第六十七章 前田慶次、最後の壁
備前への戦いは、想定より早く決着した。
政宗、家康、信繁、昌景の二万二千が毛利の前衛部隊と拮抗していたところに、出雲を片付けた三万が合流した。五万二千対、毛利の備前防衛軍三万五千。数の優位が、決定的になった。
信玄が指揮を執った。「毛利元就か。あの男は知略の人だ。正面から押し込めば、何か仕掛けてくる」
「どんな手を打つと思う」と俺は聞いた。
「分からない。だから慎重に進む」
戦が始まった。毛利の防衛は固かった。元就自身が指揮を執っているらしく、対応が的確だった。しかし、数の差は埋まらなかった。五日間の戦いで、備前の主要城が次々と落ちた。
半蔵が報告した。「毛利元就、備前から脱出しました」
「どこに」
「石見か安芸、どちらかに向かっているようです。確認中です」
俺は地図を見た。石見と安芸。毛利の本拠地に近い、二つの国だ。
また逃げられた。しかし、今回は違う。
「二面作戦だ」と俺は言った。
全員が俺を見た。
「石見と安芸、両方を同時に攻める。逃げ場をなくす」
「兵力は」と家康が聞いた。
「かき集める。十二万だ」
信玄が静かに言った。「明智殿、また十二万か」
「今度は違う」俺は答えた。「北陸から戻ってきた兵力がある。出雲と備前を取った兵力もある。それに加賀と能登と越中で降伏した一向一揆の兵も、もう一度使える」
「全国の守備は」
「最低限にする。しかし、今回は毛利という最大の脅威を片付ける戦いだ。ここで決着をつけなければ、また何度も繰り返す」
信玄が長い間、俺を見た。「分かった。これが最後だ。毛利を片付けたら、本当に東北に帰る。それでいいか」
「それでいい」俺は即答した。「約束する」
「十二回目の約束だな」
「数えているな」
「数えている」信玄が短く笑った。
兵力の集結が始まった。三週間で、十一万七千が集まった。
二つに分けた。石見には、信玄、忠勝、幸村を中心に六万。安芸には、政宗、家康、信繁、昌景を中心に五万七千。俺は両方を見渡せる位置、備前の本陣で全体を指揮した。
二軍が同時に動いた。
最初の報告は、安芸からだった。
「政宗殿の軍勢、安芸に入りました。毛利の防衛部隊と接触。激戦になっています」
「毛利元就はどちらに」
「確認中です」
翌日、石見からも報告が来た。
「信玄殿の軍勢、石見に入りました。こちらも激戦です」
「両方とも激戦か」
「はい。毛利方の抵抗が、想定より激しいです」
半蔵が、少し緊張した顔で来た。「明智殿、安芸の戦況について、追加報告があります」
「何だ」
「毛利方に、強力な武将がいます。前田慶次という男です」
俺は固まった。
前田慶次。前世の記憶の中で知っていた名前だ。戦国時代の異端児。規格外の強さを持つ、自由奔放な武将。
「《GAME》を確認する」
〔データ〕を開いた。
武力は最大値。統率と知略は低い。〔奔放〕というスキルがある。主君に縛られず、自分の戦いたい相手と戦う。圧倒的な武力を持つが、指揮系統に従わない。
「武力は信玄、忠勝、幸村と同じ最大値か」と俺は呟いた。「しかし、組織的な戦い方をしない男だ」
政宗からの報告が来た。
「前田慶次という男が、単独で前線に出てきています。武力が異常です。一人で部隊を崩しています」
「対応できるか」
「忠勝殿か幸村殿がいれば、対応できると思います。しかし、二人とも石見にいます」
俺は地図を見た。石見と安芸、二つの戦場が、同時に動いている。前田慶次が、安芸で暴れている。
「政宗、信繁、昌景の三人で対応してくれ」と俺は伝令を出した。
返事が来た。「対応していますが、慶次の動きが速すぎます。三人でも食い止めるのが精一杯です」
俺は信玄への伝令も飛ばした。「安芸に前田慶次という規格外の武将がいる。石見が片付いたら、すぐに援護を頼む」
信玄からの返事。「了解。石見はもう少しで決着がつく」
石見の戦いは、信玄の指揮で進んでいた。忠勝が中央を突破し、幸村が遊撃で側面を崩した。三日後、石見の主要城が制圧された。
