第四十七章 雪の宴と、三河の説教
一五六三年、十一月。
雪が降り始めた。
信濃の山々が、白く染まっていった。
一日、二日と降り続けて、三日目には街道が完全に埋まった。
《GAME》の〔マップ〕を確認した。
美濃攻略中の信玄のマーカーが、美濃と信濃の国境付近で止まっていた。
半蔵から報告が来た。
「信玄殿より急報。雪で街道が塞がれています。美濃への進軍が困難になりました。どうしますか」
俺は即座に答えた。
「信玄殿を信濃に戻してくれ。雪の中で無理に進軍する必要はない」
「御意」
信玄が信濃に戻ってきた。
雪まみれの甲冑のまま、本陣に入ってきた。
「戻ってきた」信玄が静かに言った。
「ご苦労だった。美濃はどこまで進んだ」
「入り口の二城を落とした。しかし雪で止まった」信玄が続けた。「春になれば再開できる」
「そうしよう」俺は頷いた。「今は動けない。冬は守りに徹する」
《GAME》の〔マップ〕を確認した。
信長のマーカーが尾張で止まっている。
雪で動けないのは、信長も同じだ。
政宗と忠勝が三河で守りを固めている。
幸村が信濃で遊撃の準備を維持している。
謙信は滅んだ。
北条は滅んだ。
越後も上野も岩代も、明智の色に染まっている。
利三が静かに入ってきた。
「十兵衛様、現在の支配領域を確認しました」
「何ヶ国だ」
「二十ヶ国です」利三が続けた。「東北六ヶ国、磐城、常陸、下野、下総、武蔵、相模、安房、甲斐、駿河、遠江、信濃、越後、上野、岩代。合わせて二十ヶ国です」
俺は利三を見た。
「二十ヶ国か」
「はい」
遠江から逃げ出したあの夜。
一国も持っていなかった男が、二十ヶ国を持っている。
しばらく、その数字を噛みしめた。
「宴会をやる」と俺は言った。
利三が目を丸くした。「宴会ですか」
「大宴会だ」俺は言った。「二十ヶ国の統治を祝う。そして、謙信公に献杯を捧げる」
利三が静かに頷いた。「分かりました。準備します」
宴会の準備に三日かかった。
雪の信濃の城で、大広間に全員が集まった。
信玄、忠勝、幸村、政宗、家康、昌幸、利三、半蔵、安東愛季、佐竹義重、今川義元。
越後から家康が来た。
三河から政宗と忠勝が一時戻ってきた。
東北から昌幸が来た。
全員が揃った。
俺は上座に座って、全員を見回した。
「今夜は二十ヶ国の統治を祝う宴だ」と俺は言った。「京から逃げ出したあの夜から、ここまで来た。全員の力があったから、ここまで来られた。感謝している」
誰も口を開かなかった。
静かに、しかし確かに聞いていた。
「そして」俺は盃を持ち上げた。「一人のために献杯したい」
全員が盃を持った。
「上杉謙信公」と俺は言った。「義の人だった。最後まで義を貫いた。俺たちと戦い続けたが、その義を俺は心から敬う。謙信公の民は、俺が守る。その約束を今夜、ここで改めて誓う」
信玄が静かに盃を持ち上げた。
「天晴なり」と信玄が静かに呟いた。
全員が盃を上げた。
「謙信公に」と俺は言った。
「謙信公に」と全員が続いた。
全員が盃を飲んだ。
宴が始まった。
最初は静かだった。
謙信への献杯の後だ。すぐに賑やかにはなれない。
しかし、酒が進むにつれて、少しずつ声が大きくなっていった。
信玄が昌幸に話しかけていた。
「お前のような守りの男は、信玄の陣にも欲しかった」
「ありがとうございます」昌幸が穏やかに笑った。「しかし、信玄公の下では、儂の出番はなかったと思います。あの軍勢には、守りより攻めが必要でしたから」
「それはそうだな」信玄が短く笑った。
忠勝と佐竹義重が、黙って向かい合って飲んでいた。
二人とも無口だ。しかし何かが通じているらしく、時々短く言葉を交わした。
「強い」と忠勝が言った。
「お前も強い」と義重が言った。
それだけで、二人は満足そうだった。
政宗が家康の隣に座っていた。
「家康殿、越後は落ち着いているか」
「今のところは」家康が静かに答えた。「しかし、謙信公の影響を受けた豪族が、まだ完全には従っていない者もいます」
