第十五話 一人になる
倉庫の奥。
悠真がいた。
縛られて。
制服も身体も、油に濡れている。
それでも。
まだ生きていた。
「蓮司!」
悠真が叫ぶ。
「来るな!」
蓮司は止まらない。
「今行く!」
「来るなって!」
その声に。
笑い声が重なった。
「感動の再会だね」
暗がりから。
榊原龍堂が歩いてきた。
「久世」
笑っている。
「久しぶり」
「殺す」
「怖いなぁ」
「悠真を離せ」
「いいよ」
あまりにも、あっさりと言った。
「返してあげる」
その直後だった。
火が上がった。
「――悠真!!」
炎が。
悠真の身体を包んだ。
悲鳴。
蓮司は、その音を。
一生忘れられなかった。
走る。
誰かに殴られた。
構わなかった。
顔のない巨人が人間を薙ぎ払う。
黒き獣が榊原へ飛びかかる。
それすら。
どうでもよかった。
「悠真!」
上着を脱ぎ。
火を叩く。
熱い。
皮膚が焼ける。
それでも何度も。
何度も。
「消えろ!」
やがて炎が消える。
蓮司は悠真を抱き起こした。
「大丈夫だ」
何度も言う。
「大丈夫だから」
悠真に言っているのか。
自分へ言い聞かせているのか。
もう分からなかった。
巨人なら守れる。
黒き獣なら追いつける。
自分なら何とかできる。
ずっと、そうだった。
力が足りないと思ったことなど、一度もなかった。
だから。
目の前の現実だけが理解できなかった。
腕の中で、悠真の呼吸が少しずつ弱くなる。
「なあ」
返事がない。
「悠真」
微かに瞼が動く。
「起きろって」
唇が、ほんの少し動いた。
「……れん、じ」
「いる」
蓮司は悠真の手を握る。
「ここにいる」
「……よかった」
「何がだよ」
悠真は答えなかった。
「帰るぞ」
蓮司は立ち上がろうとする。
「病院行くぞ。咲希んとこ帰るぞ!」
悠真の目が僅かに開いた。
「……さき」
「そうだよ!」
「……そっか」
ほんの少し。
笑ったように見えた。
「……よかった」
「何がだよ!」
また。
返事はなかった。
その光景を見ていた直人は。
逃げた。
怖かった。
人が燃えている。
血の臭いがする。
知らない異形が蠢いている。
無理だった。
物陰へ隠れ。
耳を塞いだ。
それを責められる者はいない。
まだ高校生だった。
直人はただ。
震えていた。
「だから、君は嫌いなんだ」
榊原の声がした。
蓮司が振り返る。
「何でも自分でできると思ってる」
蓮司の目から。
何かが消えた。
「殺す」
「できるかな」
周囲から人が現れる。
見覚えのある顔。
一緒に笑った。
馬鹿をやった。
同じ場所にいた。
その全員が、榊原の側に立っている。
誰が操られているのか。
誰が自分の意思で裏切ったのか。
もう分からない。
榊原が笑う。
「君自身を支配できないなら」
蓮司の顔から血の気が引く。
「君の周りを全部、僕のものにすればいい」
遅かった。
蓮司は。
ようやく理解した。
榊原は最初から。
蓮司に勝とうとしていたのではない。
蓮司を。
一人にしようとしていた。




