第18話 魔法少女と、クレープ
パジャマを買ったあと、おれたちはお客様カウンターへ向かった。
そこで、冬花のマンションの部屋まで、今日買った荷物をまとめて配送してもらうことにした。
この世界では、電子技術が発達したおかげで、モール内で一定額以上の買い物をすると、ドローンで自宅まで届けてくれるサービスがあるらしい。
さすが近未来の日本だ、便利すぎる。
そうして手ぶらになったおれたちは、モール内のフードコートで少し休憩することにした。
フードコートで冬花が選んだのは、生クリームといちごとチョコレートがたっぷりのったクレープ。おれはキャラメルアイスと生クリームののったクレープを頼んだ。
二人そろって、カロリー値は死ぬほどありそうなのに栄養価はまったくなさそうな食べ物を手にして、窓際の席に腰を下ろす。
大きなガラス張りの窓の向こうには、整備された街並みが広がっていた。
人と車が行き交い、空には小型のドローンがいくつも飛んでいる。異世界で見慣れた石造りの街とも、おれの知っている日本とも少し違う、不思議な景色だった。
「アキトくん、今日は本当にありがとう」
クレープを食べ終えた冬花が、ふいにそんなことを言った。
「なんだよ、いきなり。むしろお礼を言うのはこっちのほうだぞ?」
おれは食べ終えた包み紙を片づけながら笑う。
けれど、冬花は小さく首を横に振った。
「ううん、お礼を言うのは私のほう。前は友達とよくここに遊びに来てたんだけど……もう、そういうことも二度とできないんだろうなって思ってたの」
冬花は、少しだけ視線を落とした。
「こうしてこんなふうに人並みに買い物ができたのも……それに、誰かにぶつかられたりする心配をしないで、人がたくさんいるところを歩けたの、本当に久しぶりで……」
「……そっか」
「代償が進んでからは、人がいっぱいいるところ、ずっと避けてたから」
冬花の声は穏やかだった。
けれど、その穏やかさがかえって、彼女がどれだけ長い間、そうやって自分の生活を諦めてきたのかを伝えてくる。
ふと、そんな冬花の視線が、少し離れた席にいる女子高生たちへ向いた。
制服姿の彼女たちは、クレープを片手に笑い合っている。
それを見た冬花が、ぽつりと呟いた。
「そういえば……夏凛《《かりん》》ちゃん、どうしたのかな。最近、学校に来てないみたい……」
「夏凛ちゃん? 友だちか?」
「うん。クラスで一番仲がよかった子なの。おねえちゃんと三人で遊びに行ったこともあるんだけど……代償が進んでからは、私のことが見えなくなっちゃったから……」
「そういえば、代償が進むと周囲には冬花が見えなくなったんだよな? なら、いきなり冬花がいなくなったって大騒ぎになったりしなかったのか?」
「代償が進むと、どうやら私の存在自体が意識の外に追いやられるみたいなの。私のことを忘れたわけじゃないけれど、自然と思い出さなくなっていくみたい……」
冬花は、寂しそうに微笑んだ。
「でもね、どんなに代償が進んでも、おねえちゃんだけは私のことが見えたの。私の声も、ちゃんと届いた」
「……そっか」
「ここにもよく、おねえちゃんと買い物に来たな……」
冬花は、窓の向こうの景色を見つめた。
けれど、その目が見ているのは、きっと今の街並みではなく、姉と歩いた思い出なのだろう。
「病気が治ってから、おねえちゃんは『今まで仕事にかまけきりで、きっと冬花にかまってあげなかったバチが当たったんだ』って言って、一緒に遊んでくれたり、旅行に連れて行ってくれたりしたの。自分だって仕事で疲れていただろうに、それでも、私のことをずっと大事にしてくれた」
冬花の声が、少し震えた。
「でも、私……そんなおねえちゃんを守ってあげられなかった……」
冬花の目に、涙がにじむ。
おれは思わず手を伸ばし、彼女の肩をそっと抱き寄せた。
「冬花。さっき、病気が治ってからお姉さんと一緒にいろんなところに行ったって言っただろ?」
「うん……」
「それは、冬花がお姉さんの病気が治るようにってお願いをしたから、生まれた時間だよな」
冬花が、濡れた目でおれを見上げる。
「お姉さんの最期は、痛ましいものだったのかもしれない。だけど、それでお姉さんが冬花を愛した時間まで損なわれるわけじゃない。そして、その時間は冬花が作り出したものだ」
「……」
「少なくとも、おれはそう思う」
「アキトくん……」
冬花の青い瞳から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれた。
彼女はしゃくりあげながら、おれにそっと身体を寄せてくる。
「っ、アキトくんは……どうして、いつも私なんかに、そんなに優しくしてくれるの……? 私なんかが、そんなこと言ってもらう資格、ないのに……」
「なに言ってるんだ。これくらいじゃ、全然足りないくらいだよ」
冬花が、そっと顔を上げる。そして、おずおずと伸ばした手で、おれの頬に触れた。
とてもやわらかな指先だった。
「アキトくん。やっぱり、私、あなたのことが――」
そのとき――不意に、轟音が響いた。
続いて、悲鳴。
はっと顔を向けると、フードコートの外の廊下で、大勢の人々が一斉に走り出していくのが見えた。
誰かが叫び、誰かが転び、買い物袋が床に散らばる。さっきまで穏やかだったモールの空気が、一瞬で恐怖と混乱に塗り替わっていく。
冬花の顔から、さっと血の気が引いた。
「まさか――冥獣界の……!?」
「行こう、冬花!」