「時間がかかるものだ」政宗が続けた。
「俺も陸前を治めるとき、時間がかかった」
「政宗殿は上手くやりましたな」
「明智殿が民を大切にする方針を取っているからだ。それが基本にあれば、時間をかければ必ず安定する」
今川義元が、静かに盃を傾けていた。
俺が近づいて隣に座った。
「義元殿、楽しんでいるか」
「楽しんでいる」義元が静かに言った。
「こういう宴に加えてもらえると思っていなかった」
「なぜだ」
「駿河を攻めた。信長公の誘導に乗って、明智殿を裏切った」義元が続けた。「それなのに、こうして仲間として招かれている」
「過去のことだ」俺は言った。「義元殿は今、俺の仲間だ。それだけだ」
義元が静かに頷いた。「……桶狭間で死に、この時代で蘇り、また負けた。しかしこういう夜を迎えられるとは思わなかった」
宴の中盤、半蔵が静かに俺の隣に来た。
「明智殿、少し」
「何だ」
「こういう場では言いにくいのですが」半蔵が続けた。「三河の守りが薄くなっています。政宗殿と忠勝殿がここに来ているため」
「分かっている」俺は言った。「一夜だけだ。明日には戻ってもらう」
「御意」半蔵が消えた。
深夜になって、宴が佳境に入った。
信玄が珍しく、少し酔った顔をしていた。
「明智殿」信玄が俺を呼んだ。
「何だ」
「東北の雪は、どんな色をしている」信玄が聞いた。
「白だ」俺は答えた。
「白か」信玄が静かに言った。「越後の雪とは違うか」
「同じかもしれない。しかし、東北の雪は、なんというか、静かだ。音が消える」
「音が消える雪か」信玄が目を細めた。
「見てみたい」
「春が来たら連れて行く」俺は約束した。「必ず」
信玄が短く笑った。
【武田信玄 忠誠100】
《GAME》の〔データ〕を見た。変わらない。最大値のまま。
宴が終わったのは、夜明け前だった。
全員が少しずつ引き上げていく。
政宗と忠勝が、明日の朝に三河に戻ることになっていた。
幸村が「今夜は久しぶりに眠れる」と言って去っていった。
利三が後片付けを指示しながら、俺に湯呑を持ってきた。
「良い宴でしたな」と利三が言った。
「ああ」俺は答えた。「謙信公に届いているといいんだが」
「届いていると思います」利三が静かに言った。
翌朝、政宗と忠勝が三河に戻った。
幸村も遊撃隊の位置に戻った。
雪の信濃が、また静かになった。
十二月に入った。
雪がさらに深くなった。
俺は本陣で書類と格闘していた。
二十ヶ国の統治は、書類の山を意味する。
家康が整えた奉行制度のおかげで、だいぶ楽になっていたが、それでも量が多い。
十二月の第二週。
半蔵が飛んできた。
「三河に織田の軍勢が動いています」
俺は立ち上がった。
「雪の中を動いたのか」
「信長公の軍勢は、雪中行軍を得意としているようです。尾張から三河に向けて、二万の軍勢が動いています」
「政宗と忠勝は」
「把握しています。現在、三河の守りを固めています」
俺は即座に幸村への伝令を飛ばした。
「三河に向かってくれ。政宗と忠勝の援護に入れ」
幸村からの返事が来た。「了解。八千の遊撃隊を率いて三河に向かう」
三日間、俺は信濃の本陣で《GAME》の〔マップ〕を見続けた。
三河で、政宗、忠勝、幸村の三人が、信長の二万と戦っている。
報告が毎日届く。
「激戦が続いています」
「政宗殿が中央を守っています」
「忠勝殿が信長の精鋭を抑えています」
「幸村殿の遊撃隊が側面を突いています」
四日目の朝。
「信長公の軍勢、撤退を開始しました」
俺は息を吐いた。
「三人が撃退したか」
「はい。三河は守られました」
しかし、撤退の報告から二日後。
政宗、忠勝、幸村の三人が、信濃の本陣に来た。
戦の報告のためだと思っていた。
しかし、三人の顔がいつもと違った。
三人が揃って座った。
政宗が最初に口を開いた。
「明智殿に言いたいことがある」
「何だ」と俺は聞いた。
