第六十六章 出雲決戦、引き戻される旅路
北陸を出発して三日後。
越前と若狭の境を進んでいるとき、半蔵が追いついてきた。
馬を全力で走らせてきたらしく、汗をかいていた。
「明智殿」半蔵が言った。「急報です」
俺は嫌な予感がした。「言ってくれ」
「毛利が、播磨攻略の動きを見せています」
俺は馬を止めた。
信玄も止まった。
「毛利か」と俺は呟いた。
半蔵が続けた。「さらに、尼子と毛利が連携しているという情報もあります。出雲の尼子晴久と、備前方面の毛利の動きが連動しています。京を最終的に狙っているという見方が強いです」
俺はしばらく、何も言えなかった。
東北まで、あと数日だった。
信玄との約束を、ついに果たせるはずだった。
俺は信玄を見た。
信玄は、もう地図を広げていた。
「信玄殿」と俺は言った。
「分かっている」信玄が静かに言った。
「出雲と播磨に戻る必要がある」
「しかし」
「明智殿」信玄が俺を見た。「東北の雪は、また次にする」
「信玄殿」
信玄が、はっきりと言った。「急ぎ中国地方に戻るぞ」
俺は信玄を見た。
忠誠の男が、自分から東北行きを止めた。
十一回の約束を、自分から保留にした。
「すまない」と俺は言った。心の底から、その言葉が出た。「すまない、信玄殿。また約束を延ばすことになる」
信玄が静かに言った。「謝るな」
「しかし」
「明智殿が謝るべきは、儂ではない」信玄が続けた。「京の民だ。播磨と出雲が落ちれば、京が危うくなる。儂への約束より、京の民が先だ」
「……分かっている」
「分かっているなら、行くぞ」信玄が馬の頭を返した。
俺は馬を返した。
東北の方角を、一度見た。
遠くの山が、白く見えた。
「もう少しだったのに」と俺は呟いた。
「いつもそうだ」信玄が静かに言った。「もう少しのところで、何かが起きる。それが戦国というものだ」
「信玄殿は、怒っていないのか」
「怒っている」信玄が正直に言った。「しかし、怒りを明智殿にぶつけても、何も解決しない。今は中国地方に集中する。それだけだ」
俺たちは中国地方に向かって、引き戻されるように進路を変えた。
軍議を急いで開いた。
京に近い場所で、政宗と家康が合流した。
「尼子と毛利が連携している」と俺は告げた。「出雲の尼子晴久と、毛利の備前方面の動き。両方を同時に潰す必要がある」
「兵力は」と政宗が聞いた。
「北陸から戻ってきた兵力が、五万二千ある。これを二つに分ける。出雲には」俺は地図を指さした。「信玄殿、忠勝を中心に三万」
「備前には」俺は続けた。「政宗、家康、信繁、昌景を中心に二万二千」
「俺はどちらに」と幸村が聞いた。
「出雲だ」俺は言った。「尼子晴久の兵力は二万と見られている。三万あれば対応できる」
家康が静かに言った。「備前は毛利の本隊が出てくる可能性があります。二万二千で足りますか」
「足りないかもしれない」俺は正直に言った。「しかし、出雲を先に片付ければ、尼子の脅威が消える。その後、出雲の三万を備前に合流させる」
「時間差で対応するということですか」
「そうだ」
信玄が静かに言った。「明智殿は出雲に来るか」
「行く」俺は答えた。「尼子晴久との決着は、俺が見届ける」
出雲への進軍が始まった。
京から西へ、山陰道を進む。
行軍しながら、俺は《GAME》の〔マップ〕と〔データ〕を確認し続けた。
【尼子晴久 出雲 兵力二万】
パラメータを確認した。
【尼子晴久 武力72 統率80 知略75】
突出した数値はない。
しかし、統率が高い。出雲の地で長年戦い続けてきた男だ。
半蔵の報告が続いた。「尼子晴久は、毛利との連携を前提に動いています。毛利が備前で動けば、尼子も出雲から京に向けて動く計画だったようです」
「俺たちが先に動いたことで」
「尼子の計画は崩れています。単独での対応を迫られています」
