第五十四章 反攻、三方向への同時侵攻
一五六七年、四月。
伊勢の春が来ていた。桜が散り始めた頃、俺は軍議を開いた。
二ヶ月間、俺は伊勢で守りを固め続けた。
信玄が設計した防衛線が完成した。秀吉は伊賀と近江に入ったまま、一時停止していた。
畿内の整理が終わっていないのか、それとも俺の出方を見ているのか。
どちらにせよ、この停止が俺たちに時間を与えてくれた。
「反攻する」と俺は言った。
全員が前を向いた。
「守り続けるだけでは、秀吉の勢力拡大を止められない。時間をかければ、秀吉の兵力はさらに増える。今が動くべき時だ」
「作戦を説明する」俺は地図を広げた。
「三方向から同時に動く。大和、伊賀、近江に同時侵攻する」
家康が静かに言った。「三方向に同時に兵力を分散させるのは」
「危険性があることは分かっている」俺は続けた。「しかし、一方向から動けば、秀吉は残りの兵力を集中させる。三方向から動けば、秀吉は全ての方向に対応しなければならない。分散させるのは敵も同じだ」
「まず大和だ」俺は地図を指さした。「大和は秀吉の勢力圏の中心に近い。ここに最大兵力を投入する。六万だ」
全員が地図を見た。
「大和の六万には、信玄殿、幸村、忠勝、家康、昌幸殿、政宗の六人を付ける」
信玄が静かに言った。「六人全員か」
「そうだ。大和は秀吉が最も力を入れている地域だ。最強の布陣で当たる必要がある」
「異論はない」信玄が頷いた。「六人がいれば、大和は取れる」
「二つ目は伊賀だ」俺は続けた。「二万で伊賀を取り返す。伊賀には武田信繁殿と山県昌景殿を付ける」
武田信繁と山県昌景。この時代に蘇った〔不死〕の武将たちだ。
信玄の弟、武田信繁。武田四天王の一人、山県昌景。
この二人が、信玄と共に明智の仲間になっていた。
信繁が静かに言った。「兄上の代わりに働きます」
信繁は信玄の弟だ。川中島で死んだはずの男が、この狂った時代に〔不死〕で蘇っていた。信玄が明智に従った後、信繁も自然と合流していた。
「信繁殿、頼む」と俺は言った。
山県昌景が静かに頷いた。甲斐の戦いで一度俺たちと激突したこともあるが、今は仲間だ。
「三つ目は近江だ」俺は続けた。「二万で近江を攻略する。近江には俺と佐竹義重殿が担当する」
広間が少しざわめいた。
「明智殿が直接動くのですか」と家康が聞いた。
「そうだ」俺は言った。「大和の六人は最強布陣だ。伊賀の信繁殿と昌景殿も信頼できる。近江は俺が直接動く。俺自身が戦わなければならない場面が来ている」
幸村が静かに言った。
「近江に秀吉本人がいる可能性がある」
「知っている」
「二万で秀吉の本軍と当たることになるかもしれない」
「分かっている」俺は幸村を見た。「しかし、俺が近江に出ることで、秀吉の注意を引き付けられる。俺が動けば、秀吉は大和より近江を優先する可能性がある。そうすれば大和の六万が動きやすくなる」
「自分を囮にするということか」
「そうだ」
忠勝が静かに言った。「近江に俺が行く」
「忠勝は大和だ」
「明智殿が近江に行くなら、俺も行く」
「忠勝」俺は言った。「大和の六万に、お前が必要だ。近江は俺と義重殿でやる。義重殿の鬼義重がいれば、戦える」
佐竹義重が静かに言った。「任せろ。明智殿の隣なら、鬼義重の名を賭けて戦う」
忠勝がしばらく間を置いた。「……分かった。大和は任せろ。しかし、明智殿、死ぬな」
「死なない」と俺は答えた。
信玄が俺を見た。
「明智殿、一つだけ言っていいか」
「何だ」
「近江で秀吉と直接ぶつかった場合、《欺瞞》と自分の力を全て使え。遠慮するな」
「分かっている」
「そして義重殿を信じろ。あの男の鬼義重は本物だ。隣にいれば、心強い」
「信じている」
全員が頷いた。
出発の準備が始まった。翌朝、三軍が同時に動き始めた。
大和への六万が、伊勢から西北に向かった。
信玄が先頭に立った。忠勝、幸村、家康、昌幸、政宗が続く。
六万の大軍が動く様子は、壮観だった。
地が揺れているようだった。
伊賀への二万が、伊勢から西に向かった。
信繁が先頭に立った。
昌景が右翼を担った。
静かな、しかし確実な行軍だった。
近江への二万が、伊勢から北西に向かった。
俺が先頭に立った。
義重が隣に並んだ。
「久しぶりに前線だな」と義重が静かに言った。
「そうだな」俺は答えた。「三年ぶりか」
「鬼義重、久しぶりに本気で戦う」義重が短く言った。
行軍しながら、俺は《GAME》の〔マップ〕を確認した。大和の秀吉軍マーカーが動き始めた。信玄の六万の動きを察知したらしい。
「気づいたか」と俺は呟いた。
次に伊賀のマーカーを確認した。
信繁と昌景の二万が、伊賀の国境に近づいていた。
そして近江。俺の二万が、近江に向かっていた。
二日目の夕暮れ。
近江の国境が見えてきた。
半蔵から報告が来た。
「近江に秀吉の軍勢、二万が展開しています」
「二万か」俺は言った。「互角だ」
「しかし」半蔵が続けた。「秀吉本人は近江にいません。大和方面に向かっているようです」
