第六十五章 本願寺最終決戦と、朝廷の嘆願
加賀に五万六千が入った。
一向一揆の抵抗は、越前より激しかった。
信念で戦う人々は、強い。
数で上回っていても、簡単には崩れない。しかし、信玄の指揮が、その強さを上回った。
補給路を断ち、城を一つずつ包囲し、降伏を求める。
正面からの激突を極力避けながら、じわじわと加賀を制圧していく。
二週間後、加賀の主要城が次々と落ちた。
半蔵が飛んできた。
「顕如上人、加賀から脱出しました」
俺は地図を握りしめた。
「どこに向かった」
「二つの可能性があります。能登か越中です」
俺は地図を広げた。
能登は加賀の北に突き出た半島だ。
越中は加賀の東に位置する。
どちらも、一向一揆の影響が強い土地だ。
「どちらだ」と俺は半蔵に聞いた。
「まだ確認できていません。二手に分かれた可能性もあります」
俺は怒りが頂点に達するのを感じた。
石山本願寺から越前、越前から加賀、加賀から能登か越中。
何度逃げれば気が済むのか。
どこまで追いかければいいのか。
「二面作戦だ」と俺は言った。
全員が俺を見た。
「能登と越中を同時に攻める。両方制圧すれば、顕如上人に逃げ場がなくなる」
「兵力は」と信玄が静かに聞いた。
「かき集める。十二万作る」
広間が静まり返った。
「十二万ですか」と信繁が静かに確認した。
「そうだ」
「現在の総兵力は」
「加賀での消耗を含めて、五万二千だ。足りない。だから全国からかき集める」
「東北も関東も空になります」
「構わない」
信玄が静かに言った。「明智殿、冷静に聞いてくれ」
「聞いている」
「十二万を集めることは、物理的に難しい。今の明智の総兵力は全部合わせて八万程度だ。どこから十二万を出す」
「一向一揆の降伏した兵も使う。加賀と越前で降伏した者たちを臨時に動員する」
信玄が少し驚いた顔をした。
「降伏した一向一揆の兵を使うのか」
「顕如上人を追うためだ。一向一揆の兵も、顕如上人を捕まえた方が早く解放されると分かれば動く」
「…強引だな」信玄が静かに言った。
「強引でもやる」
「分かった。儂が指揮する。やってみせる」
三日間、兵力の集結が続いた。
全国から兵が集まってきた。
加賀と越前の降伏した一向一揆の兵を臨時動員した。
東北と関東の守備を骨格だけ残して、全員を北陸に向けた。
【明智軍 集結兵力 十一万八千】
ほぼ十二万だった。
利三が報告書を持ってきた。
「十兵衛様、各地の守備兵力の確認です。東北が千五百、関東が二千、山城が千。本当に最低限です」
「分かっている」
「もし毛利が動いたら」
「動いたら全て捨てて戻る」俺は言った。
「東北の民だけは守る。それは変えない」
「御意」利三が深く頭を下げた。
十一万八千を二つに分けた。
能登には、信玄、忠勝、幸村の六万。
越中には、政宗、信繁、昌景の五万八千。
俺は中間の加賀に本陣を置いて、全体を指揮する。
出発の前夜。
俺は一人で地図を見た。
能登と越中。
どちらかに顕如上人がいる。
あるいは両方に分散しているかもしれない。
幸村が来た。「明智殿、一つだけ聞いていいか」
「何だ」
「顕如上人を捕まえた後、どうするつもりだ」
俺は少し間を置いた。
「話す」と俺は言った。「直接話す。なぜ手切りにしたのか。撫で斬りへの批判は分かる。しかし、同盟破棄は筋が違う。それを直接言う」
「切腹させるつもりはないか」
「ない」と俺は即答した。
「本当にないか」
「今は、ない」
幸村が少し目を細めた。「今は、か」
「捕まえて話してみなければ、怒りが収まるかどうか分からない。正直に言えばそこまでだ」
「分かった」幸村が静かに言った。「正直な主君だ」
翌朝、二軍が同時に動き始めた。
信玄率いる六万が北に向かった。能登半島の先端に向かって。
