第十二話 英雄たちの団欒
クーガーの軍はリゾレッタで荷を解き、休息に入った。ただ、兵の数が多すぎ、泊まる民家が足りなかったため、泊まれないものは領主の広場を借り野営を張った。
ホークはクーガーとフェジーナを自宅へ案内していた。
「お前も同じ家に住んでいるのか? お前たちは兄弟か? 年が離れているようには見えんが……」
クーガーはホークと同行しているカイトにそう言った。やや疑問に思ったのだろう。
「いえ。私はホークの家の居候です。ある事情でリゾレッタに引っ越して来ました。兄弟と言えば兄弟のようなものかも知れませんが」
「理由があるのだな。まあ深くは聞くまい」
「着きました。あれが我が家です」
ホークは自分の家を指差した。玄関の前ではラークとメイシャが出迎えていた。
クーガー王を出迎えたわけではない。ホークとカイトが軍に巻き込まれていざこざになっていないか、心配で出迎えていたようだった。
「ホーク! カイト君! 帰ってきたか。良かった」
子供が無事に帰ってきて、ラークは胸を撫で下ろしたようだった。
しかし、帰って来た二人以外にもう二人付いて来ているのを不審に思った。が、クーガーの風格を見てそれが戦王であるということにすぐに気が付いた。
「あなたはもしや……クーガー王では御座いませんか?」
「いかにも。私はクーガーだ。お主はこの子の父親だな? 素晴らしい息子だな」
「恐れ入ります。確かにホークは私の自慢の息子です」
「そのホークに私への仕官を勧めたがあっさり断られたよ」
そう言うとクーガーはまた哄笑した。
「恐れ多いことで御座います。しかし、クーガー様、私のあばら家に来られたのはいかなる御用向きでしょうか?」
「うむ。私はお主の息子が気に入ってな。仕官の件は今回は諦めるが、一晩ホークと語ってみたいと思ってな、ここまで案内してもらったのだ。すまんが一泊の宿を貸して頂きたい」
「左様でしたか。分かりました。大したおもてなしもできませんが我が家で英気を養って下さい」
「有難い。では上がらせてもらおう」
クーガーはダイニングキッチンにあたる部屋に案内された。ラークとメイシャはまず食事を取ってもらおうと考えたようだった。
案内されたクーガーは食卓の椅子に座った。流石に風格がある。
「特に馳走でなくて構わぬぞ。あり合わせのものを頂けたら十分だ」
「恐れ入ります。大したものはありませんがもう少しで、出来上がります」
ラークがそう言うと程なくメイシャが料理を持ってきた。どうやらポトフを作ったようだった。
「おお。これは美味そうだ。リゾレッタの野菜を満喫できるな。では頂くとしよう。フェジーナ。お前も頂きなさい」
「有難う御座いますクーガー様、メイシャさん」
「あなたはまだ子供なのに戦争に行くの?」
メイシャはフェジーナを見て心配そうにそう問い掛けた。同い年くらいのホークがいるからそう思ったのだろう。
「はい。僕は今より幼い頃から軍に従ってきました。もっとも仕事はクーガー様の身の回りの世話ですが」
「それでも恐くない?大人同士が戦う戦場で子供のあなたが居るのは?」
フェジーナへの問い掛けにクーガーが代わりに答えた。
「いや。こやつは肝が座っているというかなんというか。この年で冷静に戦況を見る力があるんじゃ。戦場で恐がったことは一度もない」
「そうなのフェジーナ君」
「クーガー様のおっしゃる通りです。戦場が恐いと思ったことはありません」
「凄いよそれは。僕はクーガー王の大軍隊を見ただけで圧倒されたよ」
ホークの正直な感想にクーガーは笑った。
「ホークよ。お前は聡明なだけでなく。明るく正直な所もあるな。わしはそういう人間が好きでな、ますます連れて行きたくなった」
「有難いお言葉ですが陛下、ホークはこの家の大事な跡取です。ホークがもし望んでいるのなら、連れて行ってもらっても構いませんが、そうではないはずです。それなら私達も良い返事はできません」
「ははは。分かっておる。先ほどきっぱりと断られたしな。今の時点では諦めておるよ」
クーガーはそう言うとポトフにゆっくりと手をつけた。ホークはクーガーが幾らか食べ終わってから、疑問に思っていたことを問うてみた。
「失礼ですがクーガー王。僕はあなたのことを噂だけで判断していたので、もっと残忍な人かと思っていました。しかし、こうして一緒に食事を取りながら話していると、そういう印象は全くありません。ただ、侵略戦争をするためによく遠征を行わられるのは今回の行軍からも確かなようです」
「大体言いたいことは分かるが、端的に言うと何が聞きたいんだホーク?」
クーガーがホークの方を向き直すと、一呼吸おいてホークは言った。
「陛下のように人徳がある方がなぜ侵略を繰り返しておられるのでしょうか?」
「戦王とあだ名されているわしを人徳があると評価してくれるか。有難いことだ」
