第十話 甘い菓子パン
洞窟の奥はまた一回り大きな空洞になっていた。
「いかにも何かいそうだな……」
「実際、竜の親子が居るんだ。もう少し進んだらきっと出てくるぞ」
海賊船はそこから奥に進んだ。そうすると……
「何か海面の下から音がしない?」
とホークが異変に気付いた。
「確かに……。ゴゴゴというような響く音が聞こえるな」
音はどんどん大きくなっていく。
「竜神様のお出ましだ。振り落とされないように、しっかり船につかまってろ!」
リーダー格の海賊がそう言うと水面から大きな竜がうねりと共に姿を現した。
「すごい……。これが竜……」
ホークは竜の迫力に圧倒された。
「出てきてくれなすったな。お前らの持っている護符は全部で四枚だったな。もうじきそれを持って来させた意味が分かるはずだぜ」
そういうと海賊達は船尾に下がった。
「ん? 何で後ろに下がる? どうしたんだ?」
「俺たちは今は用なしなんだ。竜が用があるのは護符を身につけているお前たちだ。宜しく頼むぜ」
「おいおいどういうことだ?」
ラークを筆頭にリーダー格の海賊が言っていることが理解できなかった。訳が分からなかったが、護符を持った四人は何かが心の中に語りかけてくるのを感じ取った。
(私の加護を受けた護符を持つ者達よ……)
「何だ? 今のは?」
「え? 父さんも?」
「僕にも聞こえた……」
「僕にも……」
(私はお前たちの目の前にいる竜だ。心の中に語りかけている)
「心の中に……。何でそんなことができるんです?」
ホークは竜に問い掛けた。
(お前たちの持っている護符は昔、強い魔力を持った人間がここに来た時に、私に断って作った物だ。その護符を通して私はお前たちに語りかけることができる)
「この護符が……。そういうわけか。あなたと話をするための護符だったんですね」
(なかなか聡明な人の子のようだな…。ここまで来たのは潮流を元に戻すために来たのだろう。大方察しはつく)
「そうです。今は南国との交易が絶っているだけで済んでいますが、それが何年も続くとなるとそれだけでは済まなくなります。何とかなりませんか?」
今度はラークが竜に問い掛けた。
(何とかできぬこともない。ただ条件がある)
「条件……。受け入れられることなら何とかします」
(そう無理なことは言わんつもりだ。条件というのはその護符だ)
「これですか。この護符をどうしたらいいんですか?」
(その護符を私達親子に一枚ずつ譲って欲しい)
竜がそう言うと親竜の背中に乗っていた子竜が前の方に出てきて姿を見せた。
「小さいなあ。親竜はこんなに大きいのになあ」
子竜はキュウと鳴いた。よく見ると、小さい翼が付いているようだったが、今の子竜にはその翼を使って飛ぶことはできないようだった。
(私達竜は様々な力を持っているが、繁殖能力は低い。この子は二百年目でやっと授かった子供だ。それだけに私はこの子が心配でしょうが無い)
また子竜が今度は少し大きな声でキュウと鳴いた。
(ずっと目の届く所に置いておきたいが、この子も大きくなる。そうもいかなくなるだろう。そこで、その護符が欲しいのだ。私達、竜の親子は離れていてもある程度の距離ならお互いに何をしているかは分かるのだが……)
「だが?」
(距離が離れすぎるとそうもいかなくなる。だが、お前たち人間が作ってくれた護符を私達親子が取り込むことによって、それは解消されるのだ)
「自分の加護を自分で使うというわけですね。何か面白い話ですね。でもそうすればこの子も今より安全になりますね」
(妙な話だがそういうことだ。どうだろう、譲ってくれるか?譲ってくれるならすぐにでも潮流を戻そう)
子竜は親竜に寄り添って、キュウルルと甘えた声で鳴いている。
「分かりました。そういうことならこの護符を譲りましょう。具体的にどうすればよいのですか?」
ラークは自分の護符を外し、手に持ってそう竜に問い掛けた。
(私達親子にそれをそれぞれ貼って貰えればよい)
「分かりました。ホーク。私のとお前のを使おう」
「うん!」
まずラークが親竜の胸にあたる所に護符を貼った。すると護符は一瞬光ったと思うと、親竜の胸に吸い込まれて行った。吸い込まれた後には護符に描かれていた文様が残った。
(有難う。今度はこの子に貼って貰いたい)
子竜は親竜の背中にまた隠れていた。どうやらホーク達を警戒しているようだった。
「恐くないよ。こっちにおいで」
ホークが優しく呼びかけると、子竜は警戒を少しずつ解き、ちょこちょことホークに近付いていった。
「よしよし、いい子だねえ。すまないけどこの護符を貼らせてもらうよ」
警戒を解いた、子竜にホークは持っていた護符を貼り付けた。子竜の背中に貼り付けた護符は親竜のと同じく、一瞬光ったと思ったら、やはり子竜の背中に吸い込まれて行った。親竜と同様に護符の文様だけが残った。
(有難う。これでこの子がどこまで離れていても通じることができる)
「条件は果しました。潮流を元に戻して頂けませんか?」
(分かった。それでは元に戻そう)
親竜は瞑想し始め、精神的集中を高めた。
「グガー!」
