第五十章 伊勢決戦、全てを賭けた戦い
一五六四年、五月。
尾張に六万八千の兵が集結していた。信長の十一万が、伊勢にいる。
このまま待ち続けるのか、それとも動くのか。
俺は三日間、考え続けた。答えは、動くことだった。待ち続ければ、信長が東に来る。
信長が東に動けば、広大な明智の領地が戦場になる。
東北の民が、戦に巻き込まれる。それだけは、避けなければならない。ならば、こちらから西に向かう。戦場を、信長の土地で行う。
「伊勢に向かう」と俺は告げた。
全員が、静かに頷いた。
「作戦を説明する」と俺は続けた。
地図を広げた。
「信長様の十一万は伊勢に集結している。正面から六万八千でぶつかれば、押し潰される。だから三つの手を同時に使う」
「一つ目」俺は指を立てた。「本願寺の顕如上人が、信長様の背後から圧力をかけてくれる。畿内で一向一揆を起こし、信長様の後方を揺さぶる」
「連絡は取れているのですか」と家康が聞いた。
「先週、使者が戻ってきた。顕如上人は了承してくださった」
「二つ目」俺は続けた。「秀吉への情報提供だ。信長様が東に全兵力を集中させているという本当の情報を、秀吉に流す。秀吉が畿内で動けば、信長様は西への対応も迫られる」
「秀吉が動くと思うか?」と政宗が聞いた。
「動く可能性は高い」俺は答えた。「天下を狙う秀吉にとって、信長様が東に兵力を集中させている今は絶好の機会だ」
「三つ目」俺は最後に言った。「信玄殿の地形戦略だ。伊勢は山地と平野が混在している。信玄殿が地形を読んで、信長様の十一万の展開を妨げる。大軍は地形によって機能が制限される。その制限を最大限に活かす」
信玄が静かに頷いた。「伊勢の地形は把握している。儂に任せろ」
「主力の配置を告げる」俺は続けた。
「信玄殿が全体の地形戦略を担う。忠勝が中央の突破力を担う。幸村が遊撃で敵の弱点を突く。政宗が右翼を担う。家康が補給と後方支援を担う。俺は全体を指揮しながら、《欺瞞》と《GAME》を最大限に使う。今回は全ての手を使う。策も、地形も、同盟も、俺の力も、全部だ」
出発の前夜。俺は一人で尾張の城に残った。全員が休んでいる。俺だけが、眠れなかった。《GAME》の〔データ〕を開いた。
【織田信長〔不死〕〔第六天魔王〕伊勢 兵力十一万二千】
【明智軍 尾張 兵力六万八千】
差は変わらない。しかし、もう迷わない。俺は筆を取った。信長への最後の文を書いた。
「信長様へ。明智光秀が最後の戦いに参ります。本能寺の件、ずっと謝罪してきました。しかし、あなたは『死ね』と言われた。だから戦います。東北の民のために。仲間のために。そして、俺自身のために。明智光秀」
文を封じた。使者に渡した。
翌朝、六万八千が尾張を出発した。西に向かって。伊勢に向かって。信長に向かって。伊勢に入ったのは、三日後だった。
信長の軍勢が、伊勢の平野に展開していた。
十一万という数が、どういうものか。
マップ上でも、実際に目で見ても、圧倒的だった。
地平線まで、織田の旗が並んでいる。永楽通宝の旗印が、風に揺れている。
俺はその光景を、馬上から見た。
「信長様」と俺は心の中で言った。「来ました」
信玄が地図を広げた。
「伊勢の地形を確認した」信玄が静かに言った。「北側に山地がある。南側は海に近い。東から西に抜ける川が二本。この地形を使えば、十一万の展開を制限できる」
「どこで受ける」
「川の手前だ」信玄が指さした。「川を挟んで対峙すれば、十一万が一度に渡れない。渡河に時間がかかる。その間に削れる」
「分かった。任せる」
本願寺への連絡が来た。
「顕如上人より。畿内で一向一揆を起こしました。信長公の後方が揺れています」
俺は《GAME》の〔マップ〕を確認した。
畿内で、信長の後方部隊が動き始めていた。
「一つ目の手が機能している」と俺は呟いた。
秀吉からの反応が来た。