クーガーはテーブル上のコップに汲んであった水を飲み、一息ついてからこう続けた。
「わしの出身国は知っておるよな?」
「もちろんです。グランドパレスでしょう?」
「そうだ。そしてその土地はわしが今治めておる」
「それも存じています」
「わしの治める国は北国でな。気候も厳しい。このリゾレッタのように肥沃な土地も少ないのだ。そこで、国民を食わせるために食糧の輸入が必要になってくる」
ホーク達はうなずきながら聞いている。
「その食糧の輸入の対価として当然金を払わんといかんのだが、我が国にはその余裕が無い。だが、何事にも耐え、私に忠誠を誓ってくれる屈強な男達は我が国には多い。その男達を他国に労働力として貸し出したり、あるいは傭兵という形で貸し出すことで金の支払いの替わりとしている」
クーガーがそう自国の輸出入の体型を語ったのを聞いてラークは驚いた。ラークは昔、老剣士キルスの部下としてオストガルド本国に仕えていたが、グランドパレスのこのような詳しい事情は耳に入っては来なかったからだ。最初からラークも興味を持って聞いていたが、今度は身を乗り出して聞き始めた。
「物の替わりに人を貸し出しているのだから当然限界がくるのは分かるだろう。グランドパレスが女子供、また老人ばかりになるのを防ぐため、ある程度の男達と防衛のための兵は残しておかなければならない」
「大方察しはつきました……。その足元を見る国があるということですね」
ホークの洞察にクーガーは深く微笑んだ。
「ホークよ。お前は本当にその年とは思えんほど切れる頭を持っておるな。フェジーナのように縁者がいない孤児なら、さらって連れて帰っている所だ」
「私もそうならついて行ったかも知れません。あなたの話を聞きながらそう思い始めました」
カイトはホークの口からそういう言葉が出るとは思わず、驚いた顔をした。表情は戻ったが、いい顔にはならなかった。ホークはそれに気付いていたが、あえてここでは気付かないふりをしていた。
「仕える気がないにしろ、そう思い直してくれるだけで有難い。話を戻そう。ホークの推察通り、貸し出せる労働力や兵力の足元を見て対価を吹っかける国は多い。いくらかはわしも我慢するが、あまり暴利なことを言ってくるようならわしにも限界が来る」
「戦争になりますね。しかし、いくら兵が屈強でもそれを動かすには多大な費用と糧食が必要でしょう。どうなさっているのですか」
「お前と話すのは本当に面白いな。糧食の面は輸入した備蓄と、わしに忠誠を誓ってくれている、敵国に貸し出した民がその国で蓄えた備蓄を使うこともある」
「問題は……」
「資金だな。貿易で金は幾らか手に入るが、戦争で兵を動かしていればあっという間になくなる。戦争でも幾らか使うが、わが国には金の代わりに兵に支払う貴重なある物がある」
「ある物……」
ホークは首をひねった。それを見たクーガーはまた深く微笑んだ。
「流石にお前でも分かるまい。まあこれだけは秘密にしておこう。まあ考えても絶対思いつかん物だ。実物を見んとな」
話している内に、クーガーは食事を終えた。フェジーナも既に食べ終えたようだった。
「まあ話は終わりだ。ご馳走になった」
「ご馳走になりました。リゾレッタの恵みだけでなく、メイシャさんの料理の腕も素晴らしいですね」
フェジーナが正直にそう言うとメイシャは明るく笑って喜んだ。
「有難うフェジーナ君。明日の朝も作ってあげるね」
「有難うございます。楽しみにしています」
「陛下。興味深い話を聞かせて頂きました。こちらこそ礼を言います」
「なに。お主の息子と話すのが面白くてな。つい饒舌になったか。こんな聡い息子を持っておるお主が羨ましいよ」
「恐れ多いことです。しかし、陛下にもお子が御座いましょう?」
ラークの問いにクーガーはやや顔を曇らせた。
「おるにはおるがな……。馬鹿息子がな……。まあよい。今晩はよく寝て疲れを取らせて貰おう。ホーク」
「はい」
「今度はお前の友達のことや、いままで学んだこと、面白かったことなど色々寝床で話してくれんか?」
「分かりました。まだまだ眠るまで時間があります。色々お話しましょう」
ホークが言うのを聞いて、今まで黙っていたカイトがこう言った。
「私もそこにいていいですか?」
「ああもちろんよいとも。お主も見込みが有りそうな子じゃな。しかし……誰かに似ておるな」
身分を明かそうとしていなかったカイトはギクッとした。かろうじで顔には出なかった。
「思いだせんな……。まあよい。カイトと言ったな。お前も寝床で色々話を聞かせてくれ」
「分かりました。大した話はできませんが」
「同い年くらいの人と話をするのは久しぶりです。私も楽しみです」
フェジーナも少年らしい笑みを浮かべていた。この時、この四人の出会いが運命的なものになるとは、四人も含めてだれも思わなかった。




