戦記87
公国と共和国の講和会議の最終日、予定されていたエヴァの記者会見は共和国議会堂内の会場から首都中心部にある建国記念館へ変更された。
これは取材する記者を選ばれた新聞社所属のみとする政府と、参加できない大多数の新聞社が不公平を訴えた記事に拡大派や急進派の議員が便乗して政争まで発展していた中で、公国側が共和国の記者であれば誰でも問題ないと共和国政府に申し入れ、参加資格は共和国の新聞記者であること、ただし質問は指定新聞社のみとする妥協案が成立、急遽百名を超える記者の参加が確定となり広い会場が必要となったためだった。
今や共和国で名を知らぬ者は赤子のみと言われる公国の戦女神の記者会見は、世間注目の的であり新聞記者達が集う会場は熱気で包まれていた。
「公女殿下が入室される。起立して迎えるように。」
会場を仕切る外務官の命令に、記者の中には王侯貴族へおもねる態度だと異議を唱える者もいたが、最初に現れた騎士達の迫力に全員が息を呑む。帯剣した親衛隊と黒バラ騎士団の警護隊から二名づつ配された四人の騎士は眼光鋭く記者達に容赦ない視線を浴びせ、百名を超える会場を威圧する。
これに対抗しようとする若い記者達の中から声が上がる前に、先の騎士よりも格の高い二名の騎士、親衛隊のハーミットと黒バラ騎士団のハイラントに挟まれてエヴァが登場した。
真っ白な礼装に身を包み、纏めた髪の上に銀の王冠を乗せた貴婦人姿のエヴァを初めて見た記者達は、軍装を好むとの情報と異なったせいもあり、驚きをもって迎え一部からはどよめきまで上がる。
エヴァは中央の席に立ち左右を向いて笑みを投げ掛けると、記者達の視線を悠然と受け止めながら椅子に座る。
「あ、はい、皆は着席するように。」
見とれてしまった外務官が慌てて着席を促す姿に揶揄する目よりも、エヴァの貴人としての美貌と身のこなしに注目が集まり、記者達はそれまで得ていた情報との差異を口々に同僚や顔見知りの記者と話し合うほうに忙しかった。結局、外務官の二度の静粛を求める声で、ざわめきが収まったのちに、ようやく記者会見が始まる。
「国民新聞のグットスと申します。」
「うむ、よろしく頼む。」
共和国政府との事前の打ち合わせ通り、政府からは信頼できる、同業者からは御用聞きと揶揄される国民新聞から質問が始まった。
「まず最初に公国の姫君がこのような場に出て頂けることに感謝いたします。」
外務大臣からの特別の意向を受けていた編集主幹のグットスは、記事に載せやすく且つエヴァが発言しやすい質問を行う。
「殿下は公女という御身分ありながらに戦場に立たれるとお聞きしております。怖くはないのでしょうか。」
「戦場に赴くのは貴人の責務だと考えてる。」
「しかし自ら先頭に立ち騎兵を率いて突撃されるというのは、あまりにも大胆ではありませんか。」
「常にそうだというのではない。そうすべき時にのみ先陣に立っておる。」
「すべき時とは。」
「歴戦の騎士でも騎馬突撃は命がけだ。ならば自ら範を示し、命をかけるに値する主であろうとしている。」
「そのお心掛けには、感服いたします。」
グットスが当たり障りなく上手く質問を終えると、続けて次の記者が質問を始める。
「様々な二つ名をお持ちと聞きますが。」
「それも貴人の責務だ。人の上に立つ以上、下々がどのような渾名をつけようとも致し方ない。」
「本日のお召し物は大変素晴らしく見惚れんばかりの際立ったお姿ですが、これまでの軍装と変えられた意図は。」
「会議では公王代理としての出で立ち、今日は公女としての礼装である。」
記者会見は共和国政府に配慮する大手新聞各社のおかげで、取り仕切る外務官の想定の範囲内で進む。一方で、エヴァの真面目な回答に共和国の政治家の冗談を交える会見に慣れた記者の一部が、刺激が足りないと互いに目配せを始める。
「今回の講和会議で、殿下は何を求められているのでしょうか。」
