第二話 あなたの隣で
「あなた……変じゃない?」
ある夜、美月が言った。
直人の指が止まる。
「何が?」
「全部」
「……疲れてるんじゃない?」
「そういうのやめて」
美月の声は冷たかった。
「私が何かしようとすると止める。まだ会ってない人のことを知ってる。初めて来たはずなのに道も知ってる」
「……」
「カボチャのことだってそう」
「それは……」
「私に何かあるの?」
「ない」
「じゃあ、なんでそんな顔で私を見るの?」
答えられなかった。
「私、何かする?」
「……しない」
「何かされる?」
「美月」
「私に関係あることなんでしょ?」
「もういい」
「よくない!」
美月が立ち上がった。
「私のこと、守ってるつもり?」
「守らなきゃいけないんだよ!」
叫んでから、直人は自分の言葉に息を呑んだ。
「なんで?」
「……」
「何が起きるか知ってるみたいな顔して、私が何かするたび止めて。私がどうしたいか、一回でも聞いた?」
美月の目に涙が浮かんでいた。
「あなたが怖いからって、私まで怖がらせないでよ」
その言葉が、胸の奥へ突き刺さった。
自分は、美月を守っているつもりだった。
彼女を失わないためなら、何だってするつもりだった。
だから美月が何をするかを決めた。
どこへ行くかを決めた。
誰と関わるかを決めた。
一周目の村人たちと、何が違うのだろう。
目的は違う。
彼らは自分たちが助かるために、美月の人生を決めた。
自分は美月を助けるために、美月の人生を決めている。
けれど彼女の意思を置き去りにしたことだけは、同じだった。
その瞬間、部屋の空気が変わった。
直人には分かった。
銀の騎士がいる。
いつものように、少し離れたところから二人を見ていた。
だがその姿は、美月には見えていない。
「……どうしたの?」
美月が怪訝そうに直人の視線を追う。
銀の騎士が、ゆっくりと一歩前へ出た。
「おい」
騎士の輪郭が強くなる。
銀色の光が甲冑を縁取り、通常なら異能を持たない者には認識できないはずの存在が、現実の側へ深く現界していく。
「やめろ」
「……何?」
美月の瞳が大きく開いた。
彼女にも、見えた。
銀の騎士が、自らの意思で姿を現したのだ。
「……誰?」
騎士は美月へ向き直った。
『彼が恐れているのは、あなたではありません』
「やめろ」
直人が言った。
しかし騎士は止まらなかった。
『あなたを失うことを、恐れているのです』
「やめてくれ!」
膝から力が抜けた。
直人はその場に崩れ落ちる。
「直人?」
美月が駆け寄った。
「言えない……」
「何を?」
「言えないんだ」
君は死んだ。
その一言だけが、どうしても口にできなかった。
今こうして息をしている美月に、どうしてそんなことが言えるだろう。
「俺……」
声が震えた。
「俺は、これからもあなたの隣で生きたい」
美月が黙る。
「来年も、その次も……もっと先も。くだらないことで喧嘩して、また笑って。一緒に歳を取って」
涙で、美月の顔が滲んでいく。
「ずっと、一緒に生きていきたい」
美月はしばらく何も言わなかった。
やがて、泣きながら少し笑った。
「……それ、今言う?」
「今じゃなきゃ言えない」
「なんで泣いてんのよ」
「分かんない」
「ほんと……変なの」
その夜、二人は誰にも求められることなく、互いを求めた。
何の儀式でもない。
誰かを救うためでもない。
子を成すことを求められたわけでもない。
ただ互いを愛し、この人と生きていきたいと願った。
それだけだった。




