第五十七章 摂津決戦と、丹波への追撃
一五六七年、十月。
山城を取ってから半年が過ぎていた。その半年間、俺は京で内政に専念した。
信玄の説教が効いていた。焦らない。相談する。待てるときは待つ。
その言葉を守り続けた。
大和の兵力が四万五千まで回復していた。
信玄、忠勝、幸村、家康、昌幸、政宗の六人が、半年間で大和を完全に立て直していた。
山城の兵力も四万まで積み上がっていた。
京の内政が整い始め、民の顔が少しずつ穏やかになっていた。
半蔵の報告が毎日届いていた。「摂津の秀吉、兵力五万八千を維持しています。西国からの補充が続いています」
「増えているか」
「増えてはいません。しかし、減ってもいません。秀吉は摂津を最後の砦として固めています」
秀吉は摂津を捨てない。当然だ。摂津を失えば、行き場がなくなる。
最後の戦いを、摂津で待っているのだろう。
十月に入ったある朝、信玄が俺のところに来た。
大和から京まで、自ら馬を走らせてきた。
「明智殿、そろそろ動く時だ」信玄が静かに言った。
「信玄殿から言ってくれるか」と俺は少し驚いた。
「秀吉の兵力が増えていない。こちらは回復した。待ちすぎれば、また変数が増える。今が機会だ」
俺は信玄を見た。
「前回は俺が勝手に動いて説教を受けた。今回は信玄殿から動けと言ってくれた」
「今回は相談してくれたからな」信玄が短く言った。「先週、明智殿が文を送ってきた。いつ動くべきか、と。だから来た」
俺は小さく笑った。「約束を守れたか」
「守れた」信玄が静かに言った。「摂津を攻める。六万で行く」
軍議を開いた。全員が集まった。
「摂津を攻める」と俺は告げた。「信玄殿が全軍を指揮する。六万を大和から動かしてくれ」
「山城の守りは」と家康が聞いた。
「京と山城の守りに四万残す。摂津が落ちれば、そこから増援を出す」
「秀吉の兵力は五万八千です」昌幸が続けた。「六万対五万八千。わずかな差ですな」
「だからこそ信玄殿の指揮が必要だ」俺は言った。「数ではなく、質で上回る」
信玄が立ち上がった。
「儂から一つだけ言う」信玄が全員を見た。「摂津は秀吉の最後の砦だ。秀吉はここを死守しようとする。消耗戦になる可能性が高い。しかし」
全員が信玄を見た。
「消耗戦になれば、こちらの補給と明智殿の山城からの増援が効いてくる。長引けば長引くほど、有利になる。焦る必要はない。確実に削れ」
翌朝、六万の兵が大和から摂津に向かって動き始めた。
信玄が先頭に立った。忠勝、幸村、政宗が続く。昌幸が後方の補給を担う。家康が全体の補給と情報管理を担う。
六万の大軍が、西に向かって進んでいく。
俺は山城から、《GAME》の〔マップ〕でその動きを確認した。
六万のマーカーが、摂津に向かって動いていく。
秀吉の摂津マーカーが、こちらを向いた。
「気づいた」と俺は呟いた。
摂津攻略戦、初日の激突は俺の想像を超える激しさだった。
秀吉の五万八千が、六万に対して正面から向かってきた。
逃げる気がない。守りに入る気もない。真正面から、ぶつかってきた。
信玄が報告を送ってきた。
「秀吉は野戦を選んだ。城に籠もらなかった。最後の決戦と判断したのかもしれない」
「対応できるか」
「問題ない。ただし時間がかかる」
忠勝が中央に立った。
秀吉の精鋭部隊が、忠勝に向かってきた。
武力の高い将が複数出てきた。忠勝が止めた。しかし、消耗した。幸村が右翼から動いた。
秀吉が即座に対応した。この男の判断は速い。
忠勝が動けば対応する。幸村が動けば対応する。信玄が地形を使えば読んで対応する。
