第11話 魔法少女を、抱きしめる
罪悪感をごまかすように、おれはできるだけ優しい声で冬花に語りかけた。
「ごめんな、冬花。つらいことを話させたな。でも、教えてくれてありがとう。これからおれがこの世界で生きていくために、すごく助かるよ」
実際、それは本音だった。
この世界には、冥獣界という存在がいる。そして、その冥獣を倒せば魔力結晶が残る。
さっきティトが拾った結晶は、あいつが驚くほど大きな魔力を秘めているようだった。
世界を渡る魔法陣には、魔王級の魔力と膨大な準備が必要になる。
前の世界で作った帰還用の魔法陣も、仲間たちの協力と、魔王級の存在から得た莫大な魔力があって、ようやく完成したものだった。
だが――冥獣を倒すたびにあの魔力結晶が手に入るのだとしたら。
それを地道に集めていけば、いつか元の世界へ帰るための魔法陣を作り直せるかもしれない。
もちろん、一つや二つではどうにもならないだろうが、何も手がかりがないよりはずっといい。
それに、冥獣を倒すことで冥獣界の勢力が弱まるのなら、それは魔法少女たちの解放にも繋がるはずだ。
「ううん……私、久しぶりに人としゃべれて、嬉しかったから」
冬花は静かに首を横に振ると、繋いだ手を見下ろしながら、小さくそう呟いた。
それから彼女は、何かを迷うように視線を揺らし、おそるおそるおれのほうを見上げてくる。
「ところで、あの……アキトさん」
「アキトでいいよ」
「じゃあ……アキトくんって、呼んでもいい……?」
上目遣いにおれを見上げながら、冬花がはにかむように笑った。
その表情を見た瞬間、おれは思わず息を呑みかけた。
今の今まで、あまりにも事情が重すぎて意識する余裕もなかったけれど――
あらためて見ると、冬花は驚くほどきれいな子だった。
雪みたいに白い肌は、部屋の淡い照明の下でかすかに桃色がかって、とてもやわらかそうに見える。
ぱっちりとした青い瞳はまだ涙の名残で濡れていて、銀色の髪とあいまって、まるでよくできた硝子細工みたいに繊細な雰囲気があった。
繋いでいる手も細くて、とてもやわらかい。
少し力を入れれば壊れてしまいそうなほどで――
そんな子がホテルのベッドの上で、おれの手をぎゅっと握っているわけだ。
…………。
つまり――おれは今、こんな綺麗な女の子とホテルのベッドの上にいる。
しかも、隣同士で座って、手まで繋いだ状態。
おまけに冬花はひらひらふりふりの魔法少女衣装だし、こっちは戸籍のない身元不明の男。
よく考えなくても、絵面の犯罪感がとんでもない。
こ、これは非常にまずいんじゃないか……!?
そう思ったおれは、そろそろ彼女も落ち着いただろうと考え、繋いでいた手をやんわりとほどこうとした。
「あ……」
その瞬間、隣から小さな声が漏れた。
見れば、冬花はひどく不安そうな目でおれを見つめていた。
さっきまでほんの少しだけ和らいでいた表情が、一瞬で恐怖に染まって頼りなく揺れている。
おれは慌てて、ほどきかけた手をもう一度握り直した。
「悪い。まだ握ってたほうがいいか?」
「……うん。あの……迷惑かけて、ごめんなさい……」
「迷惑なんかじゃないよ」
そう答えながら、おれは彼女の手を握りしめ、できるだけやわらかい声で告げた。
「冬花は、今は自分のことを責めてるだろうけれど……それでも、おれは君が悪くないって何度でも言う。お姉さんを治したいと願った気持ちは、間違いなんかじゃない。悪いのは、冥獣界のやつらだ」
「……っ」
冬花が驚いたように目を見開いた。青い瞳が揺れ、唇が小さく震える。
その反応を見て、おれは彼女がどれほど長いあいだ、自分自身を責め続けてきたのかを思い知らされた気がした。
そして、こんな当たり前のことさえ誰にも言ってもらえなかったのだと思うと、胸の奥が少し痛くなる。
「それに……お姉さんが亡くなった後も、誰にも相談できず、ひとりぼっちでつらかったよな。それなのに、めげずに学校に行こうと思った気持ちも、今日みたいに冥獣たちと戦っていたことも、すごいことだと思う。本当によく頑張ったな」
「っ……ぅ、ひっく……」
冬花の顔が、くしゃりと歪んだ。
次の瞬間、彼女は耐えきれなくなったように、おれに縋りつくように身を寄せてきた。胸元に顔をうずめ、肩を震わせながら、とぎれとぎれに口を開く。
「わ、私なんかが……そんなふうに言ってもらっていいの……?」
「当たり前だろ。お姉さんだって、今の冬花を見たら褒めてくれるよ」
そう告げると、冬花の肩が大きく震えた。
彼女は堪えきれなかったように、おれの胸元に顔を押しつける。
「っ……ぅ、ひっく……う、うぅ……っ」
その喉の奥から、押し殺しきれない泣き声がこぼれていた。
細い身体が腕の中で震える。おれの服を掴む指先にも力がこもり、縋るように何度も小さく握り直された。
冬花は泣き声を抑えようとしているのか、必死に息を詰めていた。けれど、堰を切った涙は止まらず、彼女の肩はしゃくりあげるたびに頼りなく揺れた。
おれは何も言わず、彼女の身体にそっと腕をまわして抱きしめた。
おれの胸元に顔を埋めたまま、冬花は小さくしゃくりあげていた。そのたびに、細い肩が頼りなく震える。
手のひらに伝わってくる身体はあまりにも細く、頼りなくて、こんな小さな身体でずっと一人で戦ってきたのかと思うと、やりきれない気持ちになる。
せめて今だけでもと思い、おれは冬花の背中をゆっくりと撫で続けた。