半蔵が報告した。
「秀吉、信長公の兵力が東に向いていることを確認して、畿内で動き始めています。信長公の西側への圧力が生まれています」
「二つ目の手も機能した」
俺は《欺瞞》を準備した。今回の内容は一つだ。
「信長の本陣が、北の山地から攻撃を受けている」という偽情報を、信長の前衛部隊に流す。
実際には山地に俺の兵はいない。しかし信玄が山地に斥候を忍ばせている。その動きが、信長の斥候に察知されれば、信憑性が増す。
「《欺瞞》発動」と俺は言った。
信長の前衛が一時停止した。北の山地への警戒が強まった。
一万五千が北方への対応のために割かれた。
十一万二千が、九万七千の機能になった。
そのとき。
半蔵が飛んできた。
「信長公から返事が来ました」
「俺の文への返事か」
「はい」半蔵が文を渡した。
俺は開いた。
短い文だった。
前回の「死ね」より長い。
「光秀、お前は面白い男だった。しかし、謀反は謀反だ。今日、決着をつける。信長」
俺は文を読んだ。
もう一度読んだ。
「面白い男だった、か」と俺は呟いた。
過去形だ。
信長様は、今日俺を倒すつもりでいる。
俺も、今日決着をつけるつもりだ。
「行くぞ」と俺は言った。
戦が始まった。
川を挟んで、明智と織田が向かい合った。
信長の十一万が、川の西側に展開している。
俺の六万八千が、川の東側に展開している。
最初の動きは、信長だった。
前衛部隊が川を渡り始めた。
〔第六天魔王〕スキルが展開している。
鉄砲の音が響いた。
整然とした射撃が、俺の前衛を削り始めた。
「散開しろ」と俺は命じた。「密集を避けろ。鉄砲の効果を最小化しろ」
信玄が動いた。
「川の上流を渡れ。川幅が狭いところがある」信玄が指示を出した。「そこから迂回して、織田の側面を突く」
一万が上流に向かった。
信長が気づいた。
しかし、対応が遅かった。
上流から明智の一万が、織田の左翼に現れた。
忠勝が中央に突進した。
川を渡りながら、鉄砲の射撃を受けながら、それでも止まらなかった。
この男は本当に止まらない。
川を渡り切った忠勝が、織田の前衛に突入した。
轟音のような激突が起きた。
幸村が動いた。
川の南側の浅瀬を見つけていた。
半蔵の事前調査で把握していた場所だ。
幸村の遊撃隊八千が、浅瀬を渡って南から回り込んだ。
織田の右翼が、突然の側面攻撃を受けた。
三方向からの圧力。
中央の忠勝。
左翼への信玄の迂回部隊。
右翼への幸村の遊撃隊。
それでも信長の十一万は崩れなかった。〔第六天魔王〕が、全軍の対応力を高めていた。
素早く、崩れた箇所を立て直す。
信長本人が、戦場の中央近くで指揮を執っていた。
俺は《GAME》の〔マップ〕を見続けた。
信長のマーカーが、動き回っている。
崩れそうな箇所に、信長が現れる。
立て直される。
また押す。
また立て直される。
消耗戦が続いた。
二日目。
俺の兵力が六万を切った。
信長の兵力も八万を切っていた。
削れている。しかしまだ差がある。
そのとき、後方から報告が来た。
「顕如上人より急報。畿内で信長公の後方部隊が一向一揆の対応に追われています。信長公に二万の兵力を後方に割いてほしいという圧力が来ているようです」
《GAME》の〔マップ〕で確認した。
信長の本陣から、二万のマーカーが西に引き始めた。
八万が、六万になった。
「今だ」と俺は言った。
全軍に命令を出した。
「全力で押せ。今が機会だ」
信玄が〔風林火山〕を最大展開した。
「山の如く動かず、火の如く攻め、風の如く動け」
全軍が一斉に前進した。
忠勝が中央を突破した。
幸村が右翼を崩した。
政宗が左翼を押した。
信長が前線に出てきた。〔第六天魔王〕が最大展開した。「敵の戦意を根本から崩す」スキルが発動した。
俺の兵の一部が、動きを止めた。
心理的な圧迫が、兵の足を止めた。
「《欺瞞》第二弾」と俺は決断した。
