第六十四章 逃げる本願寺と、無理矢理な追撃
四万の兵が石山本願寺を包囲した翌日。
半蔵が飛んできた。「申し上げます。本願寺が動きました」
俺は馬を止めた。「動いた?包囲が完成する前に?」
「はい。顕如上人、少数の手勢と共に、昨夜のうちに石山本願寺を脱出しました。越前に向かっています」
俺は《GAME》の〔マップ〕を確認した。
石山本願寺のマーカーが、消えていた。
代わりに、越前の方角に小さなマーカーが動いていた。
「……逃げたか」俺は静かに言った。
怒りが、また一段階上がった。
しかし、今度は、怒りの質が違った。
呆れが混じっていた。
「包囲が完成する前に逃げたということは」と信玄が静かに言った。「こちらの動きを事前に察知していたということだ」
「情報が漏れていたか」
「あるいは、明智殿が四万を動かした時点で逃げる準備をしていた可能性もある」
政宗が静かに言った。「本願寺は賢い。石山の城は難攻不落だが、包囲されれば時間の問題だと判断したのかもしれない。逃げる方を選んだ」
「越前か」俺は地図を見た。「越前は一向一揆の影響が強い土地だ。本願寺の支持者が多い」
「籠もりやすい土地を選んだわけですな」と信繁が厳しい顔で言った。
「追う」と俺は言った。
「越前まで」と幸村が確認した。
「そうだ。越前を攻略する。顕如上人を越前で捕まえる」
「兵力は」と信玄が聞いた。
「六万で行く。越前の一向一揆は手強い。四万では足りない可能性がある」
「六万か」信玄が地図を確認した。「東北と関東の守備を薄くしなければならない」
「薄くする。仕方ない」
各地への伝令を飛ばした。
東北の昌幸に。
「守備を最低限に絞ってくれ。できる限りの兵を越前に送ってくれ」
昌幸からの返事。
「御意。しかし十兵衛様、東北の民が心配しています。早く帰ってきてください」
その一文が、俺の胸に刺さった。
東北の民が心配している。
俺はずっと、東北に帰れないでいる。
関東の家康に。
「動かせる兵を全て越前に向かわせてくれ」
家康からの返事。
「わかりました。しかし毛利との交渉が進行中です。関東が薄くなることで、交渉に影響が出る可能性があります」
「その点は俺が判断する」
「分かりました。兵を送ります」
兵力が集まってきた。
六万が揃うまで、三日かかった。
出発の前日の夜。
信玄が俺のところに来た。
「明智殿、一つ聞いていいか」
「何だ」
「本願寺を追いかけることの、本当の理由は何だ」
俺は少し驚いた。「手切りをされたからだ。放置すれば、また背後の脅威になる」
「それだけか」
「怒っているからでもある」と俺は正直に言った。
「その怒りは、どこから来ているか分かるか」
俺は考えた。「顕如上人は、俺が嫌々やった撫で斬りを批判した」俺は静かに言った。「俺も嫌だった。しかし仕方なくやった。それを批判されて、しかも、手切りにされた。それが、悔しい」
「なるほど」信玄が静かに言った。「明智殿は誤解されたことが悔しいのだ」
「そうかもしれない」
「ならば顕如上人に会って、直接話せばいい。それが本来の目的のはずだ」信玄が続けた。「追いかけることは構わない。しかし追い詰めて撫で斬りにするつもりはないな」
「ない」俺は即答した。「絶対にない。撫で斬りはもうしたくない」
「それが聞きたかった」信玄が短く言った。「では行こう」
越前攻略戦、六万が越前に向かった。
越前の一向一揆の兵力は、散発的に集まってきた。
本願寺の呼びかけで動いた民兵たちだ。
組織的な軍勢ではない。しかし信念で戦う人々だ。
俺は極力、正面からの激突を避けた。
城を包囲して、補給を断いて、降伏を求める。
その繰り返しで、越前の各城が順番に落ちていった。
しかし、顕如上人は、越前の奥深くに逃げ込んでいた。
簡単には捕まらない。
二週間後、越前の主要城が全て制圧された。
しかし、その前夜。
また半蔵が飛んできた。「顕如上人、越前から加賀に移動しました」
俺は地図を見た。
加賀。越前の北にある国だ。
一向一揆の本拠地として有名な土地だ。
