第十四話 エルフの少女ファナ
ホークとクーガー王の出会いから二年が経った。
この頃から、各地で小競り合いや、魔物の不穏な動きなどが見受けられたが、リゾレッタは一応、ここまでは平和を保っていた。
「ホーク! 畑仕事や牛の世話ばっかりやってないで遊ぼうぜ!」
学校をサボってホークの家にやってきたケルトが遊びに誘いに来た。当のホークは既に学校を飛び級で卒業していた。
「基礎的な学習では、もうお前に教えられることは何もない。わしは神父だから、専門的に教えられることはあるがの。じゃが、お前は神父になる気はあるまい」
「ありません。私は父の畑を継ぎ農夫をやります」
「……お前は本当に正直じゃな。わしとしてはオストガルドの上級校に推薦してやりたいのじゃが……。まあ時が経てば気が変わることもあろう」
一年前に、リジャ神父とホークにそういうやり取りがあった。それからホークは学校から離れて家で晴耕雨読をしている。たまには友人やカイト達とも遊んでいるが……
「ケルト。お前こそ学校サボってていいのか? 何時まで経っても卒業させてもらえないぞ」
「俺はホークじゃないから卒業するのは十八になるまでかかるよ。下手したら俺の頭じゃ卒業できないかもな」
「かもなじゃないよ。まだ授業やってるから学校に戻ったらどうだ?」
ホークがそう勧めるのに、ケルトは頭を振った。
「いや。今日はもう遊ぶ。お前もそんなに真面目に畑いじらなくてもいいんじゃないか? そこまでしなくてもリゾレッタは毎年豊作になるだろう?」
「俺は農夫としてはまだ新米だ。勉強も兼ねて毎日畑仕事をしているんだ。色々気付く所があって面白いぞ」
「……お前もまだ十四だろう? 俺らと同い年とは思えんほど真面目だよな。一緒に遊んでくれそうもないから一人で魚でも取って遊んでくるよ」
「なあに。一段落したら俺も行くよ。真面目ばかりかと言えば、そういうわけでもないさ」
ホークとケルトはそう会話した後、一旦別れた。ケルトは言った通りに領主の広場の小川に魚を取りに行ったが、ホークはしばらく畑仕事を続けた。
そろそろ畑仕事を一段落つけようとした所で、学校を終えたカイトが帰ってきた。レンとファナも来ていた。
「相変わらず精が出るなホーク。俺も手伝おうか?」
「いや。そろそろ終わりにしようと思っていたんだ。ケルトにも誘われていたしな」
「あいつ、学校に来てないと思ったらサボってたのか。ただでさえ勉強が遅れてるのに大丈夫なのか?」
「さあなあ。ケルトのことだしな。まあ昔よりは計算も速くなったし何とかなるんじゃないのか?」
「確かに。昔はひどかったよな。足の指まで使って計算してたからな」
ホークとカイトは昔のケルトのことを思い出して笑いあった。
「ケルト兄ちゃんって、昔はそんなだったの?」
ついて来ていたファナがホーク達に問い掛けた。ファナも八歳になっていた。
「そうだよ。ファナは賢いからそういう感覚がよく分かんないかも知れないな。ひょっとしたら僕より早い年に学校卒業できるかも知れないな」
「ホーク兄ちゃんより頭良くないもん。無理だよ。それに私、学校好きだから早く卒業したくない」
「そうだな。学校にいれば皆がいるから楽しいもんな」
ホークとファナがそういう会話をしているうちに、レンは敷物を敷いて、小型のバスケットを下ろしていた。バスケットの中には例によってパンが詰まっていた。皆に食べさせようと思って持ってきたのだろう。
「ホーク! 一段落するんなら、ここで一休みしたら? お腹も減ってるんじゃない?」
「有難うレン。それじゃあ頂くとするか」
ホークは敷物に腰を下ろし、レンが持って来たパンを食べ始めた。
「ケルト! 取れてるか!」
一休みしたホーク達は、魚取りをしているケルトの所に来た。
「ああ。取れてるよ。ここの小川は冬以外はいつでもいっぱい魚がいるからな」
ケルトが持ってきていた、金属製のバケツには何匹かの魚が入っていた。
「ケルト兄ちゃん、学校はよかったの?」
「うーん。今日は行く気がしなかったんだ。明日は行くよ」
「ちゃんと学校に行かないと卒業できないわよ。明日は絶対来てね」
「分かったよ。ファナには敵わないな」
「ははは。ファナはしっかりしてるよな。よし。俺も魚を取ろう。晩のおかずにするか」
「取れなかったら俺のを分けてやるよ。魚取りは俺の方が上手いからな。頭じゃ全然敵わないけど」
ホーク達はしばらく魚を取りながら小川で遊んだ。
「いやー。取れたな。でも大分、時間が経ったな」
晩のおかずには十分な量の魚が取れたが、日が傾きかけていた。
「そろそろ帰るかホーク。ん? どうした」
ケルトはホークに呼びかけたが、ホークは小川の近くの林を見つめていた。
「どうしたホーク?」
「いや。この林をずっと進むとエルフィンに行けるって話だろう?ファナはここから来たんだよなって思い返していたんだ」
「そういえばこの林だよな。早いなあ。ファナが来てからもう七年が経つのか」
「ファナここから来たの?」
「そうだよ。ファナは違う国のお姫様なんだ」
「……うん。リジャお爺さんやシージャ兄ちゃんから聞いてるから知ってる。でもファナその国に帰りたくない。皆とずっと一緒にいたい」
「皆もそう思っているさ。ずっといればいいよ」
ホークがファナにそう笑いかけるとファナも微笑み返した。
「じゃあ帰ろう」
