第2話 日本への帰還
「――勇者アキトよ! このたびの魔王討伐の旅、大儀であった!」
高らかな声が、王城の大広間に響き渡る。
磨き上げられた大理石の床には、ステンドグラスから差し込む陽光がきらきらと反射し、天井近くではいくつもの金の旗が揺れていた。
「そなたの功績は、子々孫々にいたるまで永久に語り継ごう! この国の……いや、この世界の恩人としてな!」
「――感謝いたします、陛下」
そんな大仰な空気の真ん中で、おれ――佐藤秋人は、なんとも言えない気分で大広間の面々を見回した。
もちろん、嬉しいのは嬉しい。
魔王を倒し、世界を救った。十年にわたる旅が終わった。
そう考えれば、もっと胸を張っていい場面なのだろう。
でも、それと同じくらい……いや、たぶんそれ以上に、
――とうとう、元の世界に戻れるんだ。
十年前。
わけも分からないまま異世界へ召喚され、勇者だなんだと祭り上げられ、家に帰りたい一心で剣を取り、戦いに身を投じた。
泣きたい日も、投げ出したい日も、腐るほどあった。
それでもここまで来られたのは、ひとえに――
「アキト!」
はっと顔を上げると、旅の仲間たちが立っていた。
最前列にいるのは、無骨で豪快な戦士ガルド。
隣には銀髪の魔導士セレナ、その後ろに神官のリリィ。さらに槍使いのレオニスと、ほかにも顔なじみの面々がずらりと並んでいる。
その誰もが、目に涙を浮かべていた。
いや、泣くなよ、ガルド。お前、そういうキャラじゃないだろ。
こっちまで目頭が熱くなるから、やめてほしい。
「アキト……! 元の世界に帰っても、達者でな!」
「お前は俺の一生のダチだぜ!」
「アキト様……どうか向こうへ行っても、お元気で……」
「アキト! 私の子どもには、あなたの名前をつけるわね!」
仲間たちの顔を順番に見渡しながら、おれは思わず笑ってしまった。
「はは……なんだよ、みんなして」
そう言った声が、少し震えた。
ああ――だめだ。
これは、だめだな。
おれが元の世界へ帰れるようにと、みんなで必死に素材を集め、魔力を注ぎ込み、帰還の魔法陣を完成させてくれた。
おれが元の世界に帰りたいと願っていたことを、誰よりも知っていたから。
それなのに……「みんなと離れるのは寂しい」だなんて思うのは、あまりにもわがままだろう。
そんな感傷に浸りかけた、そのとき――
「うう、ますたぁ~~……!」
場のど真ん中で、この空気に似つかわしくないほどぐずぐずに泣き崩れている小さな影が目に入った。
床にべったり突っ伏し、前足で顔をこすりながら、わんわんと泣いている一匹のリスキツネ。
真っ白なふわふわの毛並みに、大きなしっぽまでついたその姿は、小動物らしい愛らしさをこれでもかと詰め込んだ見た目をしている。
「ひどいです、ひどいです! ボクはマスターの使い魔なのに、そんなボクを置いて元の世界に帰っちゃうなんてぇ……! ひどい、ひどすぎます……! ボクとのことは遊びだったんだぁ~!」
「人聞きの悪いことを言うんじゃねぇ!?」
この小動物の名前はティト。
おれの旅の相棒にして、自称・使い魔の精霊獣である。
ティトは床に這いつくばったまま、わんわんと大泣きを続けていた。
あんな小さな体のどこに、そんな水分量があるのか驚きだ。
おれは苦笑しながらしゃがみ込み、ティトの頭をそっと撫でた。
「悪いな、ティト。お前の魔力補充には、すごく助けられたよ」
優しく声をかけると、ティトの耳がぴくりと小さく揺れた。
「小さなティトが頑張ってる姿を見て、おれももっと頑張らないとって思えたよ。向こうに戻っても、ティトのことは忘れないからな」
「ううっ、ますたぁ~……!」
ティトはがばりと顔を上げると、おれの手に顔をぐりぐりと押しつけてきた。
とてもふわふわだ。明日からはもう、このふわふわを撫でられなくなるのかと思うと、ひどく切ない気持ちになる。
おれがもう一度ティトの頭を撫でようとした、そのとき――広間の中央に描かれた巨大な魔法陣が、ぶぅん、と低く唸るような音を立てた。
床に刻まれた幾何学模様が、青白く光りはじめる。
「っ! もうか……!」
まずい。そろそろ帰還魔法が発動する。
おれは立ち上がり、名残を振り切るように魔法陣の中央へ歩いた。
仲間たちの顔が、王様の顔が、そして泣きじゃくるティトの顔が、光に照らされて揺れて見える。
胸が詰まりそうになりながら、おれはみんなに向かって深く頭を下げた。
「――それでは皆さん、お世話になりました!」
その瞬間、魔法陣がひときわ強く輝いた。
視界が真っ白に塗りつぶされる。
足元の感覚が消え、身体がふわりと浮き上がった。
そして――




