第16話 魔法少女と、ショッピングモール
大型ショッピングモールに到着して最初に向かったのは、スマートフォンのショップだった。そこで冬花が自身の名義で二台のスマートフォンと回線を契約し、おれとティトに渡してくれた。
「このスマートフォンの、このアプリがライフタグと同じものになってるから。みんな、ライフタグを分けて管理したい人はこのアプリを使ってるの」
「ありがとう、冬花!」
「冬花さん、ありがとうございますっ!」
おれとティトがそれぞれお礼を言うと、冬花は嬉しそうに微笑んで首を振った。
「ううん、私こそ、アキトくんのためにできることがあって嬉しい。
それに――アキトくんの魔法で、周囲にも私の姿を見せられるようにしてくれて、本当にありがとう」
そう。実は今、冬花の姿は周囲の人間にも見えている。
といっても、彼女自身が見えるようになったわけではない。
おれの幻術魔法で、周囲の人間の視覚にだけ、冬花の姿を重ねて見せているのだ。
おれと冬花には、その幻は見えていない。だが周囲の人間には、冬花と同じ動き、同じ表情をする幻が、本人の位置に重なって見えているのだ。
とはいえ、幻術魔法で冬花の動きを完全に再現できているわけではない。わずかな遅れもあるし、表情もよく見ればぎこちないはずだ。
それでも、こうして周囲に冬花の存在を認識させていないと、通行人が彼女にぶつかったりする危険がある。そのせいで、冬花は代償が進んでから、こうしたショッピングモールに足を運ぶことはなかったという。
「こうして外に買い物に来られたの、本当に久しぶり……いつもは家でネット注文してたから、必要なものはそろってたけれど……」
店を出た冬花は、周囲を見回しながら、ぽつりと呟いた。
明るい照明。行き交う人々。
いくつもの店舗から流れてくる音楽や、どこか甘い菓子の匂い。
そんな何気ないものを見るだけで、冬花は青い瞳を嬉しそうに細めた。
「もう……こんな風に誰かとお買い物に来ることなんて、二度とないと思ってた」
「冬花……」
「ありがとう、アキトくん」
そう言って微笑むと、冬花は自分の腕をおれの腕にからめて、ぴったりと寄り添ってきた。
一応、この冬花の行動にも理由がある。
この魔法はかなり繊細なのだ。
冬花本人の動きに合わせて、周囲の認識へ幻を重ね続けなければならない。
少し距離が離れるだけで、幻の輪郭がぶれたり、動きがずれたりしてしまう。むしろ近ければ近いほど、連動がしやすい。
その説明を聞いてから、冬花はおれと手をつなぐどころか、こうしてほとんど腕にしがみつくように自分の細い腕をからめてくるのだった。
おかげで、腕に冬花のやわらかな膨らみが当たっている。
「とりあえず、このアプリの使い方を教えてもらってもいいか?」
「うん、任せて」
スマホを受け取って近くのベンチに座ると、冬花はようやく腕を離してくれたが、今度は身体がぴったりと密着するほどに寄り添ってきた。
そうして使い方を教わっていると、ふと、冬花が気まずそうな顔をした。
「あの、ごめんなさい、アキトくん。私、少しだけお化粧を直してきてもいい?」
「もちろん。ただ、おれから離れると幻術魔法が切れるから、気を付けてな」
「うん!」
そう言って、冬花は近くにあった女子トイレへと向かった。
その背中を見送ったおれは、隣でスマホをいじっていたティトに声をかける。
「なあ、ティト」
「なんでしょうか、マスター?」
「冬花がおれを『男の魔法少女』だって勘違いしてることだけどさ」
おれは頭の中で、ずっとそのことを考えていた。
あの時はとっさに冬花に嘘をついて、記憶が一部抜けているようにごまかしてしまった。
けれど、やっぱり本当のことを言ったほうがいいんじゃないか?
