表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界帰還者、壊れた魔法少女たちからの愛が重すぎる  作者: アイーダ龍央
マジカルスノードロップ編 ~雪崎冬花~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/14

第9話 魔法少女と、姉

 今にも消えてしまいそうなほど小さな声だった。


 ただ、その一言だけで、彼女がどれほど切実な願いを抱いて≪妖精の雫≫に手を伸ばしたのかは、すぐに理解できた。


「うちの家は……私が三歳の頃に、両親が交通事故で亡くなったの。おねえちゃんは、その時からずっと私を支えて、守ってくれていた……」


 冬花は、繋いだ手を見下ろしながら、ぽつりぽつりと話し始めた。


「でも……私が中学にあがった頃、おねえちゃんは職場で倒れたの」


 その声は静かだった。

 けれど、指先はかすかに震えていた。


「すごく重い病気で、聞いたこともない病名だった。お医者さんは、おねえちゃんの身体にはずっと前から、痛みや吐き気みたいな強い症状が出ていたはずだって言った。でも、おねえちゃんは私を育てるために、病院にも行かないで、ずっと一人で無理をしていたの……」


 おれは何も言えなかった。

 冬花がどれほど自分を責めたのか、想像するだけで胸が詰まる。


「おねえちゃんの病気には、まだ治療法がないって言われた。もう少し早く入院していれば、症状を緩和させることはできたかもしれない。でも、もうそれも難しいって……」


 冬花は唇を噛みしめた。


「なんで気づいてあげられなかったんだろうって思った。私がもっとしっかりしていれば……私が頼りないから、おねえちゃんは一人で無理をしていたんだって思ったら、情けなくて、みじめで……どうしようもなかった」


 繋いだ手に、かすかに力がこもる。


「私が病院の屋上で泣いていた時――空から、妖精がやってきたの。……あなたの膝の上にいる子とは、違う妖精が」


 おれの膝の上で、ティトがぴくりと耳を動かした。

 いつもなら何かしら口を挟みそうなものだが、今は静かに冬花の言葉に耳を傾けている。


「妖精は私に言ったわ。『どんなことでも一つだけお願いを叶えてあげる。その代わりに、魔法少女になって、人々を襲う冥獣と戦ってほしい』って」


「……それに応じたのか」


「うん」


 冬花は小さく頷いた。


「だから私は、こう答えたの」


 その青い瞳が、かすかに揺れる。


「『私はどうなってもいいから、おねえちゃんの病気を治してほしい』って」


 そう言うと、冬花は、おれの指先を握る手にぎゅっと力を込めた。


「……願いは、すぐに叶ったわ。病室に戻ると、おねえちゃんは目を覚まして、ベッドから起き上がっていた。お医者さんは、奇跡が起きたって言っていた」


「……」


「そこから、私の魔法少女としての戦いが始まった。でも……つらくはなかった。だって、おねえちゃんが生きていてくれるから」


 そこで、冬花の声は、ほんの少しだけやわらいだ。


 きっと強がりでもなんでもなく、それは彼女にとって本当に救いだったのだろう。

 どれほど危険な戦いが待っていたとしても、愛する家族が生きてくれている。

 ただそれだけで、戦う理由には十分だったに違いない。


 しかしすぐに、冬花の表情は曇りを帯びて目を伏せた。


「でも、魔法少女として冥獣と戦う日々が続いて、少し経ったころ……私のまわりがおかしくなり始めたの」


「おかしくなった?」


「友達に声をかけても、返事をされないことが増えたの。最初は、からかわれているだけだと思った。でも、その回数が少しずつ増えていって……しまいには、先生や周囲の大人たちまで、私の声や姿に気づかないことが増え始めた」


 冬花の喉が、小さく震えた。


「おかしいと思って、私は妖精を呼び出して尋ねたわ」


「妖精は、なんて?」


「……謝られたわ」


 冬花は目を伏せ、震える声で言葉を継いだ。


「妖精は、何度も私に謝ったわ。≪妖精の雫≫で叶えた願いは、本来なら変えられなかったはずの運命を、無理やり捻じ曲げるものなんだって。だから、変えた運命が大きければ大きいほど、その反動が≪妖精の雫≫を通して、私に代償として返ってきたんだって……」


「反動……?」


「ええ。私が願ったのは、『私はどうなってもいいから、おねえちゃんを助けてほしい』だった。だから、その言葉どおりに……代償として、私自身の存在が少しずつ人に認識されなくなり始めたんだって……」


「それ、最初の契約時に言われなかったのか!?」


 あまりにもひどい話に、思わず語気が強くなった。

 しかし冬花は、静かに首を横に振る。


「妖精も知らなかったって言っていた。もともと、≪妖精の雫≫を人間に埋め込むのは、初めての試みだったからって……」


「いや、だからって……!」


「妖精は言っていたわ。魔法少女が人間界に入り込んでくる冥獣を倒してくれれば、冥獣界の力はだんだん弱まる。そうして妖精女王を解放できれば、妖精女王が≪妖精の雫≫を魔法少女たちから取り出せるはずだって。そうすれば代償も消えるはずだから、それまで辛抱してほしいって……」


「でも、そんなのって……」


 知らなかったで済む問題じゃないだろう。


 そう言葉を続けようとした。

 だが、冬花がひどく静かな顔で首を横に振るのを見て、おれは口を閉ざした。


「でも私……きっと初めにそれを聞いていても、魔法少女になっていたわ」


「冬花……」


「あのとき、おねえちゃんを助けられるのは、それしか方法がなかったから……」


 その言葉は、強がりには聞こえなかった。


 彼女は本当に、心からそう思っているのだ。

 自分がどれほどの代償を背負うとしても、姉を救えるならかまわないのだと。


「それに――周囲がどんなふうになっても、おねえちゃんだけは、私のことが見えなくなったり、声が聞こえなくなったりしなかった。だから、私はそれだけでいいと思ったの」


 冬花の目に、淡い光が宿る。


「おねえちゃんが私を見てくれるなら、それでいい。おねえちゃんが生きていてくれるなら、これからもずっと戦っていけるって……そう思っていた」


「冬花……」


 その時、ふと気づいた。


 さっきから冬花は、お姉さんのことをずっと過去形で話している。

 まるで……その時間が、すでにもう終わってしまったことのように。


「冬花。その、言いたくなければいいんだけどさ……」


 おれは慎重に言葉を選びながら、彼女に尋ねた。


「今、お姉さんはどうしてるんだ?」


 冬花はすぐには答えなかった。


 繋いでいた手が、かすかに震える。

 青い瞳が伏せられ、その端にじわりと涙が滲んだ。


 やがて彼女は、喉の奥から絞り出すように、小さく呟いた。


「……殺されたの」


「え……?」


「冥獣界の特級冥獣に……私の目の前で、おねえちゃんは殺されたの」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