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【完結】GAME.信長を裏切った俺、明智光秀は天下を無視して東北を目指す。  作者: 山田 ソラ


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第五十八章 丹波決戦、そして終わりの始まり

 一五六八年、一月。


 丹波の冬は、厳しかった。山に囲まれた盆地に、冷たい風が吹いていた。


 雪が薄く積もっていた。白い大地の上に、両軍が向かい合っていた。


 俺は信玄の隣に立っていた。馬上から、前を見た。


 丹波の平野の向こうに、秀吉の三万が展開していた。


 旗が並んでいる。“楔形”の旗印が、冬の風に揺れている。


「見えるか」と信玄が静かに言った。


「見える」と俺は答えた。


「長かった旅の、終わりだ」


「ああ」


 信玄が俺を見た。「明智殿、一つだけ聞いていいか」


「何だ」


「今、怖いか」


 俺は少し考えた。


「怖い」と俺は正直に言った。「しかし、前回ほどではない。信玄殿が隣にいるからかもしれない」


 信玄が短く笑った。「儂も同じだ。主君が隣にいれば、怖くない」


 戦が始まった。最初の激突は、想像以上に激しかった。


 秀吉の残存三万は、消耗しながらも士気が高かった。


 最後の戦いだという覚悟が、一人一人の兵に宿っていた。


 これが秀吉の強さだ、と俺は思った。


 追い詰められても、兵の士気を維持できる。


 この男の人心掌握は、本物だ。忠勝が中央に突進した。


 秀吉の精鋭が、忠勝を止めようとした。


 止められなかった。


 忠勝の武力が、全てを薙ぎ払った。幸村が右翼から動いた。政宗が左翼を押した。


 信玄が全体を指揮した。

 俺は中央から少し前に出た。


 《GAME》の〔マップ〕で全体を確認しながら、《欺瞞》の準備をした。


 しかし、使わなかった。


 信玄の説教を思い出していた。「恐怖から動くな。正面から戦え」


 今日は、正面からだ。二日間、削り合いが続いた。


 こちらの兵力も削れていく。信玄の本隊が、二万を切った。


 しかし、秀吉も一万五千まで削れていた。数でこちらが上回っていた。


 三日目の朝。


 秀吉が動いた。《GAME》の〔マップ〕上で秀吉のマーカーが、西に向かって動き始めた。


「逃げた」と俺は呟いた。


 即座に信玄への伝令を飛ばした。「秀吉が西に逃げた。追ってくれ」


 追撃が始まった。信玄が全軍に追撃を命じた。しかし、秀吉は速かった。


 少数の手勢を連れて、山道に逃げ込んでいく。


 《GAME》の〔マップ〕上で秀吉のマーカーが、山中に消えていきそうだった。


 その時、半蔵から報告が飛んできた。

「忠勝殿から連絡があります。秀吉を捕捉したと」


 俺は立ち上がった。「どこだ」


「丹波の山中、川沿いの道です。秀吉の手勢が川を渡ろうとしているところを、忠勝殿が見つけました」


 しばらく後。

 また報告が来た。

 半蔵の声が、いつもより少し違った。


「忠勝殿より。羽柴秀吉の首を取りました」


 俺は動けなかった。

 広間が、完全に静まり返った。

 利三が俺の隣で、静かに目を閉じた。

 義重が短く息を吐いた。

 信繁が無言で頭を下げた。

 忠勝が戻ってきた。


 血がついた甲冑のまま、俺の前に立った。


 手に、布に包まれた何かを持っていた。

 忠勝が静かに膝をついた。


「明智殿」と忠勝が言った。


「ああ」と俺は答えた。


「羽柴秀吉の首です」


 俺は布を受け取った。

 重かった。

 物理的な重さより、別の重さがあった。

 布を開いた。

 秀吉の顔があった。

 小柄な顔だ。

 目が閉じている。


 怒りでも、悔しさでも、恐怖でもない顔だ。


 ただ、静かな顔だ。


 前世の記憶の中で、この男を知っていた。


 豊臣秀吉。

 天下を統一した男。

 百姓から天下人になった男。


 しかし、この時代では、明智光秀に討たれた。


 歴史が、変わった。


 羽柴氏、滅亡。《GAME》の〔マップ〕を確認した。


 秀吉のマーカーが、消えていた。

 広間に、誰も声を出す者がいなかった。

 長い沈黙だった。

 その沈黙を破ったのは、信玄だった。

 信玄が俺の前に来た。

 そして、信玄が、土下座した。

 俺は目を疑った。

 武田信玄が、土下座している。

 あの信玄が。

 忠誠値100の男が。

 額を床につけていた。


「信玄殿」と俺は言った。「何を」


「今回の摂津から丹波にかけての戦い、明智殿の総兵力の半数を失いました」信玄が額を床につけたまま言った。「儂の指揮の結果です。六万が三万になった。消耗が激しすぎた。主君の大事な兵を、半分失った。これは儂の失態です。申し訳ありませんでした」


 俺はしばらく、信玄の頭を見ていた。

 信玄が土下座している。


 この光景が、現実だとは信じられなかった。


「信玄殿、顔を上げてくれ」


「まだ許しをいただいていません」


「許す」と俺は即座に言った。


「しかし」


「許す」俺は繰り返した。「顔を上げてくれ、信玄殿」


 信玄がゆっくりと顔を上げた。

 その目が、珍しく揺れていた。


 この男が目を揺らすのを、俺は初めて見た。


「摂津と丹波で死んだ兵を、俺は悼む」と俺は言った。「しかし、秀吉を倒した。信玄殿が指揮してくれなければ、今日この日は来なかった。失った兵の分、俺が民を守る。それが答えだ」


