第十五話 ホークからの説得
翌日になった。
レナールは教会での朝食時に自らのことや、エルフィンのこと、ファナを本国に連れて帰りたいことなどを、ファナに話した。
話を聞いていて、ファナは浮かない顔をしていた。
「女王様はファナ様が帰って来られるのを心待ちにしておられます。一緒にエルフィンに帰って頂けませんか?」
「嫌。ファナはずっとリゾレッタでホーク達と一緒にいたい」
「仲の良いご友人がたくさんおられるのですね。それに赤ん坊の頃からこのリゾレッタで育ててもらったのですから、離れたくないお気持ちは十分分かります」
「分かってくれてるなら一人で帰ってよ!」
「ファナ。そう邪険に言うもんじゃないよ」
シージャがファナをさとしたが、ファナは態度を変えなかった。いよいよ、レナールが嫌いになったようだ。
「やれやれ、嫌われてしまいましたな。姫君に嫌われるとはややショックですが、仕方がないでしょう」
「じゃあ、諦めてくれるの?」
「いいえ。どうしても一緒にエルフィンに帰って頂きます。リゾレッタにもたくさんのお友達がおられるでしょうが、エルフィンでは女王様だけでなく、大勢の民が姫君が帰られるのを心待ちにしています。この者たちを無視なさらないで頂きたいのです」
「……よく分かんない」
そのやり取りを聞いていたリジャ神父はめったに笑わない顔に笑顔を浮かべていた。
「ははは。レナール殿。あんたがいくら説得しても、ファナの意思は変わらんじゃろう」
「変わってもらわないと困るのですが……」
「何。わしに考えがある。ファナが一番懐いている少年に使いを出そう。その者に説得してもらえばあるいはファナも考えを改めるかも知れん」
「お願いします。ファナ様と一緒でなければエルフィンには帰れません」
「ファナ、そんな所に行きたくないもん!」
「ファナは頑固な所があるからなあ……。それでは行って参ります」
シージャはそうリジャ神父に挨拶すると、どこかに出かけて行った。
シージャが向かったのはホークの家だった。
「あら! 珍しい。ホーク! シージャ君が来てくれたわよ!」
ホークはまだ畑仕事に出ずに、自室で本を読んでいた。カイトもまだ登校前だった。メイシャの呼ぶ声を聞いてホークは本を読むのを止め。シージャを出迎えた。
「お前が来るのは珍しいな。しかもこんな時間に。何かあったのか」
「あったんだよ。大分事情が複雑なんだが」
「やあ。シージャ。珍しいな」
「カイトも来たか。じゃあ二人に事情を話そう」
シージャはかいつまんで事情を話し、ホークに教会に来てもらうように頼んだ。ホークは承諾した。承諾はしたがホークの心境も複雑だった。
臨時休校。
ホーク達がリゾレッタ教会に来ると、玄関先の扉にそう書かれた紙が貼り出されていた。
「あっ! ホーク! どうしたんだ。リジャ先生の手伝いをしに来たにしても、今日は休校になってるぞ」
今日は真面目に学校に来ていたケルトがそう言った。
「手伝いと言えば手伝いだけど、ちょっと違うんだ。中に入るよ」
「えっ! いいのか。休校だけど……」
「僕が頼みに行ったんだ。だからいいんだ」
シージャが教会に入りながら、付け加えた。
教会内に入り、シージャに案内されて客間に行くとファナとリジャ神父、そしてエルフの男が座っているのが見えた。
「ホーク。来てくれたか」
「えっ!? ホーク!」
そう言うとファナは席を蹴って、ホークの所に駆け寄った。
「おはよう。ファナ」
「おはよう。でもどうしたの? お家で畑仕事するんじゃないの?」
「今日はちょっと訳があってきたんだ。リジャ神父とシージャに頼まれてな」
「?」
ファナはきょとんとしていた。
「あなたがエルフィンから来られた方ですか」
「はい。レナールと申します」
「僕はホークと言います。大体の事はシージャから聞きました」
「そうでしたか。ホーク殿にはファナ様によくして頂いて感謝しております。またファナ様が一番懐いておられるのがホーク殿ということを聞きました」
「懐いているというか、赤ん坊の頃からよく面倒を見ていますから、嫌われてはないはずですけどね」
