第十一話 クーガーとの邂逅
「ホーク。ちょっとこの子に教えてやってくれ」
「分かりましたリジャ先生」
砂糖の供給不良の事件から三年が経った。ホーク達は十二歳。ファナは六歳になっていた。
この頃になるとホークとシージャはリゾレッタ教会での学習は既にほとんど修了していた。そのため、二人はリジャ神父の助手のような感じで、まだ小さい子供達に勉強を教えることが多くなっていた。
「この単語は間違っているな。正しいのはこうだよ」
どうやら作文を見てあげているようで、添削のようなこともしているようだ。
二人が勉強を教えていると、大分時間が経っていることにリジャ神父は気付いた。
「ホーク、シージャ。今日はもういいぞ。助かった。また頼むぞ」
「僕らも楽しみで小さい子供達に教えていますから、どんどん使って下さい」
「はははっ。二人共頼もしくなったな」
ホークはリジャ神父に帰りの挨拶をして、家路についた。シージャは教会の自室に戻ったようだ。
家に戻ると、ラークが一通の手紙を見て腕組みをし、悩むように手紙を食い見ていた。側らにはカイトもいたが、やはり難しい顔をしていた。
「どうしたの? 父さんもカイトも?」
「ああ戻ったか。いやオストガルドから手紙が来てな。あまりいい知らせではない」
「どんなことが書いてあるの?」
「ホーク。お前は戦王というのを知っているか?」
「せんおう? いや知らない」
「まあ知らんのも無理はない。お前はリゾレッタとシクロスにしか行ったことがないからな」
ラークはテーブルの上に置いてあった紅茶を少し飲んで続けた。
「ここから北にかなり離れた所にグランドパレスという国がある。この国は強大な軍事力を持っており、侵略戦争もしょっちゅうやっている。その国をまとめているのが戦王クーガーだ」
「戦いが好きな王様なんだね」
「そうだ。好戦的でしかも非常に強いから戦王と呼ばれているんだ」
「じゃあ、その手紙に書いてあることは戦王に関係があることが書いてあるの?」
「うん。戦王の側からオストガルドに使者を送ってきたようだ。他国で戦争をするから、領地内を通過させろと言っている。簡単に言えば」
「逆らったら、オストガルドやリゾレッタも攻撃されるね。そんなに強いんなら」
「だから、オストガルド国王はその条件を飲んだようだ。後、一週間も経てば戦王はやってくるだろう。恐らく兵の士気を高めるためにリゾレッタで休息を取るはずだ」
ラークがそういい終わると今度は冴えない顔でカイトが話し始めた。
「情けないことだけど、今のオストガルドでは戦王の国の要求を突っぱねるほどの国力はないんだ。ずっとグランドパレスに対しては中立の立場を取っている。今はこうするしかない……」
「カイトが悪いわけじゃないよ。この国に国力が付いてくれば、また方法も出てくるさ」
「ホークにそう言ってもらえると何とかなりそうな気がするから不思議だな」
「まあともかくだ、一週間後を待とう。戦王の軍を間近に見るいい機会だ」
丁度メイシャが、もう二人分紅茶を運んで来た。一通り喋った三人は一息ついた。
一週間が経った。
戦王が来るという噂はリゾレッタ中に広まったが、ホーク達はいつもと変わることなくリゾレッタ教会に来ていた。
「皆に言うておく。今日はグランドパレス国の王、クーガーの軍がリゾレッタ内を通る予定じゃ。じゃが案ずる事はない。クーガーはこの地域での休憩と通過を求めているだけで、危害を加えることはない。だが、この教会はリゾレッタの中でも重要な建物じゃ。もしかするとクーガーが見に来るかも知れん。その時は皆外に出て、クーガーの軍に平伏せねばならないだろう。今のオストガルドでは太刀打ちできんのじゃ……」
リジャ神父の言葉を聞いてカイトは唇をかみ締めている。だがそれ以上どうしようもできなかった。
しばらくして、教会の外が騒々しくなったようだった。クーガーの軍が通ろうとしていたためで、村人が外に出て次々と平伏しているのが見てとれた。
戦王クーガーはやはり、教会側にも近付いてきた。
「どうやらやはりこっちにも来るようじゃな。皆出迎えるぞ。戦王とその軍を見ておきなさい」
ホーク達は外に出て戦王の軍を見た。騎兵、軽歩兵、重装歩兵、弓兵など様々な種類の兵種が一面に隊列を組んで広がっていた。戦王クーガーは自ら教会に近付いてきた。
ホーク達はクーガーに対して平伏した。
「お主はリジャという神父であろう。お主の学識と聖なる魔力の高さはグランドパレスまで聞き及んでいる」
クーガーは平伏しているリジャ神父に声をかけた。
「私のような老いぼれのことを知っておられるとは思いませんでした。光栄です。ただ、私の学識も魔力も大したものでは御座いません」
