第二十二話 寂しさ
直人と別れた頃には、もう夜になっていた。
蓮司は一人で歩いた。
顔のない巨人もいる。
黒き獣もいる。
銀の騎士も。
後ろにいる。
それなのに。
隣が。
ひどく広かった。
小学生の頃。
勝手に話しかけてきた。
昼飯を食べれば隣に座った。
帰ればついてきた。
中学でも。
高校でも。
何も変わらなかった。
高校へ入れば、勝手に右腕を名乗った。
『俺、右腕なんでしょ?』
十二年。
当たり前のように、そこにいた。
うるさくて。
面倒で。
人との距離が近くて。
蓮司が放っておこうとした人間へまで、勝手に手を伸ばす。
その人間が。
この世界には。
最初から。
存在しなかった。
胸の真ん中を。
冷たい風が通り抜けていくような感覚がした。
蓮司は。
この感覚を知っている。
昔。
学校帰り。
明かりのついた家の前を通るたびに感じていたもの。
窓の向こうに。
父親がいて。
母親がいて。
子どもが笑っている。
それを見ながら。
自分にはないものを。
ぼんやりと想像した。
あの頃は。
その感情の名前を。
知らなかった。
今なら。
分かる。
寂しかった。
あの頃も。
きっと。
寂しかったのだ。
ただ。
今は。
昔よりずっと。
苦しかった。
知らなかったものを望む寂しさより。
知ってしまったものを失う寂しさの方が。
ずっと。
痛かった。
蓮司は足を止めた。
隣には誰もいない。
でも。
後ろには誰かがいる。
振り返った。
銀の騎士。
朝からずっと。
ついてきていた。
話しかけてもいない。
命令もしていない。
それでも。
まるで。
そこが自分の居場所だと知っているように。
蓮司の後ろにいる。
悠真が消えた。
その朝から。
今までいなかったこいつがいる。
それだけではない。
悠真だけが越えてきたはずの境界を。
今では皆が当たり前のように越えている。
海の底。
《運命》の言葉が蘇る。
『あなたたちの願いを、聞き入れます』
あなたたち。
自分だけではない。
あのとき。
悠真も。
何かを願った。
「…………お前」
声が震えた。
銀の騎士が蓮司を見る。
「お前……」
こんなこと。
聞きたくない。
聞けば何か決定的なものが壊れる気がした。
それでも。
聞かずにはいられなかった。
「……悠真なのか……?」
銀の騎士は、しばらく何も言わなかった。
やがて。
ゆっくりと。
蓮司の前へ膝をつく。
『その名を、私は存じません』
息が止まった。
「……じゃあ」
声が出ない。
「じゃあ誰だよ」
『私は、あなたの従者です』
「いつから」
『始まりより』
「違う」
即答した。
「違う」
騎士は黙っている。
「俺の従者は二体だった」
顔のない巨人。
黒き獣。
「お前はいなかった」
『我が主』
「そう呼ぶな!」
銀の騎士が。
僅かに顔を上げる。
「悠真は……」
喉が詰まる。
「悠真は、俺をそんなふうに呼ばねぇよ……」
最後まで。
声にならなかった。
銀の騎士は悠真ではない。
顔もない。
声も違う。
記憶もない。
相馬悠真だったという過去も。
何一つ持っていない。
それでも。
頭では。
違うと思う。
心のどこかでは。
どうしようもなく。
お前だろう、と叫んでいた。
騎士は蓮司の前へ膝をつき。
まるで。
ずっと昔からそうしてきたように。
ただ。
そばにいた。




