第四十八章 尾張奪還と、美濃攻略、そして絶望の数字
一五六四年、四月。
雪が溶け始めた。
信濃の山道に、水が流れ始めた。
春が来た。
動ける季節が来た。
俺は軍議を開いた。
「反撃を始める」と俺は言った。
全員が頷いた。冬の間、全員が準備を続けていた。
「まず尾張を取り返す。政宗に頼みたい」
政宗が静かに前を向いた。「俺が尾張を取るのか」
「そうだ。政宗なら尾張の地形も把握している。速攻で落とせる」
「信長公は尾張にいるのか」
「半蔵の話では尾張に信長様がいる。しかし」俺は続けた。「信長様の本軍は美濃にいる可能性がある。尾張の守備は薄いかもしれない」
「兵力はいくつもらえる」
「一万五千だ」
政宗が少し間を置いた。「分かった。やってみる」
政宗が一万五千を率いて、三河から尾張に向かった。
出発の朝、俺は政宗に言った。「無茶はするな」
「前も言ったが、難しい」と政宗が答えた。
「それでも言う」
政宗が短く笑った。「分かった。精一杯やる」
馬を進めた。
信濃では、美濃攻略の準備を進めた。
信玄、忠勝、幸村を中心に、二万の兵を整えた。
冬の間に回復した兵力が、実を結び始めていた。
三日後。
政宗から報告が来た。
「尾張に入った。守備兵は薄かった。信長公の本軍は美濃にいる模様。今から尾張の主要城を落とす」
さらに二日後。
「尾張の主要城、全て制圧。信長公の本隊は美濃に引いた。尾張を取った。守りを固める」
俺は息を吐いた。「政宗が尾張を取った」
利三が静かに言った。「速かったですな」
「政宗だからだ」俺は頷いた。「次は美濃だ」
信玄、忠勝、幸村に告げた。「美濃に向かってくれ。信長様の本軍がいる可能性がある。慎重に、しかし確実に」
「どんな布陣で行く」と信玄が聞いた。
「信玄殿が全体を指揮してほしい。忠勝が中央、幸村が遊撃だ」
「分かった」信玄が頷いた。「美濃は地形が複雑だ。儂が一番よく読める」
翌朝、三人が二万を率いて、信濃を出発した。
美濃への道を、西に向かって進んだ。
美濃に入ったのは、三日後だった。
信長の軍勢が、美濃の各所に展開していた。
しかし、本軍の規模が想定より小さかった。
「信長様の主力は、まだ別の場所にいるのかもしれない」と信玄が報告を送ってきた。
「どう判断するかは信玄殿に任せる」と俺は半蔵に報告を持たせた。
二日後。信玄より報告が来た。「構わず進む。美濃の各城を落としながら前進する」
「任せる」俺は心で呟く。
美濃攻略戦は、思ったより順調に進んだ。
信玄の地形の読みが冴えていた。
山地の多い美濃で、〔風林火山〕が効果的に機能した。
忠勝が要所要所で突破口を開いた。
幸村が遊撃で、信長の援軍を各個撃破した。
五日間の戦いで、美濃の主要城が次々と落ちた。
信玄から報告が来た。
「美濃を制圧した。信長公は伊勢の方向に移動している。追うか」
俺は即座に答えた。
「追うな。美濃を固めてくれ。信長様の動きを監視しながら、守りに入れ」
半蔵に信玄への命令書を渡した。
半蔵から続報が来た。
「信長公、伊勢に移動しています。秀吉との関係を含め、畿内の整理をしているようです」
「信長様が伊勢に逃げたということか」
「逃亡というより、再編成と見ます。信長公は次の手を考えています」
政宗への伝令を飛ばした。
「尾張の守りを固めてくれ。信長様は伊勢に移動した。次の動きに備えてくれ」
政宗からの返事。
「尾張は任せろ。しかし信長公が再び動いたとき、俺だけでは厳しい。増援の準備を頼む」
政宗からの返事に「分かった。準備する」と俺は書いて政宗に送る。
俺は尾張と美濃に全体の兵力を集め始めた。
信濃の守備を最小限にして、前線に送る。
東北と越後の守備は、昌幸と家康に任せた。
「信長様との決着が近い」俺は感じていた。「ここで力を集中させなければならない」
兵力を集めながら、俺はマップを確認していた。
尾張と美濃が明智の色に染まっている。
その西に、伊勢で信長のマーカーが光っている。
数を確認しようとした。《GAME》の〔データ〕の数値を開いた。
俺は固まった。
【織田信長〔不死〕〔第六天魔王〕伊勢 兵力十一万二千】
十一万二千。
俺は目を疑った。
もう一度確認した。
変わらない。
十一万二千。
(いつのまに!!)
