第三十七話 内政全書
ホークはカイトと話し合った翌日にケルト、ゾルカスと一緒にオストガルドに向かった。道中は何事もなかった。
「何回来ても都会だよなあ、リゾレッタに比べると」
ゾルカスが間延びをしたような声でそう言った。
「そうだな。まあ僕は田舎じみたリゾレッタの方が好きだけどな。ここも面白いけど」
「俺もそうさ。まあとにかく城に行こう。急いでここまで来た意味がなくなるぞ」
「そうだな。じゃあ登城しよう」
ケルトがそう言うのにうなずいて、ホーク達はオストガルド城に向った。
城に入り玉間に向かうと、国王は宰相のアルバートと何か話をしているようだった。
「お久しぶりです国王、アルバート様。ホークです」
ホークがそう挨拶をすると、国王はホーク達に気付いたようだった。少し驚いた顔をアルバートと共にしていた。
「ホーク達か。久しぶりだな。リゾレッタから報告書が毎月届くが、目を通させてもらっている。よくやっているようだな」
「僕自身は大したことはやっていません。カイトがよくまとめているからです」
「いや、参謀のお前がいるからこそ、これだけの成果が出ているのだと思うぞ。これからもカイトを頼む」
「恐れ多いことです」
ホークは深々と一礼した。
「で、ホーク。私の顔を見に来ただけではないだろう? 何か用があってリゾレッタから来たのではないか?」
「はい。お願いがあって参りました」
「何かな? 遠慮なく言ってくれ。できることならしよう」
「増兵の許可と兵士の装備品を揃えるための資金援助のお願いに来ました」
国王と宰相アルバートの顔つきが変わったようだった。
「ホークの提案か?」
国王がそう訊いた。
「いえ。カイト王子の提案です」
「そうか……。何人募兵するつもりだ?」
「二千人です」
「結構な人数ですな。ホーク君、ところでオストガルド本国では兵士は何人動員できるかご存知ですかな?」
アルバートがホークに訊いてきた。
「三万人ほどだったと思います」
「大体合っていますな。正確に言えば三万五千人です。今の本国だけの国力でも五万人は維持できるでしょう」
「グランドパレスとは直接国境を接していないから、その人数で抑えているのですか?」
「ふむ。流石に鋭いな君は。本国の北には丁度グランドパレスとオストガルド本国に挟まれる感じでトリネアスという中立国があります。その国が国防における緩衝材のようになっておりますからな」
「本国はそういう盾のようなものがあるのですが、リゾレッタにはありません。直接グランドパレスの国境に接しています。カイトもリゾレッタはリゾレッタで守るしかないという考えです」
ホークの言葉の後、暫く沈黙があった。沈黙の後、口を開いたのは国王だった。
「しかしホーク。グランドパレスが侵略戦争を放棄した宣言はお前も知っているだろう? それでも兵を増やすのか?」
「カイトとも話をしましたが、グランドパレスは広大な国です。クーガーの影響力が強いと言っても、その宣言を快く思わない者もいるかもしれません」
「念を入れるわけか……。よし分かった!増兵の許可を出そう」
ホークは安堵の表情を浮かべた。
「有難う御座います」
「うむ。後、装備品購入のための資金援助だったな。今、本国にも幾らか余裕がある。それも受けよう」
「それも受けて下さいますか。カイト王子に良い報告が出来ます。恐縮です」
「そんなにかしこまることはない。再び言うが、これからもカイトを頼む」
「はい」
アルバートは国王とホークの会話をにこやかに見ていたが、あることを思いだしたようで、口を開いた。
「ホーク君。以前から君に渡そうと思っていた物があるんだ。ちょっと私の部屋に来てくれんかな」
「? 分かりました。それでは国王、僕達は下がります」
ホーク達三人と、アルバートは玉間からアルバートの自室に向かった。
「私の部屋に入るのは君たちは初めてでしたな」
アルバートの部屋は書物だらけだった。壁一面に本棚がある。どれもほとんど埋まっていた。
「この書物の量は凄いですね」
「うわー。俺なんか見ただけで目がくらくらするよ」
「俺も俺も」
ホーク達三人は部屋を見回して、思い思いの感想を言った。
「はっはっはっ。長年政務を行っていると自然と資料や書物も増えてきてしまってな」
ホークは本棚の本の背表紙を眺めていた。
「どれも興味深い書物ばかりですね。読んでみたいです」
ホークがそう言ったのに、アルバートは満足そうだった。