政宗率いる五万八千が東に向かった。越中の山地に向かって。
能登は半島地形だ。
信玄が得意とする包囲戦が機能した。
半島の根元を固めれば、逃げ場がなくなる。
一週間で能登の主要城が落ちた。
越中は山地が多い。
政宗が地形を読みながら、各城を一つずつ落としていった。
昌景が補給路を断ち、信繁が山地での戦いを担った。
二週間かかったが、越中も制圧された。
半蔵から報告が来た。
「能登の最後の城に、本願寺の旗が確認されました」
「顕如上人がいるのか」
「可能性が高いです。信玄殿が包囲しています」
俺は加賀の本陣から能登に向かった。
信玄の本陣に入ったとき、最後の城がすでに包囲されていた。
「明智殿が来たか」信玄が静かに言った。
「顕如上人は城の中にいるか」
「いる。確認が取れた。しかし、降伏する気配がない」
「もう逃げ場はないはずだ」
「分かっているはずだ。しかし、出てこない」信玄が続けた。「信念の人だ。最後まで籠もるつもりかもしれない」
俺は使者を送った。
「明智光秀が直接話したい。出てきてほしい」
返事を待った。
半日後、城門が開いた。
顕如上人が出てきた。
法衣を着たまま、静かに俺の前に歩いてきた。
老いた顔だ。目が、まだ燃えていた。
信念の目だ。
「明智殿」と顕如上人が言った。
「顕如上人」と俺は答えた。
「長い追いかけっこでしたな」顕如上人が静かに言った。
「本当に長かった」俺は言った。「なぜ逃げ続けたのですか」
「逃げなければ、明智殿に切腹させられると思っていました」
俺は顕如上人を見た。
「切腹させるつもりでいたが……」と俺は正直に続きを語る。「今朝まではそうだったかもしれません。しかし、今は分かりません」
顕如上人が俺を見た。「正直な方ですな」
「嘘はつきたくない」
「一色と山名の撫で斬りを批判したことは、撤回しません」顕如上人が続けた。「あれは仏の慈悲に反します」
「俺も嫌々やりました」俺は言った。「喜んでやったわけではない。毛利という脅威があった。憂いを残さないためにやった。それでも間違いだったか」
「間違いです」顕如上人は迷わず言った。「しかし」
「しかし?」
「間違いを認める勇気がある方だということは、この追いかけっこで分かりました」顕如上人が静かに続けた。「何度も逃げ続ける中で、明智殿は一度も撫で斬りをしませんでした。そのことは、認めます」
その夜、俺は顕如上人の処遇を決めようとした。
本願寺は手切りをした。それは事実だ。
顕如上人個人への処罰をどうするか。
切腹を命じるべきか。
俺が悩んでいたとき。
利三が入ってきた。
「十兵衛様、朝廷から使者が来ました」
「朝廷から」と俺は驚いた。
「はい。朝廷から、顕如上人への助命の嘆願書が届きました」
俺は固まった。
朝廷からの嘆願書。
文を受け取った。
開いた。
内容は短かった。
「顕如上人は仏の道を守る者。その命を奪うことなく、慈悲をもって処されたい。」
俺は文を読んだ。
もう一度読んだ。
信玄が静かに言った。「朝廷からの嘆願書か。これは」
「無視できない」と俺は言った。
「そうだな」信玄が続けた。「朝廷の権威を無視すれば、明智殿の正当性が揺らぐ。天下の民の心が離れる可能性がある」
幸村が静かに言った。
「明智殿、朝廷が動いたということは、全国の寺社が顕如上人のために嘆願した可能性があります。朝廷を動かすほどの人望が、顕如上人にはある」
「分かっている」俺は言った。
「許すしかないな」
「……そうだな」
怒りはまだあった。
朝廷の嘆願書が届いた以上、切腹を命じることはできない。
それは朝廷との対立を生む。
民の心が離れる。
信長様でさえ、朝廷とは一定の関係を保ってきた。
「顕如上人を許す」と俺は言った。
全員が静かに頷いた。