 信玄が静かに言った。「明智殿」


「何だ」


「お主に仕えて、良かった」


 その言葉が、俺の胸に深く落ちた。


 忠誠の高い男が、仕えて良かったと言った。


 全員が広間に集まっていた。


 忠勝、幸村、政宗、家康、昌幸、利三、半蔵、義重、安東愛季、今川義元、信繁、昌景。


 全員が、秀吉の首の前で静かに立っていた。


 俺は秀吉の首を、再び見た。


 前世の記憶の中で、この男は天下人になった。


 しかし、この時代では、明智光秀が東北から戦い続けて、最後に討った。


 歴史が変わった。

 その事実が、突然、全身に広がった。

 歴史が変わった。


 本能寺の翌朝から始まった長い旅が、ここで一つの答えを出した。


 逃げた男が、信長を倒し、謙信を倒し、秀吉を倒した。


 東北の民が、平和に生きている。

 仲間たちが、隣にいる。

 俺の目から、涙が出た。

 一滴ではなかった。


 静かに、しかし、止まらずに流れ続けた。


 誰も何も言わなかった。

 誰も笑わなかった。

 全員が、静かにそこにいた。

 利三が静かに俺の隣に来た。

 何も言わなかった。

 ただ、隣にいた。


 幸村が静かに言った。「泣いていいぞ、明智殿」


 俺は答えられなかった。

 涙が、止まらなかった。

 嬉しかった。

 悲しかった。

 長かった旅への感謝が、溢れていた。


 死んでいった人たちへの思いが、溢れていた。


 義堯の顔が浮かんだ。

 謙信の最後の言葉が聞こえた気がした。


 信長の「今のお前なら俺の首をやれる」という言葉が蘇った。


 全部が、一度に押し寄せてきた。

 俺は泣きながら、秀吉の首を見た。


「歴史が変わった」と俺は呟いた。


 誰にも聞こえないくらい、小さな声で。


「本能寺の翌朝から、ここまで来た。歴史が変わった」


 信玄が静かに俺の隣に立った。「明智殿」


「ああ」


「東北の雪を見たい」信玄が静かに言った。


 俺は涙を拭いた。


「連れて行く」と俺は言った。「約束する。必ず連れて行く」


「その約束、今度こそ果たしてくれ」


「果たす」


 忠勝が静かに言った。「主君が泣いている。珍しい」


「三河で最初に会ったとき、泣かせたのはお前だ」と俺は言った。


 忠勝が短く笑った。「そうだったな」


 幸村が静かに言った。「信濃で明智殿に負けた日から、ここまで来た。長かった」


「長かった」俺は繰り返した。


「しかし、悪くなかった」幸村が続けた。


「ああ」俺は頷いた。「本当に、悪くなかった」


 政宗が静かに言った。「白装束で降伏した日から、ここまで来た」


「来たな、政宗」


「明智殿についてきて、正解だった」


 家康が静かに言った。「三河で負けた日から、ここまで来た。明智殿が作ったものを、見続けてきた」


「見ていてくれてありがとう、家康」


「まだ終わっていません」家康が静かに続けた。「しかし、今日は一つの区切りです」


 昌幸が穏やかに言った。「十兵衛様、羽前から始まった東北統一から、ここまで来ましたな。長い旅でした」


「昌幸殿、ずっとありがとう」


「礼はいりません」昌幸が静かに笑った。「しかし、少しだけ嬉しいですな」


 利三が最後に言った。「十兵衛様、本能寺の翌朝から、ずっと一緒でした」


「ありがとう、利三」


「私こそ」利三が深く頭を下げた。「このお方についてきて、良かった」


 俺はもう一度、秀吉の首を見た。

 そして、静かに布を閉じた。


「丁寧に弔ってくれ」と俺は言った。


「御意」と利三が答えた。


「秀吉は天下を夢見た男だ。その夢は叶わなかったが、夢を見た男として、丁寧に弔う」


 夜になった。

 丹波の城に本陣を移した。


 全員が疲れ切っていたが、誰も眠ろうとしなかった。


 自然と全員が広間に集まって、静かに酒を飲んでいた。


 宴会ではない。

 軍議でもない。


 ただ、仲間たちが集まって、静かに飲んでいた。


 信玄が俺の隣に座った。「明智殿」


「何だ」


「東北の雪は、いつ見られる」


「春になれば東北に帰れる」俺は答えた。

「来年の冬、必ず見せる」


「来年の冬か」信玄が静かに言った。「長い」


「待てるか」


「待てる」信玄が短く言った。「主君の約束を信じる」


 俺は《GAME》の〔マップ〕を開いた。

 最後に確認した。

 秀吉のマーカーが、消えている。

 信長のマーカーも、消えている。

 謙信のマーカーも、消えている。


 東北から関東、そして畿内まで、明智の色が広がっていた。


 しかし、俺の目は、北を向いた。


 東北の五ヶ国が、遠い北で静かに輝いていた。


 民が待っている。

 平和な時間が、待っている。

 信玄との雪の約束が、待っている。


 俺は酒を一口飲んだ。「帰ろう」と俺は呟いた。


「どこに」と幸村が聞いた。


「東北に」俺は言った。「みんなで東北に帰ろう。民が待っている」


 広間が静かになった。

 全員が、その言葉を受け取った。


 信玄が静かに笑った。「東北の雪か」


「ああ」俺は頷いた。「東北の雪を、全員で見よう」


 丹波の夜が、静かに更けていった。

 長い旅が、一つの終わりを迎えた。


 しかし、それは、新しい始まりでもあった。


 東北で、民が待っている。


 その民のために、これからも生き続ける。


 明智光秀の旅は、まだ終わっていない。




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