第六十章 播磨の失策と、長宗我部との修復
二月になった。
京の内政が少しずつ軌道に乗り始めていた。
家康が四国に向かって十日が過ぎていた。
長宗我部との交渉がどうなっているか、まだ報告が来ていない。
俺は京で書類と格闘しながら、待っていた。
そこに半蔵が来た。「急報があります」
「何だ」
「鈴木左太夫という将が、摂津への侵攻を企てているという情報があります」
鈴木左太夫。
《GAME》の〔データ〕と〔マップ〕を確認した。
紀伊と播磨を拠点とする武将だ。
秀吉が滅んだ後、独自に動き始めていた豪族の一人だ。
【鈴木左太夫 紀伊・播磨 兵力一万二千】
「摂津を狙っているということか」
「はい。秀吉が滅んで畿内が動揺している隙を突こうとしているようです。摂津に明智の兵が入ったことへの反発もあるようです」
「放置すれば摂津が危うくなる」
「そうなります。紀伊と播磨の両方から挟まれれば、摂津の守りが崩れる可能性があります」
俺は即座に決めた。
「先に動く。紀伊を攻める」
政宗を呼んだ。
「紀伊を攻略してくれ。鈴木左太夫が動く前に、先手を打つ」
「兵力はいくつもらえる」と政宗が聞いた。
「一万五千だ」
「紀伊の守備兵は」
「半蔵の調査では七千と見ている。一万五千あれば十分だ」
「分かった」政宗が頷いた。「俺が紀伊を取る」
同時に、信繁に播磨への備えを命じた。
「鈴木左太夫が播磨にいる。紀伊を攻めている間に、播磨から動いてくる可能性がある。播磨への備えを頼む」
「御意」信繁が静かに言った。「播磨を監視しながら、必要なら動きます」
政宗が一万五千を率いて、摂津から紀伊に南下した。
三日間の戦いで、紀伊の主要城が落ちた。
政宗から報告が来た。「紀伊を取った。鈴木左太夫は播磨に逃れた。追うか」
「待機してくれ。播磨の状況を確認する」
しかし、その夜、事態が動いた。
信繁からの急報だった。
「播磨に、四国から軍勢が上陸しています」
俺は立ち上がった。
「四国から?長宗我部か」
「はい。長宗我部元親殿の軍勢、一万五千が播磨に上陸しています。鈴木左太夫の城に向かっています」
俺は《GAME》の〔マップ〕を確認した。
播磨に、長宗我部の軍勢が展開していた。
「家康が交渉中に、長宗我部が動いたのか」
「そのようです。家康殿と長宗我部殿の交渉の内容が、まだ届いていません」
俺は考えた。
長宗我部が播磨の鈴木左太夫を攻めている。
これはどう解釈すべきか。
同盟交渉中に長宗我部が独自に動いた。
鈴木左太夫を共通の敵として攻めたのかもしれない。
しかし、俺への事前連絡はない。
俺はそのとき、判断を誤った。
「播磨を取る」と俺は言った。
「長宗我部が播磨に入っているのですが」と信繁が確認した。
「構わない。鈴木左太夫を討って、播磨を制圧する」
「長宗我部との関係は」
「後で話し合う」
信繁に命令を出した。
「播磨に向かえ。鈴木左太夫を討て」
信繁が一万を率いて播磨に動いた。
その結果、何が起きたか。
信繁の軍勢が播磨に入ったとき、長宗我部の軍勢がすでに鈴木左太夫を降伏させていた。
播磨は、長宗我部が制圧していた。
信繁から報告が来た。
「播磨に入りましたが、既に長宗我部殿の軍勢が支配しています。鈴木左太夫は降伏済みです。長宗我部の将が、播磨から出るよう要求しています。どうしますか」
俺は少し考えた。
出るべきだ。
長宗我部と交渉中だ。播磨は長宗我部が取った。引くべきだ。
そう思った。
しかし、「留まれ」と俺は言った。「播磨から出るな」
それが、間違いだった。
翌日、長宗我部から使者が来た。
家康も一緒に戻ってきていた。
家康の顔が、少し険しかった。
「明智殿」家康が静かに言った。
「分かっている」俺は言った。「失策だ」
「長宗我部元親殿は激怒しています」家康が続けた。「交渉が上手くいっていたところで、明智殿が播磨に軍勢を入れた。元親殿は明智殿が約束を破ったと思っています」
「播磨を長宗我部が取ったことへの俺の反応が遅すぎた。そしてその後の判断が悪かった」
「はい。正直に言います。播磨から撤退すれば、まだ交渉は続けられます。しかし」
全員を集めた。
「播磨の件を話し合いたい。正直に言う。俺の判断が悪かった。播磨から撤退すべきだったのに、留まる命令を出した」
信玄が静かに言った。「撤退するか」
「みんなの意見を聞きたい」