「両国の関係をあるべき姿に戻し、そのさらなる関係へと導きたい。」
「あるべき姿とは。」
「剣を交えるのではなく、今まで通り互いの人が交流し、荷が行き交う状態だ。」
「では更なる関係とは。」
「貴公ら記者が、公国で私にこのような質問をできるようになる事だな。」
「殿下の貴重なご意見を聞くことができました事、お礼申し上げます。」
質問を許された大手新聞社八社目の記者が予定されていた質問を終えて締めの言葉を発すると、予定調和的な会見を不満とする記者達の一人が手を挙げる。
「まだ宜しいでしょうか。」
「許可された者以外の発言は認められない。」
予定通りに終わらせようとする外務官は、高圧的に記者の質問を遮った。これに一部の記者が抗議しようと声を上げる前にエヴァが応える。
「いや、構わん。」
事前の打ち合わせと異なる公国側の対応に外務官が驚く間も無く、手を挙げた記者が幸いとばかりに質問を始める。
「黒策士ダロワイヨ男爵の行方についてです。帝国にいるとも公国で匿われているとも言われておりますが。」
「公国におらぬ。」
「ではいったいどこに。」
「知らぬ。」
「しかし、ダロワイヨ男爵は公国の軍師でこの戦の最大の功労者ではありませんか。」
ノエルの名前を持ち出してエヴァから言質を得ようという記者に、公国の騎士達は不快感を持つ。元々官位や役も持たぬ平民がエヴァに直接問いかけるのは不敬と考える騎士達は、記者会見自体に否定的だった。共和国の風習を体験したいエヴァの意向を汲んだものの、予定を無視した記者の行為は無礼だと映る。
記者達は警護の騎士の視線に怒りが含まれていると気づきながら、気骨を持つ幾人かは挑むように見返しながら筆を走らせる。
「その功労者の所在を広く知らせることは、この国では褒美となるのか。」
「新聞に載ることは名誉な事です。」
「なるほど公国とは風習が違うのだな。理解した。」
「では。」
「しかし知らぬものは知らぬ。アルザニアで帝国に拉致されて以降、公国でも消息はつかめておらぬ。」
期待した答えが得られなかった記者が更なる追及を行う前に、エヴァは機先を制して伝える。
「隠された事実を探すのが、新聞記者というものではないのか。帝国へ直接尋ねるがよい。」
エヴァは質問を許しても全てを答えるつもりは無く、お姫様然とした雰囲気は崩さないものの、記者との間にそれまで無かった緊張感が走る。一筋縄ではいかないと悟ったある記者がエヴァに質問を求めた。
「構わぬ。」
「ありがとうございます。ではお聞きしますが、この度の戦で共和国は万の同胞を失いました。これについて何か一言頂けますでしょうか。」
発言者を中心に会場にそれまでとは異なる静かなざわめきが起る。中心にいたのは政権の首を締めることで有名な新聞社の大物記者だった。会場を仕切る外務官の苦虫を噛み殺した顔を横目で見たエヴァは、大物記者を見据えゆっくりと確認する。
「質問はそこで終いか。」
「どういう意味でしょうか。」
大物記者はこれ以上の質問が無いのか尋ねられたと捉えたが、表情を読み異なる意図を感じてエヴァに聞き返してしまう。
「貴様、殿下に対して無礼であろう。」
ハーミットの叱責は、大物記者の聞き返し方は下々が貴人に対する態度ではなく不敬だからであった。エヴァが手を上げたため、ハーミットはそれ以上は発言を控えるも睨む事は止めない。歴戦の強者の声と視線に、若干引き気味でも顔色は変えずにいる大物記者に対してエヴァは問い直す。
「此度の戦で亡くなった者は公国にもおるが、それには興味を示さぬのか。」
「公国は傭兵だけの軍だったと聞いておりますが。」
敵国のそれも傭兵の死については、大物記者に共和国民と一緒にする発想は無い。
「傭兵であれば死んでも問題無いと貴様は言うのだな。」
エヴァの発言に他の記者はこの後の展開を期待して、力を込めて筆を走らせる。