冬花がすごくいい子だからこそ、騙しているようで気が引けるんだよなぁ。
とはいえ、制限魔法のせいで異世界から戻ってきたら、戻ってきた先がまた別の異世界で、しかもおれはもともと平行世界の日本から来た人間なんだ――なんて、どう説明すればいいのか分からない。
そう切り出そうとしたところで、ティトがスマホから顔を上げた。
そして、きらきらした目でおれを見る。
「そのことについてですが……さすがはマスターです! お見事な機転でしたね!」
「……機転?」
「はいっ! だって冬花さんは今、周囲の人間から認識されず、仲間である魔法少女とも連絡が途絶えている状態ですよね。その状態で『同じ魔法少女』であるマスターに出会えたことは、精神的にとても大きな支えになったはずです!」
「え?」
「マスターはそんな冬花さんのメンタルを見越して、わざと冬花さんがマスターを魔法少女だと思うように誘導したんですよねっ! 『同じ代償を背負った魔法少女』であり、『仲間』だからこそ、冬花さんはあそこまでマスターに心を開いたのでしょう……お見事な開心能力です、マスター!」
「……??? お前、どこのマスターの話してんの?」
「またまた、とぼけないでくださいよ~! マスターの機転が完全に功を奏したじゃないですか!」
ティトは興奮した様子で、さらに続ける。
「冬花さんの代償は『精神に大きな揺らぎがあると進行が早くなる』ものなんですよね! だからこそ、マスターという『魔法少女仲間』ができたことは、冬花さんの代償を遅らせるのに役立っているはずです!」
「……!」
ティトがきらきらした目でおれを見つめてくる。
……そ、そうか、なるほど!
言われてみれば、冬花がおれにあそこまで懐いているのは、おれだけが彼女を認識できるという理由だけじゃない。彼女はおれに、『同じ代償を背負った魔法少女仲間』という繋がりを感じているのだ。
となると……やはり今の時点では、本当のことは言わないほうがいいな。
おれが同じ魔法少女ではないと分かったら、冬花の精神が大きく揺らぎ、代償が進んでしまうかもしれない。
「さすがです! マスターの優しさと機転に、ボクは本当に感動しました!」
「……ああ、まあな!」
おれは勢いよく頷いた。
うん。ここはもう、そういうことにしておこう。
「冬花に言ったことは、ぜんぶそういった可能性を踏まえて考えたことだ。これからもお前はおれの話に合わせて……いや、時にはおれがお前の話に合わせたほうがいい場面も絶対にあるだろうな、うん! よろしく頼むぞ、ティト!」
「はい、お任せください!」
ティトは頼もしく胸を張った。
なんて頼もしいんだ。
少なくとも、行き当たりばったりで嘘をついたどこぞのマスターよりは、よっぽど頼りになりそうだ。
ちょうどその時、冬花が戻ってきた。
「お待たせ、アキトくん。次はどこか行きたい場所、ある?」
「えーっと……生活用品を見たいのと、あと、本屋に行きたいかな。ライフタグのことも含めて、おれ、記憶がところどころ抜けてるところがあるからさ。歴史や現代社会の教科書みたいなのを読んでみたい」
「うん、わかった」
冬花が嬉しそうに頷く。
すると、ティトがぱっと片方の前足を上げた。
「マスター、ボクも見たいものがあるので、少しだけ別行動させてもらいますねっ! 帰る時はこのスマホで呼んでもらえれば、すぐ合流しますから!」
「え? お前一人で大丈夫か? 別に一緒に来れば……」
「大丈夫ですよ、お気遣いなくっ! それではまた後ほど!」
そう言うなり、ティトは軽い足取りで去っていってしまった。
まあ、あいつも幻術魔法で自身を人間の姿に見せられるから、買い物くらいは問題なくできるだろうが……
おれが首を傾げていると、隣で冬花が頬を赤らめながら、ぽつりと呟く。
「ティト先輩……もしかして、二人きりにしてくれたのかな……」
そして、冬花は嬉しそうに、再びおれの腕に自分の腕を絡ませた。
「さ、アキトくん。次はどこ行こっか?」




