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第二十一話 『一人』だったから



 日が傾いていた。



 冬の夕暮れは早い。


 蓮司は公園のベンチに座っていた。



 何をするでもなく。


 ただ俯いている。



 顔のない巨人はいる。


 黒き獣もいる。


 見知らぬ銀の騎士も。



 三体とも少し離れた場所から蓮司を見ていた。



 だから本当の意味では一人ではない。


 けれど。


 ひどく。


 一人だった。




「……久世くん?」



 聞き覚えのある声がした。


 蓮司はゆっくり顔を上げる。



「……朝倉」



 直人だった。


 制服姿。


 学校帰りらしい。



「どうしたの」


「何が」


「何がって……」



 直人は困った。




 自分でも、なぜ声をかけたのかよく分からない。



 久世蓮司。


 小中学校では同級生だった。


 でも高校は別。


 蓮司が通っているのは、街では少し有名な不良校。


 制服姿の蓮司を街で見つけても。


 直人の方から話しかけることは。


 ほとんどない。




 今までは。



「……なんか」



 言葉を探す。



「一人だったから」



 蓮司の目が動く。




「一人?」


「いや」



 直人は慌てる。



「そういう意味じゃなくて」



 視線が蓮司の背後へ向かう。


 顔のない巨人。


 黒き獣。


 銀の騎士。


 見えていると思われたくなくて。


 反射的に目を逸らしかけた。



 けれど。


 違和感があった。



 前より。


 見える。


 輪郭が。


 ずっと。


 はっきりしている。


 直人は眉を寄せた。


 それさえも。


 なぜか。


 昔からそうだったような気がする。



「なんか……変だなって」



 蓮司は直人を見る。



 直人自身にも説明できなかった。


 何が変なのか。


 分からない。


 ただ。


 久世蓮司が、こうして一人でいる光景が。


 何か。


 おかしい。



「朝倉」


「何?」




 長い沈黙のあと。


 蓮司が聞いた。




「相馬悠真って、知ってるか」



 直人の表情が止まった。



「……相馬」



 その名字を。


 ゆっくり繰り返す。



「悠真」



 胸の奥で。


 何かが。


 動いた。




「……知らない」



 答えた。


 なのに。


 なぜか。


 ひどく悲しくなった。




「……何で」



 直人が胸元へ手を当てる。



「何で僕……」


「朝倉?」


「待って」



 知らない。


 知らないはずなのに。


 何かがある。


 直人は目を閉じる。



「僕……」



 ぼんやりと景色が浮かんだ。



「誰かと……三人で帰ったことがある」



 蓮司が息を止めた。



「三人?」


「久世くんと。僕と……」




 もう一人。


 そこだけが。


 白く抜け落ちている。



「すごく喋る人だった」



 直人は額を押さえる。



「僕が怖がると笑って……勝手に遊びに誘ってきて……」



 声は思い出せない。


 顔も。


 姿も。


 でも。


 感情だけが。


 残っている。



「……いた」



 直人が呟く。



「誰か、いたよ」



 蓮司は何も言えなかった。




「相馬悠真」



 直人は。


 今度は自分から。


 その名前を口にする。



「その人?」



 蓮司の唇が震えた。





「……そうだよ」



 それだけ言うのに。


 ひどく時間がかかった。



「俺の友達だった」



 直人の胸へ、懐かしさが押し寄せる。


 蓮司の隣。


 いつも誰かがいた。


 異能を怖がらない。


 むしろ楽しそうに笑う。


 自分とは。


 全然違う人。




「……僕」



 直人は小さく息を吐く。



「その人のこと、好きだったと思う」



 蓮司が顔を上げた。



「恋愛とかじゃなくて!」


「分かってる」



 ほんの一瞬。


 蓮司の口元が緩んだ。



「なんか……羨ましかった」


「何が」


「久世くんのこと、何も怖がらないから」



 直人は蓮司の背後へ目を向けた。


 今度は。


 逸らさなかった。



「僕はずっと……見えてないふりしてたから」



 蓮司も直人の視線の先を見る。


 三体の従者。



「相馬くんは」



 直人が言う。



「見えてても、普通だった」



 蓮司は目を閉じた。



「ああ」



 声が。


 ひどく優しかった。



「馬鹿だったからな」



 直人が少しだけ笑う。



「……そうだった気がする」






 顔も。


 声も。


 名前さえ。


 世界から消えている。





 それでも。


 相馬悠真という人間が。


 朝倉直人の人生に残した感情だけは。


 消えていなかった。






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