「半蔵」と俺は呼んだ。
気配もなく現れた。
「信長様の兵力を調べてくれ。俺の情報だと十一万二千と出ているが、本当か」
「調査します」半蔵が消えた。
一時間後、半蔵が戻ってきた。
「調査結果を報告します」
「言ってくれ」
「信長公の総兵力、確認できた数字で十万八千から十二万の間と見ます」半蔵が静かに続けた。「伊勢と畿内で兵を集め続けています。秀吉との戦いで消耗した分を、急速に補充しています。さらに西国の大名からの援軍も含まれています」
俺は地図を広げた。
自分の兵力を《GAME》の〔データ〕確認した。
【明智軍 現在総兵力 五万七千】
五万七千対、十一万。
約二倍だ。
信長様の兵力が、俺の二倍ある。
信玄を呼んだ。
「半蔵の報告を確認してくれ」
信玄が半蔵の報告書を見た。
少し間を置いた。
「十一万か」信玄が静かに言った。
「そうだ」
「儂の最盛期でも、これだけの兵を集めたことはない」信玄が続けた。「信長は本気だ。天下を固めながら、俺たちを一気に潰しにきている」
「どう思う」
「正面からは無理だ」信玄が静かに言った。「五万七千対十一万。地の利があっても、倍の兵力差は埋められない」
忠勝を呼んだ。
「信長の兵力を確認してくれ」
忠勝が半蔵の報告書を見た。
長い沈黙だった。
「十一万か」忠勝が静かに言った。
「ああ」
「正面からは当たれない」忠勝が続けた。
「五万七千では、押し潰される」
「分かっている。だから別の手が必要だ」
「別の手とは」
「今は考えている」
幸村を呼んだ。
「信長の兵力を確認してくれ」
幸村が半蔵の報告書を見た。
静かに数字を見た。
「……二倍か」幸村が言った。
「そうだ」
「笑えない数字だな」幸村が静かに言った。
「笑えない」
「明智殿、どうするつもりだ」
「まず兵力を集める」俺は言った。「尾張と美濃に全体の戦力を集中させる。そこから戦略を立て直す」
全員に号令を出した。
「尾張と美濃に兵力を集める。各地から動かせる兵を全部送れ」
昌幸から伝令が来た。
「東北の守りはどうしますか。最低限の兵を残す必要があります」
「最低限でいい。残りは全部送ってくれ」と昌幸に返答を送った。
家康から伝令が来た。「越後の兵も動かしますか」
「動かせる分は全部動かせ。越後の最低限の守りだけ残して」と家康に返答を送った。
家康から返事が来た。「分かりました。しかし十一万相手に、どう戦うつもりですか」
「それを今から考える」俺は悩みながら返事を書いた。
兵力の集結が始まった。
東北から、越後から、常陸から、下野から、兵が尾張と美濃に向かって動き始めた。
《GAME》の〔マップ〕上で、明智の兵力マーカーが尾張と美濃に集まっていく。
数日後、集結した兵力を《GAME》の〔データ〕で確認した。
【明智軍 尾張・美濃集結兵力 六万三千】
六万三千。
全体の兵力を総動員して、六万三千だ。
信長の十一万に対して、六万三千。
まだ二倍近い差がある。
政宗が俺のところに来た。
「兵が集まってきたな」
「ああ。しかし足りない」
「十一万相手に六万三千か」政宗が静かに言った。「数字だけ見れば、詰んでいる」
「数字だけ見れば、な」俺は答えた。
「数字以外の何かがあるということか」
「考えている」
信玄が俺の隣に来た。
「明智殿、一つ提案がある」
「聞かせてくれ」
「儂と謙信は、長年川中島で戦い合った」信玄が静かに言った。「双方が三万前後の兵力で、どちらも決定的な勝利を得られなかった。しかし、なぜ儂たちが戦い続けられたか、分かるか」
「なぜだ」
「地形だ」信玄が続けた。「信濃の地形が、大軍の展開を妨げた。二倍の兵力があっても、地形によって数の優位が消える。明智殿には今、尾張と美濃がある。この地形を最大限に活かせば、十一万の兵力差を埋められる可能性がある」
俺は地図を見た。
尾張と美濃の地形を確認した。
美濃は山地が多い。川が多い。大軍が展開しにくい地形だ。
「美濃で受ける」と俺は言った。「信長様の十一万を美濃の地形で削る。正面からではなく、地形を使った消耗戦だ」
「それだ」信玄が頷いた。「美濃の地形は儂が一番よく知っている。設計を任せてくれ」
「頼む、信玄殿」
忠勝が静かに言った。
「もう一つ手がある」
「何だ」
「本願寺だ」忠勝が続けた。「信長公への抵抗を続けている。信長公の兵力が東に集中している今、本願寺が背後を突けば、信長公は二方向への対応を迫られる」
「本願寺に追加の協力を求めるか」
「試みる価値がある」
幸村が静かに言った。「もう一つある」
「言ってくれ」
「秀吉だ」幸村が続けた。「信長公と秀吉は今も対立している。秀吉が信長公の背後を突けば、信長公は東に集中できなくなる」
「秀吉と組むということか」
「組む必要はない」幸村が静かに言った。
「ただ、信長公が東に向かっているという情報を秀吉に流せば、秀吉が動くかもしれない。《欺瞞》ではなく、本当の情報を」
俺は全員を見た。
地形を使った消耗戦。
本願寺への追加協力要請。
秀吉への情報提供。
三つの手が、同時に浮かんだ。
「全部やる」と俺は言った。「一つでも機能すれば、十一万との差を縮められる」
夜、俺は一人で《GAME》の〔データ〕を見た。
【織田信長 兵力十一万二千】
【明智軍 兵力六万三千】
数字を見るたびに、胃が痛くなった。
しかし、不思議と絶望していなかった。
信玄がいる。
忠勝がいる。
幸村がいる。
政宗がいる。
家康がいる。
昌幸がいる。
利三がいる。
全員が隣にいる。
俺は懐から「死ね」の文を取り出した。
「信長様」と俺は呟いた。「十一万か。確かに果てしない数字だ。しかしまだ諦めていない」
窓の外で、美濃の春の風が吹いた。
桜が咲き始めていた。
《GAME》の〔マップ〕の織田信長のマーカーが、伊勢で赤く輝いていた。
最大の戦いが、近づいてきていた。




