↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/47

第二部 君が村人になった日(中編)


村の呪いには、一時的な逃れ方があった。


カボチャ。


この土地で、唯一まともに育つ作物。


それを食べた者は、しばらくの間だけ呪いの進行を免れる。


だが不作が続き、備蓄はほとんど尽きていた。


そして。


根本的に呪いを終わらせる方法もあった。


「子ども……?」


直人は聞き返した。


長老が頭を下げる。


「あなたと、美月様との間に子が生まれれば」


「待ってください」


「呪いは終わります」


「なんで?」


答えはない。


「どうして僕たちの子なんですか」


「古くから、そう伝えられております」


「そんな理由で――」


直人は言葉を失った。


村人たちが集まっていた。


誰も命令しない。


誰も脅さない。


ただ。


全員が直人を見ている。


痩せた顔で。


縋るような目で。


助けてくれ。


そう言っていた。


直人は断ろうとした。


だが美月が止めた。


「話だけ聞こう」


「美月」


「聞くだけ」


儀式には《圧縮室》と呼ばれる空間を使う。


内部の時間を外界から切り離し、何ヶ月もの時間を短時間に圧縮する。


そこで二人が子を成せば。


妊娠から出産までを、外の世界では一晩のうちに終えることができる。


直人は震えた。


「無理だ」


その夜。


美月は何も言わなかった。


二人でトマトの畑を眺めていた。


「断ろう」


直人が言った。


「うん」


「明日、そう言う」


「うん」


「それで……帰ろう」


美月は答えなかった。


「美月?」


「直人」


「何?」


「この村の人たち、私嫌いだった」


「知ってる」


「でも今は、そんなに嫌いじゃない」


直人は黙った。


「子どもたちがいる」


「……うん」


「おばあちゃんたちもいる」


「うん」


「私のトマト、美味しいって言ってくれた」


「だからって」


「分かってる」


美月は直人を見る。


「私たちが背負う義務なんてない」


「だったら」


「でもね」


彼女は笑った。


「私、できるのにやらなかったって、一生考えるの嫌なんだ」


直人は俯いた。


昔の彼なら。


美月がそう言えば、そのまま頷いていた。


誰かに求められれば。


断れずに流されていた。


だが今は違った。


長い時間をかけて考えた。


怖かった。


嫌だった。


それでも最後には。


自分で選んだ。


「……分かった」


美月の手を握る。


「やろう」


「うん」


「でも、君が嫌だって言ったらいつでもやめる」


「直人もね」


「僕は」


「直人も」


美月が強く言った。


直人は少し笑った。


「分かった」


それは。


彼が初めて、自分の意思で背負った重い選択だった。




儀式の日。


村に残っていたすべてのカボチャが調理された。


大鍋いっぱいのスープ。


これが最後だ。


今日、呪いが解ける。


もう明日から、カボチャに縋る必要はない。


村人たちは一人ずつ器を受け取った。


直人にも。


そして美月にも。


「……あれ?」


美月は器を見た。


色が違う。


薄い。


香りも違う。


配膳をしていた女に声をかける。


「これ、カボチャじゃ……」


「あんたはいいでしょ」


「え?」


「よそ者なんだから」


女は次の器を持って歩いていった。


美月はその背中を見る。


手元のスープを見る。


もう一度、村人たちを見る。


誰もが夢中でカボチャのスープを飲んでいた。


立つのもやっとの老人。


痩せ細った母親。


小さな子ども。


今日を越えれば。


全部終わる。


美月は何も言わなかった。


器を口元へ運んだ。


銀の騎士だけが。


遠くから、その光景を見ていた。



儀式は成功した。


圧縮室から直人が出てきたとき。


その腕には、小さな赤子がいた。


泣き声が響く。


その瞬間。


村を覆っていた何かが砕けた。


誰の目にも見えなかった。


だが全員が分かった。


終わった。


呪いが。


終わった。


歓声が上がった。


泣く者。


抱き合う者。


地面に膝をつき、神へ感謝する者。


「助かった!」


「終わった!」


「これで!」


「これで生きられる!」


喜びが村を満たした。


直人は何も言わなかった。


腕の中の子どもを見る。


そして。


隣を見る。


「……美月?」


彼女は眠っていた。


穏やかな顔だった。


「美月」


肩に触れる。


冷たい。


「美月?」


返事がない。


「ねぇ」


身体を揺らす。


「起きて」


返事がない。


「終わったよ」


笑おうとした。


「みんな助かったって」


声が震える。


「美月」


何度呼んでも。


彼女は目を開けなかった。


医師が首を振った。


圧縮された時間に、身体が耐えられなかった。


それだけではない。


「彼女も呪いを受けていました」


直人は顔を上げる。


「……何?」


「村で暮らすうちに、彼女は村の一員として認識されていたのでしょう」


「でも……」


「進行は軽かった。おそらく本人にも、明確な自覚はなかったはずです」


直人の脳裏に。


美月の姿が浮かんだ。


最近、よく眠っていた。


朝、起きるのが遅くなった。


ときどき身体が重いと言っていた。


そして。


儀式の日。


彼女が持っていた。


色の薄いスープ。


『これ、カボチャじゃ……』


「……カボチャ」


医師が黙った。


「もし」


直人の声が震える。


「もし美月が、カボチャを食べてたら」


誰も答えなかった。


「ねぇ」


直人は医師の服を掴んだ。


「食べてたら?」


沈黙。


それが答えだった。


外では、まだ歓声が続いていた。


村人たちは笑っていた。


子どもたちが走っていた。


長年苦しめられてきた人々が。


ようやく。


ようやく救われたのだ。


だから。


誰も悪くないのかもしれない。


誰も。


ただ生きたかっただけなのかもしれない。


それでも。


直人には。


彼らの笑い声が。


どうしても。


許せなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。