第15話 魔法少女と、先輩
ティトが買ってきてくれた朝食を食べた後、ホテルをチェックアウトして、おれたちは冬花の家に向かうことになった。
彼女の住まいは、隣駅にあるマンションらしい。
ただ、そこへ向かう前に、今後のおれの生活に必要なものをいくつか見繕おうという話になり、まずはタクシーで大型ショッピングモールへ寄ることになった。
そこで驚いたのが、この世界のタクシーはすべて無人の自動運転だったことだ。
どうやらこの世界では、電子機器やAI技術が、おれのいた日本よりも発達しているらしい。
今ではバスやタクシー、路面電車のほとんどが自動運転になっているそうだ。個人で車を運転する人もいるらしいが、それも少数なのだという。
そのおかげで、冬花も例の代償があっても問題なくタクシーを使えるらしい。スマホで慣れた様子で車を手配し、そのまま当たり前のように乗り込んでいた。
ちなみに今、ティトは他人には見えないように隠蔽魔法をかけて姿を隠している。
無人タクシーとはいえ、車内の様子は随時録画されているらしいからだ。
そんなティトは、おれの膝の上で後ろ足で立ち上がり、前足を窓の縁にかけて大はしゃぎしていた。
「ほえぇ……! すごいです、マスター! こんなに速い乗り物があるなんて!」
「車って言うんだよ」
ティトは窓に鼻先を近づけ、流れていく景色をきらきらした目で眺めている。
一方、冬花はそんなティトを、なぜかちょっとうらやましそうにじーっと見つめていた。
もしかして、ティトを膝に乗せているのがうらやましいのか?
まあ、ティトは外見だけならかなり可愛いからな。
そう思っていたら、冬花がぽつりとつぶやいた。
「アキトくんのお膝の上、いいなぁ……」
「あ、そっちなのか。でも冬花とは、今だって手を繋いでるだろ?」
おれは冬花と繋ぎっぱなしの手を掲げて見せた。
そう、あれからというもの、手を握ったり、シャツの裾をつかんだり、冬花はおれにずっとべったりくっついているのだ。
まあ、彼女の境遇を思えば、それも無理からぬことだよな。
しかし本当に、なんで異世界召喚されて魔王と十年戦ったおれより、現代日本にいるこの子の方がきつい目に遭ってるんだ?
「アキトくんと手は繋いでるけれど……でも、ティトさんが羨ましいの……。そういえば、二人はどこで出会ったの?」
「それは、××で――」
あ、くそっ。ここでもまた制限魔法かよ。
いきなりおれが口ごもったことで、冬花がいぶかしげにこちらを見る。
すると、ティトが窓の外からくるりと振り返り、冬花に向かってえへんと胸を張ってみせた。
「じつはボク、ある日、一族で住んでいた森がちょっと焼き討ちにあいまして!」
「ちょっと焼き討ちって」
思わずツッコミを入れてしまう。
一方、冬花は納得したような、そして同情するような顔で尋ねた。
「つまり……冥獣界の者に、一族を殺されたということ、ね?」
「ボクも殺される寸前だったんですが、そこに颯爽とかっこよく現れて、ボクを助けてくださったのがマスターだったのです! そのあと、ひとりぼっちになって途方に暮れていたボクに、『友達になろう』と言ってくださったのですよ!」
ティトがそう言って、おれの胸元にすりすりと頭を擦りつけてくる。
仕方なく額を指先で撫でてやると、冬花がまたちょっとうらやましそうに目を細めた。
「アキトくんの膝の上に乗って、頭なでなでまで……うらやましい……」
しかし、すぐにはっと気を取り直したように背筋を伸ばす。
「え、えっと……二人の出会いは分かったわ。でも、そうなるとアキトくんは、あなたが≪妖精の雫≫を与えたわけではなく、出会う前からすでに魔法少女の力を持っていたということなのね……?」
「はい。ボクが出会う前から、マスターはお強かったですっ!」
「となると、やっぱりアキトくんの願いや、どうして魔法少女になったのかはわからないのね……。そういえば、あなたは使い魔だって言っていたけれど、それはどういうものなの? アキトくんとは、何か特別な繋がりがあるってこと……?」
「はい! 使い魔の契約を結ぶと、お互いの間で魔力が共有できたり、念話で遠く離れていても会話ができたりするのです。あと、マスターが死んだらボクも死ぬという契約ですっ!」
「は!?」
思わず大きな声をあげたおれを、冬花が驚いたように見た。
「ア、アキトくん? どうかしたの?」
「いや、それおれ知らねぇぞ!? 初めて聞いたんだけど!?」
「そうでしたっけ?」
「そうでしたっけ、じゃねぇよ! お前がいつの間にか使い魔になってたのは知ってたけど、まさか、そんな契約だったなんて……!」
するとティトは、あっけらかんとした顔で首を傾げた。
「知らないのは当然ですよ、マスター! だってボク、マスターが寝ている間にちょちょいっと指先から血を拝借して、使い魔の契約を結ばせていただいたんですよ? 事前説明は特にしていないので、マスターが何も知らないのも当然です!」
その説明に、おれは、なんだそういうことだったのかとほっとした。
「なんだよ、そういうことか。それならおれが何も知らないのも当然……いや、何してくれてんだお前!? なんで勝手にそんなことしてんだよ!?」
「え? でもボク、ちゃんと聞きましたよ! マスターの使い魔になりたいって言ったとき、マスターも『前向きに検討する』って言ってくれたじゃないですか!」
「くそっ! 日本のお断り文句、通じてなかったか……!」
そんな風にティトとやいのやいの言い合っていると、冬花が戸惑い半分、感心半分といった顔でつぶやいた。
「そっか。アキトくんが寝ている間に……そういう方法も、あるんだ……」
「冬花、そんな方法はない。変な方法を覚えるんじゃない、頼むから忘れてくれ」
すると、ティトがまた胸を張った。
「そういうわけで冬花さん! ボクはマスターの同情心につけこむやり方や、優しさにつけこんで甘えまくる方法はだいたい熟知していますよ! なので教えてほしいことがあったら、なんでも聞いてくださいねっ!」
冬花は感激したように、ぱぁっと表情を明るくした。
「は、はい! ありがとうございます、ティトさん……いえ、これからはティト先輩と呼ばせてください……!」
「どうぞどうぞ! このティト先輩に、なんでも聞いてくださいねっ!」
「…………」
なにこれ?
今ここに、知らないところでおれの血を抜き、知らないところで命を連動させる契約を結んでいたダメ生物が、魔法少女から「先輩」と呼ばれるという地獄の構図が完成してしまった。
なにこれ?
「ティト先輩……! あのっ、私、アキトくんに迷惑をかけない範囲で、できるだけそばにいる方法を知りたいです……!」
「ふむふむ。まず基本は、マスターの邪魔にならない位置を確保することです。あとは焦らず、ちょっとずつ距離を詰めて、自然な流れでスキンシップを増やしていけばいいのです! ね、マスターもそう思いますよねっ!」
「な、なるほど……参考になります、ティト先輩っ!」
「その作戦会議、おれの目の前でやるの?」
「だってマスターのことなんですから、マスター本人にも聞いてもらった方が早いじゃないですか! ねっ、マスター!」
「…………」
冬花。
このダメ生物を先輩と呼ぶのは、ちょっと考え直した方がいいぞ。