信玄が即座に動いた。「忠勝、幸村、安芸に向かうぞ」
二人が即答した。「行く」
信玄、忠勝、幸村の三人が安芸に合流した。戦況が一変した。
忠勝が前田慶次の前に立った。武力最大値同士の激突。轟音が響いた。
俺は《GAME》の〔マップ〕で戦況を見ていた。忠勝と慶次の激突が、戦場の一角で延々と続いている。幸村が側面から慶次を挟もうとした。
「来るな」と慶次が叫んだ声が、半蔵経由で伝わってきた。「俺は忠勝とやる。お前は来るな」
幸村が伝令を送ってきた。「慶次が一対一を求めている。どうする」
俺は少し考えた。「忠勝に任せる。しかし、忠勝が危なくなったら、すぐに助けに入れ」
忠勝と慶次の激突が続いた。二人とも、武力は最大値だ。しかし、統率と知略の差が、徐々に戦況に影響を与えた。慶次は強いが、組織的な支援がない。忠勝の周りには、明智軍の兵がいる。慶次の周りには、誰もいない。
半日後、慶次が後退した。忠勝に押し切られた、というより、慶次自身が戦いを終わらせた。
「面白かった」と慶次が言ったと、半蔵が報告した。「また会おう、忠勝」
慶次は、戦場から消えた。
「逃げたか」と政宗が言った。
「いや」半蔵が続けた。「慶次は、毛利方ではないようです。毛利に雇われていたわけではなく、強い相手と戦いたくて安芸に来ていたようです」
「自由な男だな」と俺は呟いた。
慶次が消えたことで、安芸の毛利方の士気が一気に下がった。最大の壁が、自ら去った。残りの戦いは、数の優位がそのまま結果に結びついた。
毛利元就から、使者が来た。「降伏します」
俺は元就に会った。老獪な顔をした男だった。長年、西国で勢力を保ち続けた知略の人だ。
「明智殿」元就が静かに言った。「尼子と組んで京を狙った。それは事実だ。負けを認める」
「降伏を受け入れる」と俺は言った。「条件は一つだけだ。西国の民を丁寧に扱うこと」
「それだけか」
「それだけだ」
元就が長い間、俺を見た。「明智殿の評判は、西国にも届いていた。東北で民を大切にする武将がいる、と。今、それを実感した」
その夜、俺は《GAME》の〔マップ〕を確認した。備前、石見、安芸が、明智の色に染まっていた。毛利のマーカーが、降伏の表示に変わっていた。
信玄が来た。「明智殿、毛利が降伏した」
「ああ」
「これで西国の最大の脅威が消えた。約束を果たしてもらえるか」
俺は信玄を見た。忠誠百の男が、また待っている。十二回目の約束。
「果たす」と俺は言った。「東北に帰る。今度こそ、本当に」
「信じる」信玄が静かに言った。「しかし、一つだけ聞いていいか」
「何だ」
「もし東北に向かう途中で、また何かが起きたら」
俺は少し考えた。「正直に言う。東北の民の安全に直接関わることなら、対応する。しかし、それ以外なら、家康と政宗と幸村たちに任せる。俺は東北に帰る」
「線引きができたか」信玄が静かに言った。
「できた」俺は言った。「今までは、全部自分で対応しようとしていた。しかし、仲間がいる。任せられる仲間がいる」
「やっと分かったか」信玄が短く笑った。
翌朝、俺は全員に告げた。
「西国の統治は政宗と家康に任せる。北陸の統治は幸村と信繁に任せる。東北と関東の守備の立て直しは昌幸に任せる」
全員が頷いた。
「俺は信玄殿と一緒に、東北に帰る」
政宗が静かに言った。「今度こそ、行ってこい」
「政宗」
「西国は俺たちで何とかする。明智殿が帰らなければ、信玄殿が一生説教文を書き続けるぞ」
俺は笑った。「分かっている」
翌朝、俺と信玄、少数の供回りが、東北に向けて出発した。備前の空が、青く晴れていた。
信玄が馬を並べてきた。「東北の雪、まだ降っているといいな」
「冬だ。降っているはずだ」
「楽しみだ」信玄が静かに言った。
「俺もだ」
東北への道が、北に続いていた。今度は、何も起きないことを、俺は心の底から願った。




