第12話 魔法少女と、朝の悲鳴
――朝。
おれはベッドの上で目を覚ました。
窓から差し込む朝の光が、ホテルの室内を淡く照らしている。見慣れない天井をぼんやりと見上げながら、おれは寝起きの頭で、昨日起きたことをゆっくりと思い出そうとした。
「あー……そっか。昨日は、ようやく日本に戻ってきたんだ。えっと、それで……」
身体を起こそうとしたところで、ふと胸元にしがみついている重みに気がついた。
「ん?」
不思議に思って毛布をそっとめくる。
すると、おれの腕の中には、白い肌に銀色の髪をした可憐な女の子が、すやすやと穏やかな寝息を立てて眠っていた。
「ふぁっ!?」
一瞬で目が覚めた。
だが同時に、昨日の出来事が鮮明に脳裏へよみがえる。
「お、思い出した……! そうだ、昨日は冬花と出会って、この世界の魔法少女や冥獣について教えてもらったんだよな……。で、そのあと……」
そうだ。
あのあと、冬花は泣き疲れたのか、それとも張り詰めていた緊張の糸がほどけたのか、おれの腕の中で眠ってしまったのだ。
しかも、その手はしっかりとおれのシャツを握りしめたままだった。
無理にほどくこともできず、かといって冬花を起こすのもかわいそうで、結局そのままベッドで眠ることになったのである。
改めて記憶を辿りながら、腕の中の寝顔を見下ろす。
そういえば、冬花が眠りについたあと、魔法少女の変身が解けたのだ。
だから今の彼女は、昨日のひらひらした魔法少女衣装ではなく、真っ白な薄手のワンピースを着ている。
ふと見れば、冬花の手はおれのシャツから外れていた。
ほっと息を吐き、おれは彼女を起こさないよう、そろそろと身体を離してベッドから下りる。
「ん……ぅ……?」
途中、冬花が小さくかわいらしい声を漏らした。
ぎくりとしたが、幸いにも目を覚ますことはなかった。
ベッドから下りて立ち上がると、そのタイミングで窓の外からティトがぴょんっと入ってきた。しかも器用にしっぽで窓を閉め直している。その口には、ビニール袋を提げていた。
「マスター、近くのお店でご飯を買ってきましたよ! 朝ごはんにいかがでしょう?」
「おっ! ありがとうな、ティト。助かるよ」
ビニール袋を受け取り、ティトの頭を撫でると、彼はふふんと得意げに胸を張った。
ティトは幻術魔法で、一定時間だけ自分の姿を人間に見せることができる。
その魔法を使って、異世界でもよくこうして勇者パーティーの買い物を手伝ってくれていた。ちなみに、今回の支払いは事前に渡しておいた現金で済ませたようだ。
「朝飯の前に、ちょっとシャワーでも浴びようかな。昨日は戻ってから、そのまま冬花と寝ちまったし。ティトは先に食べてていいぞ」
「いえいえ、ボクも待ってますよ! せっかくならマスターと一緒に食べたいですもんっ!」
「そうか? 悪いな」
おれはもう一度ティトをよしよしと撫でてから、部屋の浴室へ向かった。
洗面台に置かれた剃刀やシャンプーを軽く確認してから、着ていた服と下着を脱いで棚に置く。
――そのとき、部屋のほうでばたばたと慌ただしい足音がした。
「ん? いったい何……」
首を傾げた瞬間、浴室のドアが勢いよく開き、中へ冬花が飛び込んできた。
「きゃああああっ!?」
「アキトくん……っ、よかった、いた……!」
冬花はおれの顔を見るなり、今にも泣き出しそうな、それでいて心底ほっとしたような表情を浮かべている。
ちなみに今、甲高い悲鳴をあげたのはおれのほうである。
なんでだよ!
普通、こういうのって、おれと冬花の立場が逆じゃないのかよ!?
おれは慌てて手近なタオルを掴み、自分の身体を隠した。
すると、そこでようやく状況を理解したのか、冬花の頬がさっと赤く染まる。
「あっ……ご、ごめんなさい……」
冬花は慌てて顔を背けようとした。
だが、その一瞬後、今度はティトまで血相を変えて浴室へ飛び込んできた。
「マスター!? 大丈夫ですか、マスター! 今、マスターのすごく可愛らしい悲鳴が聞こえましたが!?」
「ティト! お前、なんで冬花を止めないんだよ!?」
おれがタオルを握りしめたまま声を荒らげると、ティトは不思議そうに小首を傾げた。
「冬花さん? ……ああ! すみませんっ! 今はマスターとの視覚共有と聴覚共有を切っていたので、ボクには冬花さんが見えていなくてですね……」
「なんでおれとの共有を切ったんだよ!?」
「マスターがお風呂に入ると言ったので、そのまま視覚共有をしているのは盗み見をしているようで、さすがにまずいかと思いまして……」
「くそっ、真っ当な判断しやがって!」
今朝に限って、こいつの思考が正しい方向に働いているのが恨めしい!
おれはタオルを握りしめたまま大きく息を吐くと、一人と一匹へ向かって、びしっと浴室の外を指さした。
「――とりあえず二人とも。いったん外に出てくれ、頼むから」