「条件がある」俺は続けた。「本願寺を解散させる。石山本願寺も、越前も、加賀も、能登も、越中も、全ての本願寺の拠点を解散させる。顕如上人個人は許すが、本願寺という組織は終わりにする」
翌日、顕如上人を呼んだ。
「朝廷から嘆願書が届いた。あなたの命は助ける」
顕如上人が静かに頷いた。
「だが」俺は続けた。「本願寺は解散してもらう。組織として動くことは認めない。あなた個人が仏の道を歩むことは止めない。政治的な勢力として本願寺が動くことは、これで終わりだ」
顕如上人が長い間を置いた。
「本願寺の解散か」顕如上人が静かに言った。
「そうだ」
「百年以上続いた組織を、終わらせるということか」
「そうだ」
顕如上人が目を閉じた。
しばらく、静かだった。
そして、目を開けた。
「……承知しました」顕如上人が静かに言った。「一つだけ、お願いがあります」
「何だ」
「加賀と越前と能登と越中の一向一揆の民を、丁寧に扱ってください。あの人々は信念で戦いました。その信念を尊重してください」
「約束する」俺は即答した。「民は丁寧に扱う。それは俺の基本だ」
顕如上人が深く頭を下げた。「明智殿は、信長公とは違う方だ」
「そうありたいと思っている」俺は言った。
本願寺解散が宣言された。
顕如上人が各地の一向一揆に向けて文を出した。
「本願寺は解散する。明智殿の支配に従ってほしい」
その文が、各地の一向一揆の抵抗を終わらせた。
俺は加賀の城に入った。
《GAME》の〔マップ〕を確認した。
越前、加賀、能登、越中が明智の色に染まっていた。
利三が静かに入ってきた。
「十兵衛様、今回の経緯を整理しますと」
「言ってくれ」
「石山本願寺から始まった追撃が、越前、加賀、能登、越中まで続きました。四ヶ国を制圧しました。ですが……。十一万八千の兵を動員したことで、全国の守備が骨格だけになっています。毛利が動けば」
「分かっている」俺は言った。「すぐに戻る。兵を散らす」
信玄が入ってきた。「明智殿」
「何だ」
「越前、加賀、能登、越中を取った。本願寺も解散させた。これで北陸の憂いが消えた」信玄が静かに続けた。「では、約束を果たしてもらえるか」
俺は信玄を見た。
「東北の雪か」
「そうだ」信玄が真剣な目で言った。「何度約束したか、数えている。今回で十一回目だ」
「十一回も言ったか」
「言った。一回も忘れていない」
俺は少し間を置いた。
全国の守備が薄い。毛利との交渉が続いている。まだ問題は山積みだ。
しかし、信玄は待ち続けた。
一緒に戦い続けた。
忠誠の男が、雪を待ち続けた。
「帰ろう」と俺は言った。
「東北にか」信玄が確認した。
「そうだ。毛利への対応は家康と政宗に任せる。全国の立て直しも任せる。俺は東北に帰る。信玄殿を雪の中に連れて行く」
「本当か」信玄が静かに言った。
「本当だ。今度は嘘じゃない。明日、東北に向かう」
その夜、俺は全員への指示を出した。
毛利との交渉は家康に継続を任せた。
全国の守備立て直しは政宗と昌幸に任せた。
北陸四ヶ国の統治は幸村と信繁に任せた。
全部、任せた。
利三が「よろしいのですか」と聞いた。
「信玄殿との約束を果たす。それが今の俺の最優先だ」
「東北の民も待っています」利三が静かに言った。
「分かっている。だから帰る」
翌朝。
俺と信玄と、少数の供回りが北陸を出発した。
東北に向かって。
雪を見るために。
民に会うために。
信玄が馬を並べてきた。
「本当に帰るな」信玄が静かに言った。
「帰る」
「十一回目の約束を、やっと果たすか」
「やっと果たす」
信玄が短く笑った。「急ぐな。ゆっくり行こう」
「ゆっくり行く」
東北への道が、北に続いていた。
遠くの山が、白く輝いていた。
雪の季節が、近づいていた。