前世の記憶では、加賀の一向一揆は百年にわたって守護大名を追い出した土地だ。
「また逃げたか」と俺は呟いた。
呆れと怒りが混ざった気持ちだった。
越前の攻略完了を確認した後、俺は全員を集めた。
「加賀を攻める」と俺は言った。
全員が俺を見た。
「越前に続いて加賀まで攻めるのか」と幸村が静かに言った。
「そうだ。顕如上人が加賀に入った。加賀を取らなければ、また逃げられる」
「兵力は」と信玄が聞いた。
俺は《GAME》の〔データ〕を確認した。
越前の攻略で消耗していた。
六万が、四万八千まで削れていた。
しかし、加賀は取らなければならない。
「足りない」と俺は言った。「加賀の一向一揆は強い。四万八千では心許ない」
「どうするつもりですか」と信繁が静かに聞いた。
「かき集める」俺は言った。「無理矢理でもかき集める」
信繁が少し困った顔をした。「無理矢理とは」
「東北からも、関東からも、全部引っ張ってくる。守備を最低限にして、全部加賀に向ける」
「東北の守備が」
「最低限残す。しかし、最低限だ」
「毛利との交渉への影響が」
「一時的に対応できないかもしれない。しかし、顕如上人を加賀で捕まえなければ、ずっと追いかけることになる」
信玄が静かに言った。「明智殿、一つだけ確認させてくれ」
「何だ」
「無理矢理に兵をかき集めることで、東北や関東が危うくなった場合、どうする」
「その時は撤退する」俺は答えた。「東北の民が危うくなれば、全てを捨てて東北に帰る。それは変えない」
「それが聞きたかった」信玄が頷いた。「では無理矢理でもかき集めることに、俺は従う」
伝令を全方向に飛ばした。
東北の昌幸に。
「守備を最低限に絞ってくれ。あと二千を加賀に向けてくれ」
昌幸からの返事。
「御意。しかし本当に最低限です。これ以上は東北が危うくなります」
「分かっている。最低限で十分だ」
関東の各地から。
「動かせる全ての兵を加賀に向かわせてくれ」
各地から返事が来た。
「承知しました」
「了解です」
「送ります」
三日後、兵力が集まった。
【加賀攻略部隊 兵力五万六千】
越前での消耗を補充した形だ。
無理矢理かき集めた結果だった。
利三が報告書を持ってきた。「十兵衛様、各地の守備兵力の一覧です」
俺は確認した。
東北の守備が薄い。関東の守備が薄い。
全体的に、スカスカだ。
「分かっている」と俺は言った。
「大丈夫ですか」
「大丈夫じゃない。しかし、やるしかない」
幸村が来た。「明智殿、加賀の一向一揆は手強い。越前より激しい戦いになる」
「覚悟している」
「顕如上人を捕まえた後はどうするつもりだ」と幸村が聞いた。
「話す。直接話す。それだけだ」
「撫で斬りはしないな」
「しない。絶対にしない」
「なら俺は戦える」幸村が静かに言った。「明智殿が話すために戦うなら、俺は喜んで先陣を切る」
出発の朝。
信玄が俺の隣に来た。「明智殿、一つだけ言っていいか」
「何だ」
「この追撃が終わったら、東北に帰ろう。雪を見に行こう。もう待てない」
俺は信玄を見た。
忠誠の高い男が、真剣な目をしていた。
「約束する」と俺は言った。「加賀が終わったら、必ず東北に帰る。信玄殿に雪を見せる。それが俺の次の目標だ」
「よし」信玄が短く言った。「では行こう。早く終わらせよう」
五万六千が越前を出発した。
北に向かって。
加賀に向かって。
顕如上人に向かって。
《GAME》の〔マップ〕を確認した。
加賀に、顕如上人のマーカーが光っている。
一向一揆の支持者が、加賀に集まり始めている。
数が増えている。
「急がなければ」と俺は呟いた。
時間をかければ、一向一揆の兵力が膨らんでいく。
加賀は一向一揆の土地だ。人が集まりやすい。
幸村が先頭に出た。
信玄が全体を指揮した。
忠勝が中央を担った。
政宗が右翼を担った。
加賀の国境に入ったとき、俺は北の空を見た。
遠くに、雪を冠した山が見えた。
加賀の山だ。
その向こうに、越後がある。
さらに向こうに、東北がある。
「もう少しだ」と俺は呟いた。「信玄殿、もう少しだけ待ってくれ」
加賀の戦いが、始まろうとしていた。




