第二十五話 レンのお守り
暫くして、アルバトロス家の食卓にご馳走が並んだ。メイシャが腕によりをかけて作ってくれたものだ。
「これはご馳走だね。僕が好きなローストチキンまで出て来るとは思わなかったな」
「今日は特別だよ。たんとお食べ」
「じゃあ父さんが帰ってから頂こうか……」
そういう会話を母子同士でしていると、父のラークが畑仕事から戻って来た。
「いや~。ご馳走だなあ。母さん頑張ったな」
「一人息子が久しぶりに帰って来たんだからこれくらいのことはしますよ」
「ははは。ホークのおかげで当分ご馳走が続きそうだな。じゃあ頂くとするか」
「頂きます」
「どうぞ、召し上がれ」
久しぶりの家族揃っての団欒に三人は和やかな雰囲気で時を過ごしていた。
「ホーク。ところで何時までリゾレッタに居られるんだ?」
食べながら、ラークがホークに話し掛けて来た。
「夏期休暇は一ヶ月半あるんだ。休暇が終わるギリギリまで居るつもりだよ」
「そんなに居られるのかい? あたしゃ一週間くらいで帰っちゃうのかと思ってたよ」
「実家が好きだからね。カイトには変わってると言われたなあ。丸々実家にいると言ったら」
「まあ人それぞれだな。休暇をずっと実家で過ごすというのはお前らしいよ。俺も安心だよ。そんなに長くここにいてくれるのなら」
「……本当にしんどかったら、何時でも辞めて帰って来るんだよ。お父さんもお前をオストガルドに送り出した後、後悔してたみたいだからねえ」
「母さんそれは言わないでくれ」
ラークはメイシャの言葉に頭を掻いていた。
「まあ、卒業までやってみるよ。長期休暇も結構あるし、心配ないよ」
「お前は頭がいいだけじゃなくて根性があるからな。まあ、本当にしんどくなったら帰って来なさい。オストガルドじゃ土いじりも出来ないだろうからな」
「多分ないよ、それは」
あっさりホークがそう言うとラークは笑った。メイシャは複雑な表情をしていた。
ぐっすり自宅で一晩寝た翌日……
ホークはレンが居るリゾレッタの商店街のパン屋に向かった。ホークの家からそう遠くはない。
(元気かなレンは)
そう思いながら、歩いている内にレンの家の前にホークは着いていた。
「いらっしゃいませ~。クロワッサンが三つですね。有難うございます」
(元気そうだな。よかった)
レンの店の前には何人かの行列ができていた。ホークはあえてその行列に並んでみた。
「いらっしゃいませ~」
「クリームパンを一つください」
「有難うござ……えっ」
レンはホークに気付いたようだった。
「ホーク! 帰って来たの!」
「夏期休暇だからね。一月半ほど実家にいるよ」
レンは何かの糸が切れたように泣き始めた。
「よかった……。心配してたんだよ……」
「あっちに行ってから半年も経ってないじゃないか。そのくらいで泣くなよ」
「ちょっと無理それは……」
レンはその場で泣きじゃくった。見かねたホークはレンの手を軽く握ってあげた。
ホークとレンはレンの両親に断って、リゾレッタ教会の広場に移動した。少しゆっくり話そうと思ったようだった。
「難しい勉強してるんでしょう? エリートだからね~」
「そう難しいこともないよ。リジャ先生に教えてもらったことの延長みたいなもんさ」
「あんたは頭がいいから難しいと感じないだけよ。私だったら一日でリゾレッタに戻ってるわ」
「そうかなあ?」
ホークのいつもと変わらない様子に、レンはため息をついた。同時に何か和んだようだった。
「で、ご飯はちゃんと食べてるの? 病気になったりしなかった?」
「母さんと同じことを訊くなあ」
「心配なのよ。私があげたお守りはまだ持ってる?」
レンがそう言うとホークは服の中に入れていた、オストガルドへ向かう時にレンがくれたお守りを取り出した。
「持ってるよ。大して何事もなかったんだからご利益があったんだろう」
「それなくしたら手紙でも送ってよね。すぐに別のを送ってあげるから」
「心配性だなあ」
「私だけじゃないわ。皆、ホークのことを心配してるんだから」
「分かったよ。気をつけるよ」
そう言うとホークは立ち上がった。
「もうどこかに行くの?」
「レンの親御さんも心配するだろう? 送って行くよ」
「……一つお願いがあるの」
「何?」
「さっきみたいに手を握って起こしてくれない」
ホークは黙って、レンの手を握り立ち上がらせた。しっかりと握っていた。
ホークはレンを送った後、再びリゾレッタ教会の辺りに戻って来た。他の友人と会おうと思ったからだ。リジャ神父にも挨拶をしておきたかったのだろう。
教会内はサロンのようにもなっていて、卒業した生徒も出入りすることに制限はもちろんない。
ホークは教会の扉をくぐり、中に入った。
久しぶりに見る懐かしい顔があった。
「ホークじゃないか! 帰って来たのか!」
声をかけてくれたのはケルトだった。側らにはゾルカスもいた。二人共、驚きと喜びで何とも言えない表情をしている。
「大丈夫か? ちゃんとやってるか?」
「やっぱり皆に心配されてるなあ。レンの言った通りだ」
「当たり前だ! お前に何かあったら大事だ! 俺たちにとっては!」
「分かったから、そう大きな声出すなよ。こうして無事に帰って来てるんだから。それはそうとシージャはどうしてる?」
「奥の教室でリジャ先生の助手を相変わらずしているよ。あいつも寂しそうにしてたぞ。顔を見せてやれよ」
「ああ。そのつもりで来た」
ホークはそう言うと奥の教室に向かった。
教室ではリジャ神父が相変わらず子供達を精力的に教育していた。歴史を教えているようだった。
「オストガルド王国は今から約500年前に建国され……ホーク?」
こちら向きに授業をしていたリジャ神父がまずホークに気付いた。続いてリジャ神父をサポートしているシージャも気付いたようだった。ただ、生徒の手前シージャはすぐに声を出すのを自重していた。ただ、顔に喜びは隠せなかった。
「昨日戻りました。士官学校の夏期休暇です」
「そうか。よく帰ってきた。元気でやっているようじゃな。シージャ!」
「はい」
「今日はわしの助手はいい。ケルトやゾルカスと一緒にホークと話して来なさい」
シージャは少し考えたが、リジャ神父の心遣いに従うことにした。
「分かりました。ホークと話して来ます」
「うむ。ホーク。休校日に寄りなさい。オストガルドの土産話が聞きたい。またゆっくり話そう」
ホークはリジャ神父の言葉に軽く会釈をして教室を後にした。教室内は暫くざわついていた。ホークのことを知らない子供はリゾレッタにはいないと言ってもいいからだ。
「静かに。授業を続ける」
リジャ神父のよく通る声で教室内に緊張が戻り、再び授業が開始された。




