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異世界帰還者、壊れた魔法少女たちからの愛が重すぎる  作者: アイーダ龍央
マジカルスノードロップ編 ~雪崎冬花~

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第4話 平行世界

「ところでマスター、なんかちみっちゃくなりましたねぇ。なんというか、全体的に若返ったというか……」


 肩の上で、ティトがしげしげとおれの横顔を見上げてくる。

 言われて、おれは自分の手を見下ろした。


 たしかに、違和感はあった。

 十年間、武器を握り続けて少し骨ばった大人の男の手じゃない。もっと細くて、まだ大人になりきっていない、青年らしさの残る手だ。


「召喚されたときの時空に戻ったから、身体が元の年齢に戻ったみたいだな。おれもちょっと、この若い身体に慣れねぇよ。あっちに×××されて、×××を討伐するのに十年もかかったから――」


 そこで、ぶつりと音が切れた。


「……あれ?」


 自分の声に、妙なざらつきが混じった気がした。

 喉が詰まったような、言葉の途中だけ何者かに強制的に消されたような、おかしな感覚だ。


 そんなおれを、ティトが不思議そうな顔で見つめる。


「マスター?」


「おかしいな。あの×××の――」


 まただ。


 今度はもっとはっきり、自分でもわかった。

 口を動かしているのに、その部分だけ声が崩れる。意味のある言葉にならず、雑音みたいに掠れて消えてしまう。


「ど、どうしたんですか、マスター? あっちの×××のことですか? って、あれ!? ボクも!?」


 ティトまで慌てた声を上げる。

 どうやら彼も、同じように喋れなくなっているらしい。


「え、なんだこれ?」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 二人そろって立ち止まり、顔を見合わせる。

 おれはひとまず深呼吸して、必死に頭を冷やした。


「……どうやら、あっちの世界に関する具体的な事柄を喋ろうとすると、声にノイズが走るみたいになるな……」


「でも、魔力とか魔法とか、そういう言葉は言えますね……“魔力探知”してみますっ」


 ティトが前足を顎に当て、ふむふむと考えこむ。


「……あ、わかりました。制限魔法ですね」


「制限魔法?」


「ええ。帰還のための魔法陣に、誰かが制限魔法を仕込んでいたようです。転移した者が、転移先であっちの世界に関することを喋れないようにする術式ですね。そのせいで、ボクたちはあちらのことを話せなくなってるみたいです……」


「なっ!?」


 おれはぎょっとした。


「誰がそんなもんを仕掛けたんだ!? まさか、まだ魔王軍の残党が……!?」


 そう訊くと、ティトは「うーん」と少しだけ考えてから答えた。


「たぶん、この制限魔法の魔力残滓からして、この術式を仕込んだのは魔族じゃなくて人間ですね。となると、疑わしいのは王様でしょうか」


「王様? 王様がなんで……」


 愕然とするおれに、ティトは周囲の建物を見回しながら言った。


「マスターの話を聞いて、ボクもすごい世界だなと思ってましたけど、この世界の発展ぶりは想像以上じゃないですか。王様は、もしマスターが心変わりして、この世界の人たちを率い、転移魔法陣で向こうの世界へ大挙して攻め込んだらまずい、って思ったんじゃないですかね」


 ティトは気まずそうに耳を伏せ、しっぽを小さく揺らした。


「そうならないように、制限魔法で向こうの世界のことを喋れないようにした――そう考えるのが、一番筋は通るかと」


「そんな……」


 驚きのあまり、思わず息を呑む。


「おれは命がけで魔王と戦って、あの世界を救ったんだぞ!? そんなことするわけないだろうが! それに、この世界の人間が大挙してあっちの世界に攻め込むなんて、不可能だろ?」


