それを聞いて二人とも表情が明るくなった。
「よーし! しっかりホークを守るからなあ!」
「頼んだよゾルカス」
出兵の当日の朝になった。
「ホーク。気をつけてね。無事に帰って来るんだよ」
家の前でメイシャがホークを見送っていた。レンも早朝にもかかわらず見送りに来ていた。
「ホーク。まだ私があげたお守りは持ってる?」
「ああ、持ってるよ。これ、結構ご利益があるからな」
「それ女神の刺繍がしてあるでしょう? 気付いてた?」
「何回かじっくり見ることがあってね、気付いてたよ。レンが刺繍してくれたんだったよな」
「その女神の刺繍は防災や安全をもたらすものなの。肌身離さずもっていてね」
「分かった。ずっと持ってるよ」
そう言ったホークの手をレンは優しく握った。
「絶対、無事に帰って来てね」
「キュルルッ」
ククも置いていかれることが分かっているのだろうか、寂しそうに鳴いている。
ホークは見送られた後、結団式に向かった。結団式はとどこおりなく終わり、全軍の士気が高まった。編成は予定通り四千で、守備に残す兵は二千となっている。
「じゃあ、俺とアベル君でリゾレッタを守っているよ。気をつけてな」
「うん。行ってくる、父さん」
ラーク達に守備を任せ、ホーク達は遠征に向った。集結場所はオストガルド本国のトリネアスとの国境付近になる。リゾレッタの兵はラークの厳しい調練で、皆、精兵になっていたが、それでもそこまで行軍するのに六日かかった。
国境付近では、既にキルスとサリア、それにバリルの兵が駐屯しており、陣営を張っていた。ホーク達もそこでいったん荷をほどき、合流した。
「来てくれましたか軍師殿。カイト王子もお久しぶりです」
本国の軍と合流すると、まずキルスが迎えてくれた。
「軍師殿は勘弁して下さい、キルスさん」
「いえ。戦場における軍の中では、君は立派な軍師です。君が来るのを待っておりましたぞ」
「それならまあ呼び方は好きにして下さい。で、ここに駐屯しているということは……」
「ええ。いくらトリネアスがグランドパレスから攻撃を受けているとは言え、土足で救援の軍を踏み込ませるわけにはいきませんからな。使者をトリネアスのラグフェルト国王の下に派遣し、返事を待っておる所です」
「そう悠長には待っていられないでしょう。何日前に使者を出しましたか?」
「四日程前でしてな。今日あたり、戻って来るはずです」
キルスとそう軍議を交わしている所にサリアが入って来た。ホーク達の軍が到着した報がサリアにも届いたのだろう。
「久しぶりね。待ってたわよ。ホーク君もカイト王子も」
「俺もいるぜ」
「そうそう。シェラ君もね」
「お久しぶりですサリアさん。所でバリル王子も今回は出陣しているようですね」
「……うん。でもあまりあてにしない方がいいわ。あなたや、カイト王子を嫌っているから、中々作戦を立てたとしてもその通りに動かないと思うわよ。ただ……」
「ただ……?」
「バリル王子の部隊が私達の軍の中で一番兵数が多いわ。五千の兵を率いてる」
「指揮官一人で五千か。やっぱり第二王子だけあって、厚遇されてるな」
シェラが苦々しい顔でそう言った。
「サリアさんと、キルスさんの部隊はそれぞれ何人いますか?」
「三千人よ。それぞれ」
「バリル王子の兵を除いて合計で一万か……。含めたら一万五千と数えられるが……」
「なあに、爺の剣士隊は五倍の兵でも相手にできる、作戦次第では少ない損害で済むさ」
「確かに、我が部隊は並の部隊と違いますからな。また、トリネアスの国王ラグフェルトの黒騎士隊の強さも我が部隊に引けをとりません」
そこまで、軍議が進んだ所でトリネアスに送っていた使者が帰って来た。
「帰還いたしました」
「うむ。ご苦労。報告を頼む」
「はっ!救援を宜しく頼みますとのことです」
「分かった。ご苦労だったな。下がって休んでくれ」
「はっ! 失礼致します」
帰還した使者は下がって行った。
「救援の軍を、トリネアスに入れる名目は立ちました。さて、どうしますかな軍師殿?」
キルスにそう言われて、ホークは少し考えたが、考えがまとまった後、こう言った。
「今回は敵の全軍が、ラグフェルト国王の軍とぶつかっているのでしょう。それならこちらも小細工はできません。正攻法で追い返しましょう」
「分かりました。それとバリル王子の部隊はどうしますか?」
「一応、攻撃に参加するように伝えましょう。我々に従うのが嫌なら後詰でもよいというふうに言えばよいでしょう」
「すまんなホーク……」
カイトは面目なさそうだった。
「……」
ホークはカイトの肩を黙って軽く叩いた。




