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第一四話 潮風にのって





 蓮司を見つけた頃には、直人は息を切らしていた。




「久世くん!」


「……朝倉?」


「相馬くんが!」



 蓮司の顔から表情が消える。



「何」


「連れていかれた。男の人たちに。車で……僕、見た」


「どこ」



 直人は覚えていることを必死に話した。


 場所。


 人数。


 車。


 悠真が抵抗していたこと。




 そして。



「あそこ……何かいた」



 蓮司が直人を見る。



「何か?」



 しまった。


 直人は口を閉じた。


 いつものように誤魔化そうとする。



「いや……」


「榊原の異能か」


「……分からない」


「お前、見えたのか」


「見えてない」


「朝倉」


「見えてないって」



 声が震えた。


 蓮司はしばらく直人を見ていたが、それ以上追及しなかった。



「帰れ」


「え?」


「教えてくれてありがとな。あとは俺が行く」



 蓮司が歩き出す。


 直人は、その背中を見た。


 帰ればいい。


 自分には何もできない。


 さっきだって。


 悠真が連れていかれるのを、隠れて見ていただけだった。


 怖い。


 行きたくない。


 なのに。


 昔の記憶が浮かんだ。



『直人、怖がりすぎ!』




 笑っていた。


 蓮司の隣で。


 自分には見えているものを、何一つ怖がらず。


 当たり前のように。


 直人は唇を噛む。


 そして。


 蓮司の背中を追った。



「……帰れって言ったろ」


「分かってる」


「じゃあ何で来る」


「僕だって分かんないよ!」



 情けないほど声が震えた。



「怖いよ。でも……」



 止まりそうになる足を前へ出す。




「見ちゃったから」




 その一言を聞いて。


 蓮司はもう、帰れとは言わなかった。






 手掛かりを繋いだ。


 車の情報。


 仲間から得たわずかな話。


 直人が感じた異能。


 黒き獣が拾った匂い。




 やがて。



 海沿いの古い倉庫街へ辿り着いた。


 まだ目的の建物すら見えていない場所で。


 潮の匂いがした。


 冬の冷たい風に乗って、磯の匂いが鼻を掠める。



「……海、近いんだ」



 直人が小さく呟いた。



 蓮司は答えず、足を速めた。


 奥へ進むにつれ、人影が増える。


 見知った顔がいた。



「……お前」



 仲間だった。


 昨日まで。


 蓮司の側にいた。


 その男が鉄パイプを向ける。



「来ると思ってたよ、久世」



 蓮司は顔のない巨人を見る。



「退け」



 巨人が腕を振るう。


 人が飛ぶ。


 黒き獣が駆ける。


 次々と人間を地面へ伏せさせる。


 蓮司自身も進む。



 殴る。


 倒す。


 進む。




 けれど、以前のようにはいかなかった。


 顔を知っている。


 名前を知っている。


 悠真と笑っていた人間がいる。


 どこまでが本人の意思なのか分からない。


 だから一瞬、手が鈍る。


 その一瞬で殴られる。


 蹴られる。


 それでも進んだ。



「久世くん!」


「来んな!」



 直人は物陰へ隠れる。


 怖い。


 逃げたい。


 それでも今度は。


 完全には逃げなかった。


 さらに奥へ進む。




 そこで。


 磯の匂いに、別の臭いが混じった。


 鼻の奥を刺す油の臭い。


 直人が足を止める。




「……何、この臭い」




 蓮司は答えなかった。


 直人は知っていた。





 冬になれば、どこの家からでも漂ってくる臭い。


 灯油だった。




 次の瞬間。


 蓮司が走り出した。




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