「ファナ、ホークのこと嫌いなわけないよ!」
「有難うファナ」
レナールはファナのホークに対する様子を見て、うなずき、切り出した。
「ただ、私はファナ様に嫌われてしまいました。無理もありません。七年間、仲の良いお友達や、優しい村の方々から引き離してエルフィンに連れて帰ろうとしましたから」
「僕もそれを聞いて、心中複雑でした。ですが、どうしてもファナを連れて帰らなければいけないのでしょう」
「はい。私の使命です」
「嫌! ファナ行きたくない!」
ホークはそう言ったファナを見て、言い諭そうとして、ファナの目線までかがんだ。
「ファナ。リゾレッタにはファナにとっていっぱい思い出があるよな」
「うん。ファナ、リゾレッタが大好き。だからずっとここにいたい……」
「そうだよな。僕もそう思っているし、他の皆もそう思っているよ」
「じゃあ、エルフィンには行かずにリゾレッタに居ていいでしょ? ホークも言ってたよね?」
「ああ。川で魚取りをしていた時のことを覚えていたんだな。確かにそんなこと言ったっけ。でもなファナ」
ここでホークは一呼吸置いた。
「リゾレッタでファナの思い出があるように、エルフィンではファナが生まれる前からファナのことをずっと思っててくれた人……人というかエルフの人やドワーフの人達だよな。そういう人達が数え切れないくらいいるんだ」
「……」
「そして何よりファナのことを一番思っているのはお母さんだよ。ファナ。ファナは自分のお母さんが元気でいるとレナールさんから聞いてどう思った?」
「……嬉しかった」
「そうだろう。僕も含めて、子供はお母さんが大好きなんだ。そして、お母さんも自分の子供のことをいつも思って心配しているものなんだ。ファナは僕のお母さんをよく知っているよね?」
「うん。メイシャおばさんは大好きだよ」
「じゃあ、僕とお母さんを見ているから言っていることが分かるよね?」
「うん……。でも……」
「リゾレッタに居たいか……。僕もファナとずっと一緒にいたいから気持ちは凄く分かる。でも、エルフィンにいる人達や。何よりお母さんのことを考えてあげて欲しいんだ。お母さんの顔を見たくないかい?」
「見たい」
「そうだろう。それに、エルフィンに戻ったとしても、僕達と会えなくなるわけじゃないよ」
「えっ! 本当に?」
「しばらくは会えなくなるかも知れないけれど、また会えるようになるさ」
「じゃあ約束してくれる?約束してくれるならファナ、エルフィンに帰ってみる」
「ああ。約束するよ」
ホークとファナは約束の指きりをした。
「エルフィンに戻っても、また会える約束をしたね。ファナ。レナールさんと一緒に行ってみるかい?」
「うん。分かった」
ファナは笑顔でそう答えた。
「ホーク殿。ファナ様を説得して頂いて有難う御座います。これで、ファナ様をお連れして国に帰ることができます」
レナールは胸を撫で下ろしているようだった。
「僕も気は進まなかったんです。ファナと分かれるのは僕にも辛いことです。諸々の事情がなければ、僕も説得はしていなかったかも知れません」
「……申し訳ありません。無理を言いました。このご恩は忘れません」
「話はついたようじゃな。やはりホークに来て貰って良かった」
ホークのファナへの説得を側らで黙って聞いていたリジャ神父はここで口を開いた。そして、ファナの所に歩み寄った。
「ファナ。エルフィンに戻ったら、暫くわしとも会えなくなるが、ホークが言ったように何時かは会える。忘れんでくれよ」
「リジャお爺さんのことは忘れるわけがないよ! ホークのこともシージャのことも皆のこともずっと忘れない」
リジャ神父はそう言ったファナの頭を微笑みながら撫でた。
「よし! 事は済んだ。まだ時間があるからこれから開校するぞ。ファナのことを皆に伝えんといかんしな。シージャ。玄関の扉を開けて来てくれ」
「はい」
シージャは玄関まで走って行き。扉を開けた。開けた扉から朝日が差し込み教会内を照らした。いつものことだが、今日のシージャにはややまぶしく見えた。