リジャ神父がそう言うと、クーガーはふっと笑った。
「謙遜しても仕方があるまい。オストガルドのリゾレッタ地方はお主でもっておると聞いておるぞ?」
「なあに。私は子供達の勉強を見てやることくらいしか能がない老いぼれです」
「子供は国の宝だ。その子供達に綿密な教育をほどこしておる、お主はオストガルドの陰の功労者だ」
クーガーは平伏している子供達を眺めていた。その中の一団、ホーク達に目を止めた。
「その方ら、面を上げて顔を見せい」
その声にホークとカイト、シージャは顔を上げた。
「いずれもよい目をしておる」
クーガーはそう言うと騎上から降り、三人に近付いてもう一度顔をよく見た。
「特にお前たち二人は聡明そうだな。そうであろうリジャ」
「……隠しても仕方ありますまい。その二人はホークとシージャという名で、リゾレッタで一、二を争う秀才でございます」
「わしを見るにしても、澄んで且つ、揺るぎない目をしておる。気に入った。お前たち、余に仕える気はないか?」
ホークもシージャも一目見ただけの自分たちをクーガーがそこまで買うとは思わず。問い掛けに驚いた。まずシージャが先に答えた。
「私はリジャ神父の孫にあたります。そのため学を積んだ後は、聖職者として祖父の跡を継ごうと思っています。ですから、どこにも仕官するつもりは御座いません」
「しっかりした答えだ。シージャと言ったな。仕官は断ったが、お前のことは覚えておこう」
クーガーは今度はホークの方を向き直った。
「ホークと言ったな。お前はどうだ?」
ホークは少しの間、考えたがこう言った。
「僕もどこにも仕官するつもりはありません。また、僕にはシージャのように絶対に跡を継がなければならないような家業はありませんが、それでも僕はリゾレッタが好きです。ここで百姓をして暮らします」
「しかし、お前はこの村で一、二を争う秀才なのだろう?積んで来た学問を世の中に出て試してみたいとは思わんのか?」
「いやいや。百姓をやっていても学んだ事は十分に生かされます。ご存知かも知れませんが百姓は百の知恵を持つから百姓と呼ばれております。それにこの地域は肥沃な土地ということもあり農業で栄えております。積み重ねた学と知恵をこらせば、使う頭はいくらあっても足りません」
ホークの少年らしからぬ鮮やかな返答に、戦王クーガーは哄笑した。
「はははははっ。お前は頭が良いだけでなく、言う事も面白いな。仕官させることは今回は諦めるが、ますます気に入ったぞ」
そう言うとクーガーは笑みを浮かべたまま、ホーク達を眺めた。戦王と呼ばれているが、その目は優しかった。
「よし決めた! 皆ここで荷を解け! この土地で休息を取るぞ」
「やはりこの村で休息なさいますか。クーガー王は教会で休まれますかな?この村で一番丈夫で立派な建物はこの教会ですが……」
リジャはそう勧めたが、クーガーはかぶりを振った。
「いや。余はホークの家に泊まろうと思う。この少年ともう少し話してみたい。仕官の気も変わるかも知れんしな」
「ホーク。お前の家に案内してくれるか? まあ嫌と言っても泊まりに行くがな」
「分かりました。あなたと従者の何人かくらいなら泊まれないこともないでしょう。案内します」
「そうか。有難い。おお従者で思い出した。お前に会わせておこう。フェジーナ! 出て参れ!」
クーガーがそう言うと、ホークと同い年くらいの少年が騎上で現れた。
「こやつもお前たち二人に負けぬ秀才じゃ。いずれわが軍を動かすことになろう。フェジーナ、挨拶しなさい」
フェジーナと呼ばれた少年は、ホーク達に挨拶するために馬から降り、近付いて来た。その少年の瞳は深く澄んでいて、すべてを見透かすようだった。
「フェジーナと申します。クーガー様の身の回りのことをさせて頂いております。宿をお借りしますが、どうぞ今日は宜しくお願いします」
「宜しくお願いします。僕と同い年くらいの君のような人が、こんな大軍隊にいるとは思わなかったよ」
「いや。ただ私は安全な陣に居るだけです。実際に戦ったことはまだありません。いずれは実戦を経験しなければなりませんが」
「そうか……。そうだよね。軍に入っている以上戦わないといけないんだよね……」
「? それはそうですが」
クーガーは二人の会話を笑みを浮かべて聞いていたが、やがて口を開いた。
「お前たちは年も近い。話しやすいだろうが、話はホークの家に行ってから十分にすればよかろう。ホーク。お前の家に案内してくれんか?」
「分かりました。案内しましょう」
「有難い。それとリジャよ」
「はい」
「余の軍が休息を取れるように手配してくれ。民家に泊まれない分は、陣を張って休ませるがなるべく民家を使わせてくれ」
「かしこまりました」