「宴会のことだ」政宗が静かに、しかしはっきり言った。「十二月に信長公が動いてくると分かっていたはずだ。なぜ俺たちを信濃に呼んだ」
俺は少し固まった。
「雪で信長様は動けないと判断した。一夜だけならと思って」
「その判断が甘かった」政宗が続けた。
「信長公は雪中行軍ができる。俺たちが宴会をやっている間に、準備を進めていた可能性がある」
「しかし、撃退できた」
「できた」政宗が静かに言った。「しかし際どかった。俺と忠勝だけでは、危なかった。幸村の遊撃隊が来なければ、三河が落ちていた可能性がある」
忠勝が続いた。「明智殿」忠勝が静かに言った。
「何だ」
「謙信公への献杯の気持ちは分かる。二十ヶ国の統治を祝う気持ちも分かる。しかし」
「しかし?」
「信長公との戦いが終わっていない。戦が終わる前に、宴会で全員を集めるのは危険だ」忠勝が真剣な目で俺を見た。「主君が油断すれば、家臣も油断する。三河で信長の軍勢が来たとき、俺は一瞬、気が緩んでいた。それが怖かった」
幸村が最後に言った。「明智殿」
「何だ、幸村」
「俺から一つだけ言わせてくれ」幸村が静かに言った。
「言ってくれ」
「宴会は悪くない。仲間の絆を深めることは大事だ。しかし、信長公との戦いが続いている今、全員を一ヶ所に集める宴会は、危険性が高すぎる」幸村が俺を見た。「しかも謙信公への献杯で気分が高揚していた。俺自身も、少し気が緩んでいた。それが正直なところだ」
広間が静まり返った。
三人が、真剣な顔で俺を見ていた。
説教だ。
三人から、同時に説教を受けている。
俺は少し間を置いた。
「……正しい」と俺は言った。
「明智殿」と政宗が言った。
「全部正しい。俺の判断が甘かった。雪で信長様が動けないと思い込んでいた。謙信公への献杯に気持ちが向きすぎていた。反省する」
三人が少し表情を緩めた。
「責めているわけではない」と政宗が言った。「ただ次からは気をつけてほしい」
「気をつける」俺は頷いた。
「謙信公への献杯の気持ちは、俺も同じだ」と忠勝が静かに言った。「悪いことではない。しかし、やって良い日を選ぶべきだった」
「そうだな」
「信長公を倒した後、また宴会をやれ」と幸村が言った。「そのときは思い切りやればいい」
俺は三人を見た。
「ありがとう」と俺は言った。「正直に言ってくれて、ありがとう」
政宗が短く頷いた。
忠勝が無言で頷いた。
幸村が静かに言った。「礼はいい。次から気をつければいい」
三人が去った後、俺は一人で残った。
利三が静かに入ってきた。
「聞いていたか?」と俺は聞いた。
「少し」と利三が正直に答えた。
「正しいことを言っているか?」
「正しいと思います」利三が静かに続けた。「しかし、十兵衛様が謙信公への献杯をしたかった気持ちも、正しいと思います。どちらも正しい。ただ日和が、少し早かった」
「そうだな」俺は頷いた。「信長様を倒してから、また宴会をやる」
「その方がよろしいかと思います」利三が穏やかに言った。「そのときは、もっと晴れやかな気持ちでできます」
夜、俺は《GAME》の〔マップ〕を見た。
三河が守られている。
信長のマーカーが尾張に戻っている。
雪の信濃が、静かだ。
俺は信長の「死ね」の文を取り出した。
二文字を見た。
「信長様、俺はまだ死んでいません」と俺は呟いた。「しかし、今夜は説教を食らいました。あなたのせいですよ」
誰にも聞こえない言葉だった。
しかし、俺は少し笑った。
幸村の言葉が頭に残っていた。
「信長公を倒した後、また宴会をやれ。そのときは思い切りやればいい」
そうだ。
次の宴会は、本当の祝いの席にする。
信長との決着をつけた後で。
全員が揃って、思い切り飲める夜に。
雪が降り続いている。
信濃の夜が、静かに更けていく。
春が来れば、また動ける。
美濃を突ける。
信長と、最後の決着をつけられる。
《GAME》の〔マップ〕の尾張で、織田信長のマーカーが静かに輝いていた。




