第四十六章 信濃再集結、嵐の前の陣立て
岩代を出発してから、二日間、俺は馬を走らせ続けた。
休む時間が惜しかった。
政宗から来る伝令が、一日に何度も届く。
「信長公の先鋒が三河に入ってきた。今のところ抑えている。しかし早く戻ってくれ」
「信長公本人が動いている。三河の守りが厳しくなっている」
「まだ守れている。しかし時間がない」
政宗が踏みとどまっている。
この男が「まだ守れている」と言っている間は、信じる。
しかし、急がなければならない。
信濃に戻ったのは、三日目の夜だった。
本陣の城に入った瞬間、利三が飛んできた。
「十兵衛様、お帰りなさい」
「政宗の状況は」
「今のところ、三河で踏みとどまっています。しかし信長公の本軍が迫っています」
「信長の兵力は」
「四万三千と確認されています」
俺は頷いた。
「全員を集めてくれ。今夜、軍議を開く」
深夜の軍議だった。
全員が疲れていた。
岩代から戻ってきたばかりの信玄、忠勝、幸村も、まだ消耗が残っている。
しかし、誰も休もうとしなかった。
「状況を整理する」と俺は言った。
地図を広げた。
「信長様の本軍四万三千が、三河に向かっている。政宗が一万二千で食い止めている。このままでは政宗が消耗しきる」
「どうするつもりですか」と家康が聞いた。
「信濃を中心に、主力を再配置する」俺は地図を指さした。「信玄殿、忠勝、幸村の三人を信濃に置く。ここから三河と美濃の両方に動ける体制を作る」
「美濃を攻めるつもりですか」と昌幸が聞いた。
「美濃は信長様の背後だ」俺は静かに言った。「信長様が三河に向かっている間に、美濃を突く。背後を脅かされれば、信長様は三河への進軍を止めざるを得ない」
信玄が地図を見た。
「美濃攻略と三河遊撃を同時にやるということか」
「そうだ。信玄殿に美濃を任せたい。忠勝には三河の政宗を援護してほしい。幸村には信濃から動ける遊撃部隊を率いてもらう」
「遊撃とはどういう意味だ」と幸村が聞いた。
「美濃と三河の間で自由に動いてほしい。どちらが危うくなっても、すぐに対応できる位置で待機してくれ」
忠勝が静かに言った。「三河の政宗は今どういう状態だ」
「踏みとどまっている。しかし一万二千対四万三千だ。時間の問題だ」
「俺が行けば変わる」忠勝が言った。「政宗と俺が組めば、信長の本軍の足を止められる」
「そのつもりだ」俺は頷いた。「忠勝を三河に送る。政宗の援護に入ってくれ」
「いつ動く」
「明日の朝一番だ。信長様が三河を突破する前に、忠勝が入らなければならない」
家康が静かに聞いた。
「美濃攻略の兵力はどうしますか。信玄殿に何人を付ければいいですか」
「一万五千を信玄殿に渡す」と俺は答えた。「美濃の守備兵は薄いはずだ。信長様が三河に主力を向けているから、美濃が手薄になっている。一万五千あれば十分だ」
「信濃の残存兵力は」
「忠勝の援護隊を引いて、幸村の遊撃隊を引いて、俺の本陣兵が残る」俺は計算した。「信濃に一万二千、幸村の遊撃隊に八千、忠勝の援護隊に一万、信玄殿の美濃攻略隊に一万五千。合計四万五千だ」
昌幸が穏やかに言った。
「東北と越後の守りはどうしますか」
「昌幸殿と佐竹義重と家康に任せたい」俺は続けた。「謙信が滅んだ今、東北への直接の脅威は減った。しかし油断はできない。三方向を固めてほしい」
「越後はどうしますか」
「越後は政宗が三河から戻った後に考える。今は信長様への対応が最優先だ」
軍議が終わった後、信玄が俺のところに来た。「美濃攻略、儂に任せろ」信玄が静かに言った。「信長の旧領だ。しかし儂は信長の戦い方を知っている。美濃の地形も把握している」