秀吉という男は、戦場での対応力が突出している。
三日間、拮抗した。六万が削れていく。
五万五千になった。五万になった。
俺は山城から増援を出すタイミングを図っていた。
信玄から伝令が来た。
「今だ。山城から増援を出してくれ。二万欲しい」
俺は即座に動いた。
「山城から二万を摂津に送る。すぐに出発させろ」
利三が動いた。二万の兵が、山城を出発して摂津に向かった。
増援が摂津に到着したのは、翌日の昼過ぎだった。
信玄の六万は四万八千まで削れていたが、二万の増援で六万八千になった。
一方、秀吉の兵力は消耗で三万五千まで削れていた。
数の差が、決定的になった。
信玄が全軍に前進を命じた。〔風林火山〕が最大展開した。
忠勝が最後の突進をした。幸村が左翼を完全に崩した。政宗が右翼を制圧した。
秀吉の陣形が、崩れ始めた。初めて、本当に崩れ始めた。
【摂津 明智軍制圧】
しかし、秀吉のマーカーが動いていた。
西に向かっていた。
半蔵から報告が来た。「秀吉、摂津から丹波に向けて退却しています。残存兵力を連れて西に逃れています」
「何人残っている」
「三万と見ます」
信玄から伝令が来た。
「追うか」
俺は即座に返事を書いた。
「追ってくれ。丹波で決着をつける。しかし無理はするな」
信玄が動いた。
摂津から丹波に向けて、追撃が始まった。
俺は《GAME》の〔マップ〕を確認した。
信玄の兵力は摂津での激戦で大きく削れていた。
山城から送った増援を含めても、今の信玄の手元には三万を少し超える程度だ。
秀吉の三万と、ほぼ互角だ。
「山城の残りの兵力を送る」と俺は決めた。
山城に残っていた二万を追加で動かした。
「信玄殿に送る。丹波で使ってくれ」
追撃が続いた。
丹波の山地に、秀吉が逃げ込んでいく。山地での追撃は難しい。しかし、信玄が動きを止めなかった。
半蔵の報告が続いた。「信玄殿の追撃部隊、丹波に入りました」
「秀吉は」
「丹波の山城に入ろうとしています。しかし信玄殿の追撃が速く、城に入りきれていません」
「今だ」
信玄から伝令が来た。
「秀吉を捕捉した。最後の戦いになる。明智殿、来るか」
俺は立ち上がった。「行く」と俺は言った。
利三が「御意」と言った。
義重が隣で静かに言った。「俺も行く」
俺は山城を出発した。
丹波に向かった。
秀吉に向かった。
最後の決着をつけるために。
丹波への道を走りながら、俺は《GAME》の〔マップ〕を確認し続けた。
信玄のマーカーが丹波の中心部で光っている。
秀吉のマーカーが、その前で止まっていた。
「信玄殿が捕捉している」と俺は呟いた。
義重が馬を並べて言った。「信玄殿は待っているな。明智殿が来るまで」
「なぜそう思う」
「あの男は主君を立てる。最後の場面に、主君を呼ぶ」義重が静かに言った。「俺が明智殿に感じるものと同じものを、信玄殿も感じている」
丹波に着いたのは、夕暮れ時だった。
信玄が俺を待っていた。
「来たか」信玄が静かに言った。
「待たせた」
「少しだけな」信玄が続けた。「秀吉はあの丘の向こうにいる。三万が残っている。こちらも同程度だ」
「明日、決着をつける」
「そうだ」信玄が俺を見た。「明智殿、今度は前に出るか」
「出る」
「ならば儂も前に出る」信玄が静かに言った。「主君と並んで戦う。それが儂の望みだ」
丹波の夜が静かに更けていった。
明日、秀吉との最後の戦いが始まる。
遠く東北の星が、暗い夜空で輝いていた。
民が待っている。
信玄との雪の約束が、待っている。
全部、もう少しで叶う。