「うん」
傾きかけた日を背に。皆それぞれの家に帰った。
その日の夜深く。
リゾレッタ教会。
教会の中の書斎で、リジャ神父はいつものように明日の授業の準備をしていた。
大分年を取ったはずだが、まだまだ教育には精力的だ。
また、すぐ側でシージャが準備の手伝いをしていた。
「シージャ。後はわしがやろう。もう遅いからお前は寝なさい」
「分かりました。お休み。お爺さん」
「ああ。お休み」
シージャは就寝前の挨拶をして、自室に戻って行った。
シージャが書斎から去ってほどなくして、リジャ神父は外で何かの気配を感じた。
「……七年程前か。昔もこういうことがあったの。あの時はファナが来た夜じゃったが……」
リジャはそう一人つぶやくと、外に様子を見に行った。
教会の玄関先の扉を開けると一人の人影があった。
リジャ神父は老人の部類に入るが、目はそれほど衰えてはいない。しかし、遠目ではその人影が少し人間とは違うのに気付かなかった。
「この夜更けに教会に御用かな? そんな遠くにおらずに、もっと近くに来たらどうじゃ? そこの方」
リジャの呼びかけに応じ、その人影は近付いて来た。
「……?」
リジャは少し驚いた。人影は成人のエルフの男だった。長い間生きてきたが、リジャも成人のエルフを見るのは初めてだった。
「夜分失礼します。リジャ神父」
「ほう。エルフのあんたがわしを知っておるのか?」
「はい。理由があって存じております」
「理由とは。まあ大方察しはつくが」
「この教会に預けられたエルフィンの姫君のことです」
「やはりそうか。わしらはその子をファナと名づけて育ててきた」
「そのことに関しては、感謝しても感謝しきれません。まことに有難う御座います」
「なあに。あんないい子を育てるのに苦労はせんかったよ。で、あんたは何用で来られた?」
「そのファナ姫をお迎えにあがりました」
ここまで話してリジャ神父は、ふーっと息をついた。
「何故、ファナを連れて帰れるようになったのか話を聞こうか。中に入りなさい」
「有難う御座います。失礼します」
リジャ神父はエルフの男を教会の客間に通した。
「まだ名を聞いていなかったな。なんと申される?」
「レナールと申します」
「そうですか。レナール殿、まあおかけなさい。」
「失礼します」
レナールが腰を下ろすと、リジャ神父も座った。
「確か、ファナが来たのが七年前……。その時はドワーフがファナを守って連れて来たよ。その時に詳しい話をそのドワーフがしてくれた」
「そこまでは存じておりませんでした。それでは、その頃のエルフィンの内情はほぼご存知なのでは?」
「うむ。よく知っている」
「それではまず単刀直入に申しましょう。魔物の軍勢を追い返すことができ、エルフィンの内情が安定しました。それでファナ様をお迎えすることができるようになったのです」
「めでたいことだが、七年かかったのですな。払った犠牲も多かったことでしょう」
「はい。種族に関わらず、エルフィンに住む者の多くが死にました。言うまでもなく兵においてもそうです」
「ファナの親に当たる、王族の方達はどうなのですかな」
レナールはそう問われて、唇を噛み、何かを我慢しているような様子を見せたが、リジャ神父の方を向き直し、話始めた。
「奥方様はご健在です。しかし、王は…魔族の攻撃に会い、命を落とされました」
「それは……。お悔やみ申し上げる。ファナは父親の顔を見ることができなくなったか……」
リジャ神父は複雑な顔をしたが、気を取り直してレナールに尋ねた。
「エルフの王族のことを聞いて思い出したのじゃが、確か王族には浄石という、土地を浄化させる不思議な石を作れると死んだドワーフに聞いたが?」
「浄石のことまでご存知でしたか。そうです。王族の方は特殊な能力を持ち、浄石を作ることができます。ただ王はその浄石を作る能力には秀でていませんでしたが、奥方様……女王の作られる浄石はそれは素晴らしい効果を発揮するものでした」
「女王陛下が、その能力に秀でていたのなら、王ではなくて女王が魔族に狙われやすいのではないのか?」
「その通りです。そのため王は女王の身を隠し、自分が身代わりになる形で魔族の攻撃を受け亡くなりました」
「浄石というものは、魔族にとってもエルフィンの住民にとっても争いの鍵となっておるんじゃな」
「その通りです。その浄石を魔族に長年渡さなかったことで、相手も疲弊し、ついには国内の安定を取り戻すことができたのです」
「そうしたわけで、ファナを連れて帰るということか」
「はい。女王陛下はファナ姫が戻ってこられるのを、首を長くしてお待ちで御座います」
リジャ神父はここまで聞くとしばらく目を閉じていたが、開き直し、レナールの方を見た。
「話はよく分かった。ファナも自分が元々生まれた国に戻る方がよいかも知れん。レナール殿。今日はここに泊まって、明日ファナにそのことを話してみなさい」
「有難う御座います。ファナ姫は赤子の頃から皆さんに育てられておられるため、リゾレッタに愛着があり、説得は困難かも知れませんが、できる限りのことはして、エルフィンにお連れするつもりです」
「うむ。ファナがいなくなると寂しくなるが、実の母親がいるエルフィンに帰った方が良いだろう。まあ今晩はここで休んでいきなさい」
「有難う御座います。お言葉に甘えます」