「我が命令によりアルザニアの地で命を落とした者は一万を超え、傷ついた者はその三倍以上にもなった。彼らは兵であるまえに民であり、その犠牲に国は関係ない。」
「ではその責はどこにあるのでしょうか。」
大物記者は予定よりも踏み込んでエヴァに質問を行う。
「無論これを背負うのは総司令官の私であり、失った命に報いる唯一の行いは平和を生み出すことだ。」
エヴァの静かな声が会場に響く。質問した大物記者はエヴァの発言を若さの発露だと考えながら質問を続ける。
「殿下はこの戦いで平和を生み出すとおっしゃいましたが、父や息子を亡くした者、腕や脚を失った者が納得するでしょうか。」
公国との間に和平が成ろうとする目前で、公国の心証を悪化させかねない質問に、外務官は流石に止めさせるつもりで合図を送り共和国の衛兵が動く。会場の動きにハーミットとハイラントは目配せを行い、エヴァの退室を促すために背後の部下に合図を送る。
「よい。そして答えよう。」
それまでとは違う凛とした声で会場の動きを止めたエヴァの目は、すでに会場の記者達を見ていなかった。
「公国の為政者の言葉では、共和国の民は納得できるものではない。ゆえに私、エヴァンジェリンの言葉として話す。」
エヴァは記者達にではなく、その向こうにいる共和国の民衆に語りかける。
「私は戦で幼馴染を犠牲にした。彼の命で束の間の平和を得た。彼は私のどのような我がままも叶えてくれた。無理難題を応えてくれた。その結果、私の願いは叶えられ彼は処刑台の前にいる。」
ひと呼吸おいたエヴァの周囲では、既に姿勢を直立不動に戻した騎士達が主の言葉を邪魔させないように視線で周囲を威していた。
「私は共和国の民に告げる。戦で失ってよいものなど何も無い。常に傍らにいた者と二度と会えぬ苦しみなど耐え難いものであると。これだけは公国と共和国、ともに国は違えど共有できるものだと私は信じる。」
エヴァの演説に感銘を受けた記者もいれば、心の中で批評する記者、皮肉を呟く記者と様々だが、ある若手記者は尋ねずにはおれなかった。
「幼馴染とは黒策士のことでしょうか。」
恐る恐るとの体裁の若手記者に、エヴァは視線を向けるとゆっくり丁寧に答える。
「私が話したのは私を家族以外で唯一呼び捨てにする、高慢で目つきと口の悪い、それでいて世界を敵に回しても私の願いを叶えてくれた、大切なそしてただの幼馴染の事だ。」
自分を見据える目からエヴァのこだわりの強さを知った若手記者は、これ以上の追求を控える。静まり返った会場から終わりを悟ったグットスが、最後の質問を行う。
「殿下の願いとは。」
「公国の平和、ただそれだけだ。それゆえに貴国との和平を望む。」
短く答えたエヴァが外務官に促されて会場を後にすると、記者達はいち早く記事を新聞に載せるため、一斉に走りだした。その中で外務大臣から見返りの情報を貰う予定のグットスは、今回の取引を後悔する。
「こりゃ、真面目に取材したほうがもっと良い記事を書けたな。」
出来もしないがな、と付け加えたグットスは若手の記者の呼びかけに応じると、待たせてある馬車へと急いだ。
『公国の望みは和平』
『エヴァンジェリン公女殿下お言葉全掲載』
『両国間の取り決めは国境地帯の非武装化か』
『戦女神と黒策士の秘話』
翌日の新聞は共和国と公国の講和会議一色になる。
特に女性の礼装に身を包んだエヴァの絵姿と共に報じられた記者会見は、共和国民の話題となり様々な議論を呼んだ。新聞によって好意的な記事も否定的な記事も中立な記事もあったが、それ以上にエヴァの生い立ちや武勇伝が人々の興味を引く。エヴァの記事で新聞が売れるため、各社が秘話と称して書き続けると、王政が倒れてから久しく使われなかった『姫殿下』という言葉が民衆の口に上るまでになる。
この風潮の中でも公国は許せない者は確かに存在したが、全体的に見れば共和国民の公国への好感度は徐々に回復し、政府の懸念していた講和条約の締結を反対する勢力も沈静化していった。