「でも、不可能を可能にしたのが、この世界の人間なんですよね?」


 ティトは空を見上げた。

 夕暮れの中で、月の輪郭がわずかに黄金色を帯び始めている。


「宇宙、でしたっけ? この世界の人たちは、あの夜空に浮かぶ月を踏んだんですよね」


「…………」


 その言葉に、おれは黙りこんだ。


 たしかに――おれは向こうの世界の人たちに、こちらの世界のことを尋ねられて、おれの世界の文明について話した。中には、おれの知っていた科学技術の知識をもとにして、あちらの世界での技術が飛躍的に発達したものもある。


 異世界の王様から見れば、きっとその光景は恐怖だったのかもしれない。

 魔法もないのに空を飛び、遠くの国まで一瞬で声を届け、宇宙にまでたどり着いた世界。

 十分すぎるほどの脅威を感じたのだろう。


 おれは肩をすくめて、ティトと同じように月を見上げた。


「はぁ……いろいろ文句は言いてぇけど、私利私欲じゃないならしょうがねぇか。国民を守るのが王様の仕事だもんなぁ」


「マスター……」


 すると、ティトが驚いたようにおれの顔をまじまじと見つめる。

 おれは月を眺めたまま、ぽつりと呟いた。


「王様に『制限魔法、ちゃんと発動したから大丈夫ですよ』って教えてやれる方法があればいいんだけどな」


 しみじみとそう言った瞬間、ティトがなぜかおれの顔にすりすりと全身を擦りつけてきた。


「マスターは本当に優しいですね! そんなんだから、ボクはマスターが放っとけないんですっ!」


「なんだそれ」


 ふわふわの毛並みがくすぐったくて、つられて笑う。

 最初は王様に制限魔法をかけられていたのかとショックだったけれど、ティトが楽しそうにしてくれていると、こちらも少し前向きな気分になれる。


 笑いながら、見慣れたはずの通りを歩く。

 そうだ、この角を曲がれば――


「この角を曲がったら、おれの家――」


 言いかけて、固まった。


「……は?」


 そこは、更地だった。


 ぽっかりと、住宅一軒分の土地がむき出しになっている。

 雑草がまばらに生えた土の上に、工事用の簡易柵が立っていた。


「ふぁっ!?」


 思わず変な声が出た。


 おれの家が更地に!?

 いや待て、ちょっと待て。


 異世界に行っている間に建て替えを始めた可能性も、あるにはある。

 あるけれど――


 そこで改めて周囲を見回して、おれはぞっとした。


「……微妙に、違う?」


 よく見れば、周りの建物や隣の家の造りも微妙に違っていた。

 おれの家だけじゃない。家があったはずの場所に駐車場があったり、屋根の色や塀の種類がわずかに異なっていたり……よく思い返せば、ここにたどり着くまでの道の曲がり方まで、微妙に違っていた気がする。


 背中にいやな汗がにじむ。


 おれは慌ててポケットからスマートフォンを取り出し、友人の電話番号を押した。

 だが、呼び出し音は鳴らなかった。


『この電話番号は現在使われておりません』


 繰り返される音声に、頭が真っ白になる。


 おれはそのまま走り出した。

 ティトが肩の上で「わわっ、マスター!?」としがみつく。


 しばらく走って、おれがたどり着いたのは駅だった。

 魔法による身体強化を使ったので、息切れひとつしていない。おれは駅に掲げられた駅名表示を見上げる。


 そこにあったのは――


『神宿駅』


 知らない地名だった。


「聞いたことねぇぞ……!」


 スマホを開いて地図を調べる。

 だが、検索結果に出てきた地名も路線も、どこか見慣れているようでいて――まるで見覚えがない。


「ど、どうしたんですか、マスター?」


 ティトが不安そうに訊いてくる。

 おれは乾いた唇を舌で湿らせてから、ようやく言った。


「ティト……大変だ」


「へい……?」


「ここは、おれのいた世界じゃない……」


 自分で口にしても、信じたくない。


 でも、家はない。友人の電話番号も誰一人繋がらない。地図には、おれの知らない地名ばかりが載っている。

 これだけ揃っていれば、もう言い逃れはできなかった。


「この世界は、おれがいた世界によく似てるけど、微妙に違う……おそらくここは、平行世界の日本だ……!」

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