第十六話 海へ
蓮司は悠真を抱えたまま戦った。
顔のない巨人。
黒き獣。
自分自身。
全部使った。
それでも。
悠真を守りながら。
かつて仲間だった人間を傷つけず。
榊原まで辿り着く。
そんな都合のいい戦い方など。
できるはずがなかった。
逃げ道は、海側しか残されていなかった。
蓮司は悠真を抱えて走った。
背後から追ってくる。
途中。
直人が見えた。
「久世くん!」
「逃げろ!」
「でも――」
「逃げろ!!」
直人の身体が止まる。
蓮司は、その横を走り抜けた。
悠真を抱いて。
海へ向かう。
何かが背中に当たった。
身体が傾く。
足元。
何もない。
「あ――」
落ちた。
悠真と一緒に。
暗い海へ。
水面が。
遠ざかる。
冷たい。
苦しい。
それでも。
蓮司は。
悠真だけは。
離さなかった。
冷たかった。
身体が沈んでいく。
海水が口から入り、肺が焼けるように苦しい。どちらが水面なのかさえ、もう分からなかった。
腕の中には悠真がいた。
抱いているはずなのに、指先の感覚が薄れていく。
離すな。
それだけを考えた。
ここで手を離したら、本当に全部なくなる気がした。
蓮司は悠真の服を掴んだ。
――嫌だ。
頭の中に。
初めてはっきりと言葉が浮かんだ。
嫌だ。
こんなところで死にたくない。
悠真を死なせたくない。
榊原に負けたくない。
誰にも。
自分には力があった。
顔のない巨人がいた。
黒き獣がいた。
喧嘩で負けたことなど、ほとんどなかった。
自分なら守れる。
自分には、その力がある。
そう思っていた。
――何が、力だ。
腕の中の悠真は。
もうほとんど動かない。
たった一人。
十二年も隣にいた人間一人。
守れなかった。
もっと強ければ。
もっと早く気づいていれば。
榊原を最初に潰したとき。
二度と立ち上がれないほど。
徹底的に《支配》を断ち切れていれば。
自分が。
もっと。
もっと。
もっと――。
そのときだった。
暗い海の底に。
誰かが立っていた。
水の中であるはずなのに。
その長い髪も。
白い衣も。
揺れていない。
男にも女にも見えた。
老人のようにも。
幼い子どものようにも見える。
ただ。
瞳の奥だけで。
無数の光が逆向きに流れていた。
蓮司は、その存在を知らない。
会ったこともない。
それなのに。
なぜか。
その名だけは分かった。
――《運命》。
『何を望みますか』




