第10話 魔法少女と、代償
――殺された?
だって、冬花は……お姉さんを助けるために、魔法少女になったんだろ?
それなのに、そんなたった一人の家族が殺された? しかも、目の前で?
「ある日……冥獣界のやつらが、一つの会社に攻め込んだの」
震える声で、冬花は続ける。
「その会社は……おねえちゃんが勤めている会社だった。私は魔法少女に変身して、急いで駆けつけたわ。でも、その時にはもう、おねえちゃんは冥獣界の特級冥獣に捕らえられていた」
冬花の指先が、おれの服をぎゅっと掴む。
「私、思わず叫んでしまったの。おねえちゃんを放して、って」
その声が、途中で詰まった。
「そうしたら……」
冬花は何かを言おうとして、けれど声にならなかった。
喉の奥から、小さな嗚咽だけが漏れる。
「私のおねえちゃんだって、知ったあいつは……おねえちゃんに、すごく、すごくひどいことをしたの……」
ぽろぽろと、涙がこぼれていく。
「おねえちゃん、すごく痛かったはず……怖かったはずなのに……私、助けられなくて……っ」
「冬花……」
「私があのとき、おねえちゃんって呼ばなければ……っ! おねえちゃんは、あんなむごい死に方をするような人じゃなかったのに……っ」
「冬花。冬花のせいじゃないだろ」
思わず、おれは冬花の背中に手を回していた。
細い背中を、できるだけゆっくりとさする。
すると冬花は、しゃくりあげながら、おれの身体にそっと身を寄せてきた。
おれの膝の上に乗っていたティトは、空気を読んだのか、何も言わずにするりと膝から下りた。
そしてベッド脇の棚の陰へ移動すると、そのまま姿を隠した。
「ううん、私のせい……」
冬花は、おれの胸元に額を押しつけるようにして呟いた。
「……あんな死に方をさせるくらいなら、おねえちゃんの病気を治したいなんて、願うべきじゃなかったのかもしれない……」
「そんなことはない」
おれは、はっきりと首を横に振った。
「お姉さんの病気を治したいと願った気持ちが、悪いことだったはずがないだろ」
冬花の背中をさすり続ける。
彼女の身体は、小さく震えていたが、しばらくすると落ち着いたのか、再びゆっくりと口を開いた。
「……さっきの、代償の話、おぼえてる?」
「ああ、もちろん」
「代償は……≪妖精の雫≫が生み出す魔法力がたまると、進行するの。魔法少女の精神が大きく揺らいだ時も、進行が早くなる。代償を遅らせたければ、魔法少女として戦い続けなければならない。それに、精神を安定させておく必要もあるの……」
冬花は、かすれた声で続けた。
「ただ、それでも、完全に止めることはできない。あくまでも、遅らせることしかできないのだけれど……」
「じゃあ――まさか」
冬花が、こくんと小さく頷く。
「おねえちゃんが殺された後……私、何も考えられなくなった。部屋の中に閉じこもって、ずっと一人でいたの。他の魔法少女が会いに来てくれたような記憶もあるけれど、あまりよく覚えていなくて……次第に、彼女たちも来なくなった」
胸元に触れていた冬花の指が、ぎゅっと握り込まれる。
「……私、おねえちゃんのあとを追って死のうと思った。でも……その前に、せめておねえちゃんが頑張って入れてくれた学校だけは卒業しなくちゃいけないと思って……久しぶりに外に出たの」
そこで、冬花の声が小さく震えた。
「でも――その頃には、私の代償は取り返しのつかないところまで進んでいた」
「……」
「もう誰も、私のことが見えなくなっていた。どれだけ大声をあげても、誰にも声は届かない。目の前に立っても、触れても、誰ひとり気づいてくれない。同じ魔法少女でさえ、私のことが見えなくなっていたの……」
冬花が、ゆっくりと顔を上げた。
涙に濡れた青い瞳が、縋るようにおれを見つめる。
「でも……あなただけは違った」
冬花の指先が、おずおずと伸びてくる。
おれの頬に触れ、そこに確かな感触があることを確かめるように、そっと撫でた。
「あなただけは、私に触れて、私が見えるのね……」
「冬花……」
「今度は、あなたが私に教えて」
冬花は、泣き濡れた目でおれを見上げた。
「あなたはどんな願いで、どんな代償を支払って、魔法少女になったの……?」
「…………」
おれは黙ったまま、彼女を見つめ返した。
…………い、言えねぇ~~~!
この状況で、今の悲壮な話を聞かされた直後に、
『いやあ、実はおれ、つい先日まで異世界に召喚されて勇者をやってまして! この力を手に入れるのに、特に代償とか何も支払ってないんですよね~!』
なんて、誰が言えるんだ?
おれは言えねぇよ……!
というか、そもそも制限魔法のせいで、異世界のことは物理的にしゃべれないし!
言いたくても言えないし、言えたとしても言いたくない!
しばしの沈黙の後、おれは重々しく口を開いた。
「実は……おれは、何も覚えてないんだ」
「え?」
いたたまれなさのあまり、冬花から顔を背ける。
「おれは目が覚めたら、この魔法のような力を得ていた。そして……記憶の一部が抜け落ちていた。だからおれは、自分がどんな願いを叶えてもらったのか、分からないんだ」
どんな願いを叶えてもらったのか分からない?
そりゃそうだよ。何も願ってないからな。
「それに……代償なのかどうかは分からないけど、今のおれには住む家も、頼れる家族も友人もいない。この世界でどう暮らしていたのか、その記憶もない。おまけに、この国にあったはずのおれの戸籍や学籍すら消えていたんだ」
冬花が、はっと息をのむ。
「つまり――あなたの存在が、人々の記憶どころか、記録の上からさえ消失しているということ?」
「あー、うん? そ、そうなるのかな?」
おれの曖昧な返答に、冬花は深刻そうに顔を青ざめさせた。
「そんな……! 今の私でさえ、存在は認識されなくても、戸籍や学籍、電子上の記録までは残っているのに……!?」
「え、あ、そうなのか」
「私を上回るほどの、大きな代償……記憶と存在の消失? だからあなたは、魔法少女のことを何も知らなかったのね。あれほどまでに強い魔法力を操れて、私のことまで見えるのは……その代償の大きさゆえなのね……!」
「…………」
なんか、ものすごい勘違いをされている。
そして、その勘違いを、今さら訂正できる空気ではなかった。
どうしよう。
罪悪感が、すごい。