「秀吉は大和を重視しているということか」
「そのようです。六万の軍勢が動いていることを察知して、大和を最重要と判断したようです」
「それは」俺は少し考えた。「俺が囮になる計算が、少し外れた。しかし、大和の六万への対応で秀吉が動いているなら、近江が手薄になる」
「近江の二万は、秀吉の部将が指揮しています。秀吉本人ではありません」
「なら近江は簡単に取れる可能性が高い」
義重が俺の隣で静かに言った。
「明智殿、近江で俺が先頭を行く」
「義重殿、危険だ」
「明智殿が囮になると言った。なら俺が囮の前に立つ。それが俺の役目だ」義重が静かに続けた。「鬼義重と呼ばれた男が、主君の前に立たずして何が鬼か」
俺は義重を見た。〔鬼義重〕。恐怖を感じない男。
「頼む、義重殿」と俺は言った。
翌朝、近江での戦いが始まった。
義重が先頭に立って、近江の秀吉軍に突進した。〔鬼義重〕スキルが展開した。
恐怖を感じない義重の突進が、近江の守備隊に衝撃を与えた。
士気が崩れた。
俺は《GAME》の〔マップ〕で全体を確認しながら、《欺瞞》を準備した。
同時に、大和でも戦が始まっていた。
半蔵から報告が来た。
「信玄殿の六万が大和に突入しました。秀吉本軍と激突しています」
「秀吉の兵力は」
「大和に集結した秀吉の兵力、四万五千と見ます。六万対四万五千です」
「信玄殿なら勝てる」
伊賀からも報告が来た。
「信繁殿と昌景殿、伊賀に入りました。守備隊と交戦中」
「どちらが優勢か」
「信繁殿の軍勢が押しています。昌景殿が補給路を断っています。順調です」
三方向が、同時に動いている。
マップ上で三つの戦場が、同時に赤く輝いている。
近江の戦いは、思ったより早く決着がついた。
義重の突進が、守備隊の士気を完全に崩した。
俺が《欺瞞》を使った。
「大和で秀吉本軍が敗走している」という偽情報を近江の守備隊に流した。
秀吉本人がいない近江の守備隊は、その情報を信じた。抵抗が急速に弱まった。
【近江 明智軍制圧】
「近江を取った」と俺は呟いた。
義重が俺のところに来た。
「取ったな」義重が静かに言った。
「義重殿のおかげだ」
「俺は突撃しただけだ」義重が短く笑った。「明智殿の《欺瞞》が決め手だ」
伊賀からも報告が来た。
【伊賀 信繁殿・昌景殿 攻略完了】
「信繁殿と昌景殿が伊賀を取った」利三が報告した。
「速かった」俺は頷いた。「二人とも見事だ」
大和の報告が、まだ来ない。
四万五千対六万の激戦が、続いているらしい。
俺は《GAME》の〔マップ〕で大和を確認し続けた。
半日後。
大和から報告が来た。
「信玄殿より。大和の主要城を制圧しました。秀吉本軍は後退しています」
【大和 明智軍制圧】
「三方向全て、成功した」と俺は言った。
利三が静かに言った。「大和、伊賀、近江。三ヶ国を同時に取りました」
「信玄殿たちに礼を言ってくれ」
「御意」
夜、俺は近江の城に入った。 本陣を構えた。
《GAME》の〔マップ〕を確認した。
【明智軍 支配領域 二十七ヶ国】
二十七ヶ国になっていた。
半蔵が来た。
「秀吉の動向を報告します」
「聞かせてくれ」
「大和から後退した秀吉本軍、畿内に戻っています。山城と摂津に再集結しています」半蔵が続けた。「秀吉の兵力、六万三千と確認しています。大和での消耗が大きかったようです」
「こちらは」
「近江、伊賀、大和の三戦での消耗を合わせると、現在の総兵力は六万千です」
「ほぼ互角だ」と俺は言った。
「はい。初めて秀吉とほぼ互角の兵力になりました」
信玄が近江に来た。
「三方向全て成功した」信玄が静かに言った。
「信玄殿のおかげだ。大和を取ってくれた」
「当然だ」信玄が短く言った。しかし疲れが顔に出ていた。「しかし、秀吉はまだ生きている。六万三千を持って畿内にいる」
「次が最後の戦いになるかもしれない」
「そうだ」信玄が俺を見た。「明智殿、東北の雪の約束、まだ覚えているか」
「覚えている」俺は答えた。「もう少しだ、信玄殿」
その夜、全員が近江に集まった。
三方向の戦いを終えた仲間たちが、一堂に会した。
信玄、忠勝、幸村、政宗、家康、昌幸、信繁、昌景、義重、利三、半蔵、安東愛季、今川義元。
全員の顔を見回した。全員が疲れていた。
しかし、全員が、生きていた。
「ありがとう」と俺は言った。「全員のおかげで、三ヶ国を取った」
忠勝が静かに言った。
「次が最後か」
「おそらく」
「秀吉と決着をつける」
「そうだ」
「明智殿」忠勝が俺を見た。「今度も前に出るか」
「出る」
「ならば俺も前に出る」
「忠勝」
「主君が前に出るなら、俺が隣にいる。それだけだ」
幸村が静かに言った。「信濃から追いかけてきて、ここまで来た。長かった」
「長かったな」俺は言った。
「しかし、悪くなかった」幸村が静かに笑った。「明智殿についてきて、悪くなかった」
近江の夜が更けていく。
秀吉のマーカーが、山城と摂津で光っている。