「君ならそう言ってくれると思っていたよ。やはり連れてきて良かった。渡したい物というのはこの本でしてな」
アルバートは部屋の机に置いてあった、一冊のかなりの厚みがある本をホークに見せた。(内政全書)と書かれていた。
「これは……」
「私の長年の内政経験を凝縮させた本です。色々な内政を行う時のコツや注意点、実例などを記しています」
アルバートはそこまで言って、(内政全書)をホークに差し出した。
「これを君にあげよう。参考にしてくれれば有難いことです」
「よいのですか? そんな貴重な本を僕に譲って頂いて?」
「なに。写しならもう一冊、私は持っている。それに君を見込んでこの本をあげようと思ったんだ。遠慮なく貰って下さい」
「有難う御座います! こんな嬉しい頂き物は久しぶりです!」
ホークは珍しく大喜びしていた。その様子を見てアルバートはにこやかにうなずいた。
「この本をリゾレッタ地方の内政に生かして下さい。また自分の内政経験をこの本に付け加えていくのも良いと思います」
「はい! 何百回でも何千回でも読み返して使います! 有難う御座いますアルバートさん!」
「ホークにとっては宝物になるんだろうけど、俺たちにはチンプンカンプンだよ。そんな難しい本」
「そうだなあ」
ケルトとゾルカスは顔を見合わせてそう言った。
アルバートから(内政全書)を受けとったホーク達は城を後にしようと思い、城門を出た。丁度そこで、カイトの兄達、ウオルフとバリルに鉢合わせになった。
「よお。確かお前はカイトの所の参謀だったよな」
(あんまり会いたくない人に出会ったな)
ウオルフに話しかけられてホークは正直そう思った。
「僻地に飛ばされて気の毒だったな。まあ仲間同士で仲良くやりな。本国は俺たちでまとめといてやるからなあ」
ウオルフの味の悪い言い様にケルトとゾルカスは、歯軋りをして悔しがっていたが、ホークが視線で制した。
「で、お前ら本国に何しにきたんだ?」
「増兵の許可と装備品購入の資金援助を求めるため国王に謁見しに来ました」
「ほう~。で、どっちも上手くいったのか?」
「はい」
「父上も甘いなあ。増兵の許可はまだしも、資金援助まで許すとはなあ。お前、そんなに蓄えて何をするつもりなんだ?」
「グランドパレスからの万が一の侵略に備えます。リゾレッタの防備と物資が整っていれば、グランドパレスもそう我が国を侵略しようとは思わないはずです」
ウオルフとバリルは、気に入らないながらもホークの意見に感心したようだった。だが、ひねくれた返答を返した。
「中々言うじゃねえか。でもとかなんとか言って、力を蓄えるだけ蓄えて本国を乗っ取ろうという気でもあるんじゃないのか? あ?」
ホークはウオルフの憎たらしい言葉に憤慨したが、口を噛み締めて何も言わずに耐えていた。ケルトとゾルカスも憤慨していたが、ホークが耐えているのを見て必死に黙って耐えていた。
「まあいい。カイトに精々、田舎の地方を守っていろと言っておけ。バリル。城に入るぞ」
「兄さんの言う通り、精々頑張りな」
そうウオルフ達は言い残すと、城の中へ去って行った。
「くそ~なんなんだよあいつら!」
「おいらも頭にきたぞ! なんだあいつら!」
ケルトとゾルカスの二人はやり場の無い怒りを抑えられないようだった。
「今ここで怒って何かしても、僕達の首が飛ぶだけだ。無駄死にだ。この国の先のことを考えるんだ二人とも」
「だけどよ~ホーク~」
「分かってる。いずれ何とかする。いずれ……」
国王との交渉を終えたホークはリゾレッタに戻った。
戻ってからすぐにホークはシクロスに向かいオウル商会で兵士の装備品を買い付けた。オウルの助けもあり、格安で装備品を揃えることができた。
二千人の増兵計画の方も順調だった。ラークの勇名とカイトやホーク達によるリゾレッタでの一年間の善政が功を奏したのだろう、募兵を開始して一ヶ月で精兵が集まった。
「兵も計画通り増やせたし、装備も整ったね」
「ああ。後は私が毎日、調練をつけてより精兵にしてみよう。キルスさんの剣士隊に負けないくらいのな」
募兵が終了してから暫くは、ラークを中心にリゾレッタの兵全体を訓練していた。また、内政面では、ホーク達を中心に区画整備、農地開拓、治水整備、治安の改善、戸籍の整理、地域内の清掃の徹底など予算の許す限りの内政を行った。その時にホークはアルバートから譲り受けた内政全書を大いに活用した。
結果として、リゾレッタ・シクロス地域は短期間で見違えるほど豊かになった。




