第六十九章 長宗我部の裏切りと、四国制圧
肥前の本陣で、九州の統治計画を立てていた朝。
半蔵が来た。
「明智殿、急報です」
俺はもう、その言葉を聞くだけで胃が重くなるようになっていた。
「言ってくれ」
「長宗我部元親が、手切りを宣言しました。備前に侵攻し、占領しています」
俺は、しばらく動けなかった。
長宗我部。
五ヶ月かけて、家康が交渉を重ねて、和睦と同盟を結んだ相手だ。
あの播磨の一件で、何とか繋いだ関係だ。
体から、力が抜けていく感覚があった。
椅子に座り込んだ。
「……またか」と俺は呟いた。
声が、自分でも驚くほど小さかった。
信玄が静かに入ってきた。半蔵の報告を、廊下で聞いていたらしい。
「明智殿」
俺は答えられなかった。
信玄が俺の前に座った。
「明智殿、大丈夫か」
「大丈夫じゃない」俺は正直に言った。
「もう、限界かもしれない」
信玄は何も言わず、しばらく俺の隣に座っていた。
言葉ではなく、ただそこにいることで、何か伝えようとしているようだった。
しばらくして、俺は深呼吸をした。
「……すまない、信玄殿。少し弱音を吐いた」
「弱音を吐くのは、悪いことじゃない」信玄が静かに言った。「儂も、正直に言えば疲れている。しかし」
「しかし?」
「明智殿が倒れたら、東北の民はどうなる」信玄が続けた。「儂たちはどうなる。倒れていい立場じゃない。それは分かっているはずだ」
俺は天井を見た。
ゆっくりと、息を吐いた。
「分かっている」俺は言った。「もう一度、立つ」
「それでいい」信玄が頷いた。
「九州から退却する」と俺は決めた。「四国に全力を注ぐ。長宗我部との決着が、最優先だ」
信玄が静かに言った。「肥前は」
「大友宗麟に任せる。降伏した相手だが、信頼できる。九州統一はいったん止める」
九州からの撤退が始まった。
肥前から船で、周防に戻る。
大友宗麟が「九州のことは私が抑えます」と言ってくれた。
「ありがとう、宗麟殿」と俺は言った。
「明智殿が民を大切にする方だと、信じています」宗麟が静かに答えた。
周防に本陣を移した。
軍議を開いた。
「四国を取る」と俺は言った。「長宗我部との約束は、破られた。今度は決着をつける」
「兵力は」と政宗が聞いた。
「西国の兵力を集める。まず伊予に上陸する」
伊予への上陸は、安東愛季の船団で進められた。
大友宗麟への圧力を維持しながら、四国攻略の二面作戦を計画した。
「讃岐と土佐、二方向から攻める」俺は地図を指さした。「政宗と信繁が讃岐。信玄と忠勝と幸村が土佐」
「わたしは?」と家康が聞いた。
「備前への対応に回ってくれ。播磨方面の守りも頼む」
二軍が四国に上陸した。
讃岐への攻撃は、政宗と信繁の指揮で順調に進んだ。
土佐への攻撃は、信玄、忠勝、幸村の三人で、長宗我部の本拠地に向かった。
しかし、半蔵が報告した。「播磨に動きがあります。長宗我部の別動隊が、播磨に侵入しています。家康殿が対応していますが、兵力が足りません」
俺は地図を見た。
四国に主力を割いたことで、播磨の守りが薄くなっていた。
「兵を分散しすぎた」と俺は呟いた。
讃岐と土佐の攻略は、確実に進んでいた。
しかし、その間に播磨が長宗我部の別動隊に占領されてしまった。
全員に伝令を出した。
「讃岐と土佐の攻略は完了させる。しかし播磨を取られた。原因は俺の兵力配分の判断ミスだ」
讃岐が陥落した。
土佐の長宗我部本拠地も、信玄たちの猛攻で陥落寸前になっていた。
「阿波を取れば、四国は制圧できる」と俺は言った。「阿波を落としたら、すぐに播磨を取り返す部隊を編成する」
政宗が静かに言った。「分散の話は、後でいいか」
「いい」俺は答えた。「今は阿波と播磨だ」
阿波への攻略部隊を、政宗と信繁が担った。
同時に、家康への増援として、忠勝の一部隊を播磨に向かわせた。
阿波が落ちた。
四国がほぼ制圧された。
播磨では、忠勝の援軍が到着し、長宗我部の別動隊を押し返した。
ギリギリだった。
半蔵の報告では「もう一日遅ければ、播磨の城が落ちていた」とのことだった。
播磨が取り返された。
土佐の長宗我部本拠地が、最後に陥落した。
長宗我部元親が、城内で切腹したという報告が来た。
長宗我部氏、滅亡。俺は、すぐには何も感じられなかった。
四国を見渡せる丘の上で、《GAME》の〔マップ〕を確認した。
四国全土が、明智の色に染まっていた。
播磨も、取り戻していた。
夜、俺は全員を集めた。
「今回、俺の判断にミスがあった」俺は正直に言った。「四国に主力を集中させすぎて、播磨の守りが薄くなった。播磨を一時的に失った。これは俺の責任だ」
家康が静かに言った。「明智殿、一つだけ言わせてください」
「言ってくれ」
「播磨を取られたことは、痛手でした。しかし、取り返せました。四国全土を制圧できました」家康が続けた。「結果として、悪い結果ではありません。しかし」
「しかし」
「次は、兵力を分散させる前に、必ず相談してください」
「分かっている」俺は頷いた。「何度も同じことを言わせている」
信玄が静かに俺の隣に来た。「明智殿、今日はもう休め」
「まだやることが」
「やることは、明日もある」信玄が静かに、しかし、強い口調で言った。「今日は休め。さっき、弱音を吐いただろう。それを忘れるな」
俺は信玄を見た。
「信玄殿」
「何だ」
「ありがとう」と俺は言った。「今日、隣にいてくれて」
「礫を投げ続けても、いつか石垣も崩れる」信玄が静かに言った。「明智殿は石垣じゃない。人間だ。それを忘れるなと、儂は言っている」
その夜、俺は《GAME》の〔マップ〕を開いた。
四国全土、明智の色。
播磨、取り戻した。
しかし、今夜は数字を数えなかった。
次の戦の計画も、立てなかった。
窓の外を見た。
瀬戸内の海が、月明かりに光っていた。
「今夜は、何も考えない」と俺は呟いた。
利三が静かに茶を持ってきた。「十兵衛様、お疲れでしょう」
「疲れた」俺は正直に言った。「本当に疲れた」
「休んでください」利三が静かに言った。
「東北は、待っています。しかし、十兵衛様が倒れたら、誰も守れません」
俺は茶を飲んだ。
温かかった。
しばらく、何も言わずに、海を見ていた。




