第十九話 もう一つの願い
――暗い。
寒い。
もう痛みは、よく分からなかった。
身体がどこまで自分なのか。
それすら曖昧だった。
悠真は。
自分がもう助からないことを。
なんとなく理解していた。
死にたくない。
当たり前だった。
卒業したかった。
咲希に会いたかった。
クリスマスに話した未来の続きを。
本当に二人で歩いてみたかった。
『全部うまくいったらいいね』
『いくでしょ』
『何その自信』
『なんとかするから』
『悠真が?』
『俺たちで』
あのとき。
何の疑いもなかった。
春が来ると思っていた。
卒業すると思っていた。
来年も。
その次の年も。
咲希の隣にいると思っていた。
蓮司とも。
きっと何だかんだ言いながら。
いつまでも馬鹿なことをしているのだと思っていた。
もっと生きたかった。
本当は。
どうしようもなく。
生きたかった。
けれど。
もう遅い。
自分の身体が。
そう教えていた。
なら。
自分のために何かを願うことは。
もうやめよう。
暗い海の中で。
声がした。
『何を望みますか』
――ああ。
なんだ。
願ってもいいのか。
だったら。
少しくらい。
最後に悪あがきしてもいいだろう。
悠真には。
もう蓮司の顔は見えなかった。
でも。
腕だけは分かる。
馬鹿みたいに強く。
自分を抱き締めている。
離すまいとしている。
――蓮司。
こいつは。
自分が死んだら。
絶対に自分を責める。
もっと強ければ。
もっと早く気づいていれば。
自分が間違えなければ。
そうやって。
全部。
一人で背負う。
――馬鹿だなぁ。
ほんの少し。
笑った気がした。
『俺、右腕なんでしょ?』
いつだったか。
自分で言った。
右腕。
笑い話みたいに始まった。
なのに。
悪くない呼び名だった。
蓮司が前へ出るなら。
その隣にいる。
蓮司が人を寄せつけないなら。
自分が繋ぐ。
蓮司が間違えるなら。
止める。
それが。
自分の居場所だった。
――一人にしたくないな。
咲希を置いていくのも嫌だった。
仲間とも、もっと笑いたかった。
蓮司とも。
何年も。
何十年も。
隣にいたかった。
でも。
それが叶わないのなら。
自分がどうなっても構わない。
この身体がなくなっても。
名前がなくなっても。
何も残らなくても。
だから。
せめて。
こいつの剣に。
こいつの盾に。
また一人で何もかも背負おうとしたら。
馬鹿やってんなって。
隣に立てる何かに。
そして。
できることなら。
こいつが見ているものを。
誰かが一緒に見てやれるように。
一人で抱えていた世界を。
誰かと分け合えるように。
蓮司と共に。
その先の未来を。
切り開ける力に。
――してください。
声になったかも。
分からなかった。
願いと呼ぶには。
あまりにも静かだった。
諦めと。
未練と。
祈りと。
最後の悪あがき。
それでも。
《運命》には。
確かに届いた。