幸村が口を開いた。「播磨を返せ。長宗我部が取った土地だ。明智殿が間違えて入っただけだ。返すべきだ」
昌幸が続いた。「播磨を返した方が賢明です。長宗我部との同盟の方が、播磨一国より価値があります」
政宗が静かに言った。「返すべきだ。しかし、俺には一つ引っかかることがある」
「言ってくれ」
「播磨を返せば、明智殿が折れたという見方をされる可能性がある。それが他の豪族への影響になるかもしれない」
信玄が静かに言った。「政宗の言うことも分かる。しかし、儂は返すべきだと思う。理由は単純だ。明智殿が間違えたからだ。間違えたなら、正直に認めて返す。それが明智殿らしい」
俺は全員を見た。
返すべきという意見が多い。
政宗一人が引っかかりを示しているが、基本的には返すべきということだ。
俺は返さないと決めた。
「播磨は返さない」と俺は言った。
広間が静まり返った。
「しかし、その代わりに金と宝を長宗我部に送る。誠意として。そして同盟を改めて求める」
「播磨を持ったまま、和睦を求めるということですか」と家康が静かに聞いた。
「そうだ」
「長宗我部が受け入れるとは思えません」
「受け入れなければ、さらに誠意を示す。それでも受け入れなければ、また考える。しかし、播磨は返さない」
信玄が静かに言った。「理由を聞かせてくれ」
「播磨は戦略的に重要だ。摂津の南の守りとして必要だ。返せば、また誰かに取られる。長宗我部に返しても、長宗我部が守り続ける保証はない」俺は続けた。「だから持ち続ける。その上で、長宗我部への誠意を最大限示す」
信玄が長い間、俺を見た。「……分かった。主君の判断を尊重する。長宗我部が怒り続ければ、西国が不安定になる。それは覚悟しておけ」
「覚悟している」
全員が渋い顔をしながらも、俺の判断を受け入れた。
俺は長宗我部への和睦の準備を始めた。
金銀を集めた。南蛮の品を集めた。
上質な茶器、刀、反物。
謙信への宝物と同じ発想だ。
誠意を、物で示す。
量だけでは足りない。
文も書かなければならない。
俺は筆を取った。
「長宗我部元親殿へ。明智光秀が申し上げます。播磨の件、俺の判断が悪かった。交渉中に軍勢を入れたことは、元親殿への裏切りと受け取られても仕方がない。謝罪します。しかし、播磨を返すことはできません。摂津の守りとして、どうしても必要な土地です。その代わり、誠意を示します。送った品は俺の謝罪の気持ちです。播磨は俺が預かるが、播磨の民は丁寧に扱います。元親殿の旧臣が播磨にいるなら、その人たちも丁寧に扱います。改めて同盟を求めます。元親殿の四国を、俺は尊重します。天下を狙う気は今もありません。東北の民を守ることが、俺の目的です。明智光秀」
読み返した。
正直すぎるかもしれない。
俺にはこれくらいしか書けなかった。
金銀と宝物を満載した船が、四国に向かった。
家康が再び同行した。
「今度こそうまくいくか」俺は家康に聞いた。
「分かりません」家康が正直に答えた。
「元親殿は怒っています。ただし、実利を重んじる方でもあります。明智殿の誠意と戦略的な利害が一致すれば、受け入れる可能性があります」
「頼む、家康」
「播磨を返さないという判断、私は反対でした」家康が続けた。「明智殿が決めたなら、その判断を最善の形で実現させます」
船が出発した。
俺は京の城から海の方角を見た。
四国が、その向こうにある。
信玄が来た。「上手くいくと思うか」
「分からない」と俺は正直に言った。
「謙信への宝物は、うまくいった」信玄が静かに言った。「今回は、明智殿が間違えた上での和睦だ。謙信の時より難しい」
「分かっている」
信玄が続けた。「正直に謝罪した。正直に理由を述べた。正直に誠意を示した。明智殿らしい文だった」
「そうか」
「長宗我部元親が実直な男なら、その正直さが伝わるかもしれない」
俺は窓の外を見た。畿内の空が広がっている。東北は、その遥か北にある。
まだ帰れない。
一つ一つ、片付けていく。
長宗我部との関係を修復する。
西国を安定させる。
そして、東北に帰る。
その夜、昌幸から東北の報告が来た。
「東北は平和です。雪が積もっています。今年の冬は特に美しい雪です。民が喜んでいます。十兵衛様の帰りを、皆が待っています」
俺は文を読んで、目を閉じた。
雪が積もっている。
信玄との約束がある。
「もう少しだ」と俺は呟いた。「必ず帰る」