精神の集中が最高に達したと同時に力を込めて親竜は広い洞窟の外まで聞こえるような鳴き声を発した。親竜の鳴き声と共に潮流が元に戻った。
「竜の力というのは凄いんだな。やっぱり。これで南国と交易ができる」
(取引は終わったな。護符を譲ってくれたことを感謝する。他に礼をしたいが、今は適当な物がない。そのかわりお前たちがこれから先何か困った時、ここを訪れたら相談に乗ろう。お前たちのことを私は覚えておく。ではさらばだ)
親竜は残りの護符を持った、カイトとマスエルの二人に心を通してそう伝えると、ゴゴゴという海流の音と共に、海中へ子竜と共に戻って行った。
「行っちゃったね」
ホークは竜の親子が去った海面を見てそう言った。
「困ったことがあったら、ここに訪れなさいって。心強いね。あんな力を持った竜にそう言ってもらえると」
マスエルは護符を子竜に譲って持っていないホークにそう言った。
「そんなこと言ってた?」
「ああ。だから困った時はまた来よう。今度は海賊船じゃない方がいいなあ」
マスエルがそう言うと周りにいた三人は笑った。そりゃそうだと思ったのだろう。
「ひでえ言い様だな。海賊船の乗り心地はそんなに悪かったかい?」
竜が居る間は離れていたリーダー格の海賊が何時の間にか近くに寄っていた。
「悪くはないが落ち着かんよな。人質に取られているような気がする」
ラークがそう正直に言うのを聞いて、リーダー格の海賊も笑った。
「あんたらにとってはそうだろうな。まあこれで俺たちも外海に出れる。約束通り、もうシクロスの商船は襲わねえよ」
「本当だな?」
「ああ。元々襲いたくて襲ってるわけじゃねえしな。金になんねえし。これからは他国のでっかい船を襲ってやるよ」
「それも感心せんがな……。オストガルドが黙認しているなら仕方がない」
「国にはあんたも逆らえねえよなあ。一応今の所はめでたしめでたしとなった所だし。町まで送ろう。おい! 野郎共! 帰るぞ!」
海賊達はオウという掛け声と共に海賊船を帰路に向けた。
「ザップ君。これでお酒を盗まないでよくなるよ」
ホークはザップに笑顔でそう言ったがザップの表情は冴えなかった。
「……盗みはしなくてもよくなるかも知れないけど、また他の所でこき使われるだけさ。僕には君みたいに守ってくれる親がいないんだ。君が羨ましいよ」
ザップがそう言うとホークは何も言えなかった。ホークは自分が言ったことを後悔した。
ホーク達はシクロスに戻った。
商館に戻るとオウルが迎えてくれた。
「無事戻ったな。で、どうなった?」
ラークは事の顛末をオウルに話した。潮流が元に戻ったことを知ると、オウルは飛び上がらんばかりに喜んだ。
「よくやってくれた! マスエル達! お手柄だったな!」
「僕は少し怪我しただけで大して役に立たなかったよ。ほとんどホークらのお手柄さ」
「怪我をしただと! 見せてみなさい!」
マスエルは傷を負った腕を見せた。オウルは心配そうに見て、軽傷だと知ると胸を撫で下ろした。
「マスエル。お前はオウル商会の大事な跡取息子だ。くれぐれも気をつけなさい。ホーク達も怪我はないかね?」
「私達は無事だったよ。マスエルに傷を負わせて申し訳ない」
「いや。ラークが付いていたからこの程度で済んだのだろう。謝ることはないよ」
オウルはふうとため息をつき言った。
「これで、南国との交易を再開できる。砂糖の供給量も元に戻るだろう。皆、塩辛い食事に飽きていたろうからな。いや迷惑をかけた」
皆で話していると、お手伝いさんが寄って来て、
「旦那様。お食事の用意ができました。あら、皆さんも帰って来られたのですね。いっぱいありますからどうぞ召し上がられて下さい」
と言った。
「じゃあ塩辛い食事で今日のことを祝おうか」
ラークとオウルを中心に皆で笑いあった。
ホーク達がシクロスからリゾレッタに戻って一ヶ月後、砂糖の供給量は完全に元に戻り、ほとんどの家庭で手に入るようになった。
「ホーク! レンちゃんとファナちゃんが来てくれたわよ!」
自室でマスエルから借りた本を読んでいたホークは本を閉じ。レン達の所に行った。
レン達がいる玄関先では既にカイトがいて色々話をしている。
「あっ! きたきた! ホーク! あなた達のおかげでうちでも元通りに砂糖が手に入るようになったわ。お礼に菓子パンを持って来たわよ」
「きたわよ!」
ファナがレンの真似をして繰り返した。レンが持って来た大きなかごとファナの小さなかごにはいっぱい菓子パンが入っていた。
「おいしそうだなあ。でもいつものことだけどいっぱい持ってくるなあレンは」
「あんたの所は四人いるから、これくらいすぐ食べちゃうわよ。カイト。あなたもいっぱい食べてね」
「たべてね」
レンとファナはかごを差し出した。
「じゃあ一個貰うよ。頂きます」
「俺も貰おう。頂きます」
ホークとカイトは一つずつ菓子パンを取って食べ始めた。口いっぱいに甘さが広がる。
「どう? おいしい?」
「いやーおいしい。これくらいならすぐに全部食べちゃうだろうな。有難うレン、ファナ」
ホークに礼を言われてレンもファナも嬉しそうに微笑み返した。




