第二話 新たな日常
何年かが過ぎた。
悠真は、蓮司の事情を少しずつ知っていった。
異能というものがあること。
蓮司がそれを持っていること。
管理局に保護されていること。
両親とは一緒に暮らしていないこと。
蓮司は自分から積極的に話したわけではない。
悠真が聞いた。
蓮司が答えた。
それだけだった。
「お前ってさ」
ある日の帰り道、悠真が言った。
「意外と普通だな」
蓮司は眉を寄せた。
「何が」
「もっとこう……秘密組織に育てられた闇の能力者みたいなの想像してた」
「漫画の読みすぎだろ」
「でも昼飯、焼きそばパンじゃん」
「関係ねぇだろ」
「世界滅ぼせそうな奴が焼きそばパン食ってんの面白くね?」
「殺すぞ」
「ほら普通」
悠真が笑った。
蓮司も少しだけ笑った。
それからしばらく経った、ある日のことだった。
「…………でっか」
悠真が突然、蓮司の背後を見上げた。
蓮司の足が止まる。
「……お前」
「ん?」
「何見てる」
「これ」
悠真が指差す。
その指の先には、顔のない巨人がいた。
「見えてんのか」
「見えてるけど」
「いつから」
悠真は少し考えた。
「……今?」
「は?」
「いや、なんか前から『そこに何かいるな』みたいなのはあったんだけどさ。こんなにはっきり見えたの初めて」
蓮司はしばらく、悠真と巨人を交互に見た。
「……怖くねぇの」
「何が?」
「こいつ」
悠真は改めて巨人を見上げる。
顔がない。
巨大。
どう考えても人間ではない。
「…………」
少し考えて。
「顔ないの不便そう」
「そこ?」
「飯どうやって食うんだろ」
「食わねぇよ」
「じゃあ便利じゃん」
「何の話してんだよ」
悠真は本当に、それ以上怖がらなかった。
管理局で調べても、悠真自身には明確な異能と呼べるほどのものは確認されなかった。
ただ、検査を担当した職員の一人が首を傾げた。
「まったく何もない、という感じでもないんですよね」
「何それ」
「非常に弱い性質なので、能力として切り分けられない。相馬君自身が、人や異能との間に何らかの《繋がり》を作りやすい可能性はあります」
長期間蓮司と接触したことで、その微弱な性質が《接続》という形で表へ出たのかもしれない。
結論は出なかった。
悠真本人は、そんな説明などどうでもよさそうだった。
「うわ、こっちにもいる!」
初めて黒き獣をはっきり見た悠真は、目を輝かせて追いかける。
「触れんの?」
「知らん。噛まれるんじゃね」
「マジ?」
「たぶん」
伸ばしかけた手を引っ込める。
数秒後。
また伸ばした。
「お前、人の話聞いてた?」
「ちょっとだけ触る」
「噛まれろ」
黒き獣が悠真を見る。
悠真も見る。
ゆっくりと伸ばした指先が、黒い毛並みに触れた。
「……触れた」
悠真の顔が、ぱっと明るくなる。
「蓮司! 触れた!」
「見りゃ分かる」
「すっげぇ!」
「うるせぇ」
何も変わらなかった。
見えるようになっても。
蓮司がどれほど普通ではないのか、その目で知っても。
相馬悠真は、久世蓮司を怖がらなかった。
それどころか。
今まで蓮司一人にしか見えていなかった世界へ、勝手に入ってきた。