「信長の首が取れた」という情報を、織田の全軍に流す。
嘘だ。信長は生きている。
しかし、この情報が流れた瞬間、織田の兵に動揺が走った。
一瞬の、しかし、確かな動揺が走った。
忠勝がその一瞬を逃さなかった。
信長の本陣に向かって突進した。
幸村が側面から切り込んだ。
信玄が全軍を押し込んだ。
信長と忠勝が、正面からぶつかった。〔第六天魔王〕対武力100。
轟音のような激突だった。
忠勝が押された。
しかし、幸村が側面に入った。
信玄が後ろから押した。
三人が、信長を囲んだ。
長い戦いだった。
三人がかりで、信長を押した。
信長は崩れなかった。
一人で三人を相手にして、崩れなかった。〔第六天魔王〕の力は、本物だった。
しかし、その時、後方から急報が来た。
「秀吉の軍勢が、信長公の西側に現れました。信長公の退路を塞ぐ動きです」
《GAME》の〔マップ〕を確認した。
秀吉のマーカーが、信長の西に現れていた。
情報を提供した効果が、ここで出た。
信長が、初めて迷った。
東に俺たち。
西に秀吉。
後方に本願寺の一向一揆。
三方向からの圧力が、同時にかかった。
信長が動いた。退いた。初めて、信長が退いた。信長が全軍に撤退の指示を出した。
素早い。整然とした撤退だ。
さすがに信長様だ、撤退しながらも崩れない。
幸村が「追うか」と聞いた。
「追う」と俺は言った。「しかし、無理はするな。深追いはしない」
追撃が始まった。
しかし、信長の撤退は速かった。〔第六天魔王〕の判断力が、撤退の速度を上げていた。
俺の追撃部隊が追いきれない。
半蔵から報告が来た。
「信長公、伊賀に向かっています。伊賀の山地に入り込んでいます」
「伊賀か」と俺は呟いた。
「追いますか」
「伊賀は山地だ。信長様の撤退部隊が山の中に入れば、追跡が困難になる」俺は答えた。「これ以上の追撃は無意味だ。止める」
追撃を止めた。
信長は伊賀に逃れた。
伊勢の戦場が、静かになった。
明智軍勝利、俺は戦場に立っていた。伊勢の平野に、織田の旗が落ちている。永楽通宝の旗が、地に落ちている。
利三が隣に来た。「勝ちました、十兵衛様」
「ああ」と俺は言った。
「信長公は伊賀に」
「逃れた。まだ、兵力がある目は死んでいない。しかし、伊勢を取った。それは事実だ」
信玄が来た。
「明智殿」
「何だ」
「信長に勝った」信玄が静かに言った。「伊勢の戦いで、勝った」
「しかし、信長様はまだ生きている」
「そうだ」信玄が俺を見た。「しかし今日の勝利は本物だ。十一万対六万八千で、勝った。本願寺、秀吉、地形、《欺瞞》。全てを使って、勝った」
忠勝が来た。
「信長と戦った。勝った」忠勝が静かに言った。「俺の主君は、信長に勝った」
幸村が来た。「明智殿、よくやった」
「お前たちのおかげだ」
「俺たちの主君のおかげだ」幸村が静かに言った。「諦めない男について来て、よかった」
政宗が来た。「白装束で降伏した日から、ここまで来た」政宗が静かに言った。「感慨深い」
「政宗」と俺は言った。
「何だ」
「ありがとう」
政宗が短く頷いた。
その夜、伊勢の本陣で俺は一人になった。《GAME》の〔マップ〕を開いた。
伊賀の山中に、織田信長のマーカーが光っている。
信長は生きている。
まだ終わっていない。
しかし、伊勢を取った。
勝利は本物だ。
俺は懐から「死ね」の文を取り出した。
最後にもう一度、見た。
「信長様、負けませんでした」と俺は呟いた。「まだ終わっていない。しかし今日は、負けませんでした」
文をそっと折りたたんだ。
懐にしまった。
まだ捨てない。
信長との決着が、完全についていない。
《GAME》の〔マップ〕の伊賀で、織田信長のマーカーが静かに光っている。
しかし、伊勢と美濃と尾張が明智の色に染まっていた。
信長様の領地が、確実に縮まっていた。