「それなら、こちらが有利だ」
出雲の国境で、尼子の軍勢が展開していた。
二万。
こちらは三万。
数は上回っている。
信玄が地形を確認した。「出雲の地形は、平野が多い。正面からの戦いになりやすい」
「では正面から行くか」と忠勝が聞いた。
「いや」信玄が続けた。「尼子は統率が高い。正面からぶつかれば、消耗が大きくなる。儂が側面から動く。忠勝が中央を抑える。幸村が遊撃で動く」
「わかった」
戦が始まった。
尼子の二万は、統率の高さ通り、整然とした陣形で動いていた。
忠勝が中央で受け止めた。
信玄が側面に回り込んだ。
幸村が遊撃で、尼子の補給路を脅かした。
二日間の戦いで、尼子の陣形が崩れ始めた。
三日目、尼子晴久自身が前線に出てきた。
俺は《GAME》の〔マップ〕で全体を見ていた。
晴久のマーカーが、戦場の中央に近づいてくる。
信玄から伝令が来た。
「尼子晴久が前に出てきた。明智殿、どうする」
俺は少し考えた。
「俺が前に出る」と俺は決めた。
信玄の伝令が頷いた。
俺は馬を進めた。
尼子晴久の前に立った。
晴久が俺を見た。「明智光秀か」
「そうだ」
「信長を討ち、謙信を討ち、秀吉を討った男が、ここに来たか」晴久が静かに言った。
「来た」
「俺たちは毛利との連携が崩れた。もう勝ち目はない」晴久が続けた。「しかし、最後まで戦う」
戦が再開した。
晴久は、最後まで踏みとどまった。
しかし、兵力の差は埋まらなかった。
半日後、尼子の兵力が三千を切った。
使者を送った。
「降伏してほしい」
返事が来た。
晴久本人からの、短い言葉だった。
「降伏はしない。しかし、切腹する。家臣には降伏を許す」
俺は固まった。
「待ってくれ」と俺は使者に言った。「直接話したい」
俺は晴久の前に行った。
晴久が静かに座っていた。
「晴久殿」と俺は言った。「切腹は望まない」
「明智殿」晴久が静かに言った。「俺は毛利との約定を破ることになった。先に動けなかった。それは尼子の家としての失態だ。家臣を救うために、俺が責任を取る」
「責任を取る必要はない」俺は続けた。「仲間になってほしい」
晴久が俺を見た。
長い間、見ていた。
「明智殿は、本当に変わった武将だ」晴久が静かに言った。「しかし、俺の決意は変わらない。これは俺自身の問題だ。明智殿の慈悲とは別のものだ」
「晴久殿」
「家臣を頼む」晴久が深く頭を下げた。「それだけが、俺の願いだ」
俺は止められなかった。
晴久の意思は、固かった。
俺の言葉では、届かなかった。
その夜、尼子晴久は切腹した。
尼子氏、滅亡
俺は晴久が逝った場所で、線香を焚いた。
「晴久殿」と俺は呟いた。「あなたの家臣は、丁寧に扱う。約束する」
信玄が静かに来た。「明智殿、止められなかったか」
「止められなかった」俺は言った。「あの人の意思は、固かった」
「謙信公と同じだ」信玄が続けた。「義の人は、自分で決める。儂たちにできることは、その意思を受け止めることだけだ」
「分かっている。しかし、悲しい」
「悲しんでいい」信玄が静かに言った。
「悲しみながら、前に進む。それが明智殿の戦い方だ」
《GAME》の〔マップ〕を確認した。
出雲が明智の色に染まっていた。
尼子のマーカーが、消えていた。
半蔵から続報が来た。
「備前の状況を報告します。政宗殿たちが毛利の前衛部隊と交戦中です」
「状況は」
「拮抗しています。出雲の兵力を備前に向ければ、優位になります」
俺は信玄を見た。「出雲を片付けた。次は備前だ」
「分かっている」信玄が頷いた。「行こう」
俺は北の空を見た。
東北は、まだ遠い。
信玄との約束は、また延びた。
「すまない、信玄殿」と俺は言った。
「謝るな」信玄が短く言った。「備前が終わったら、また考える。それだけだ」
三万の兵が、備前に向かって動き始めた。
毛利との決着が、近づいていた。