「頼む、信玄殿」
「一つだけ聞いていいか」信玄が俺を見た。「美濃を取った後、信長との決着をどうつけるつもりだ」
俺は少し考えた。
「美濃を取れば、信長様は尾張だけになる。そうなれば信長様も考えが変わるかもしれない」
「和睦を求めるか」
「まだ分からない」俺は正直に言った。
「しかし、可能性は残しておきたい」
信玄が静かに頷いた。「分かった。美濃を取る。その後はお主が決めろ」
忠勝が俺のところに来た。「三河に向かう前に、一つだけ言いたいことがある」
「何だ」
「政宗は本物だ」忠勝が静かに言った。「一万二千で信長の四万三千を抑えている。あいつは無茶をしない代わりに、ギリギリのところで踏みとどまる判断ができる」
「そうだな」
「俺が行けば、さらに踏みとどまれる」忠勝が続けた。「明智殿、美濃と三河、両方うまくいく」
「信じている」と俺は言った。
「任せろ」忠勝が短く言った。
幸村が最後に来た。「遊撃隊か」幸村が静かに言った。「俺らしくない役割だが」
「動き回ることになる。お前が一番適している」俺は言った。「美濃と三河の間で、どちらが危なくなってもすぐに動ける人間が必要だ。それはお前しかいない」
「分かった」幸村が頷いた。「どちらが危なくなったら動けばいい?」
「判断はお前に任せる。状況を見ながら、自分で決めてくれ」
「珍しいな」幸村が少し笑った。「明智殿が全部任せるのは」
「お前なら正しい判断ができる」俺は真剣に言った。「信じている」
幸村が静かに頷いた。「任せろ」
翌朝、各自が動き始めた。
信玄が一万五千を率いて、西の美濃に向かった。
「行ってくる」信玄が馬上から俺を見た。
「東北の雪、忘れていないか」
「忘れていない」俺は答えた。
「では早く終わらせよう」信玄が短く笑って、馬を進めた。
忠勝が一万を率いて、南の三河に向かった。
出発前、忠勝が俺の前で立ち止まった。
「明智殿」
「何だ」
「三河で最初に会ったとき、俺はお前を主君と思っていなかった」忠勝が静かに言った。
「知っている」
「今は違う」忠勝が真っ直ぐ俺を見た。
「本当の主君だと思っている」
俺は《GAME》の忠勝の〔データ〕を見た。
【本多忠勝 忠誠100】
変わらない最大値。
しかし、その言葉の重さが、今日は特別に感じた。
「ありがとう、忠勝」と俺は言った。
忠勝が短く頷いた。そして前を向いて歩き始めた。
幸村が八千の遊撃隊を率いて、信濃の中心部に陣を構えた。
「ここから美濃にも三河にも動ける」幸村が地図を確認しながら言った。「合図を送ってくれれば、すぐに動く」
「頼む」俺は言った。「しかし、無茶はするな」
「無茶はしない」幸村が静かに笑った。「しかし、手加減もしない」
「それでいい」
全員が動き始めた。
俺は信濃の本陣に、一万二千と共に残った。
《GAME》の〔マップ〕を開いた。
西の美濃に向かう信玄のマーカー。
南の三河に向かう忠勝のマーカー。
信濃の中心で待機する幸村のマーカー。
三河で踏みとどまる政宗のマーカー。
越後で守る家康のマーカー。
東北で守る昌幸のマーカー。
全員が、それぞれの持ち場で動いている。
利三が静かに入ってきた。「十兵衛様、信長公の動きに変化があります」
「何が変わった」
「信長公が三河への進軍を一時停止しています」
「なぜだ」
「美濃の動きを察知した可能性があります。信玄殿の軍勢が美濃に向かっていることを、信長公の斥候が把握したようです」
俺は《GAME》の〔マップ〕を確認した。
信長のマーカーが、三河と美濃の間で揺れている。
三河に向かうべきか、美濃を守るべきか、判断を迷っている。
「信玄殿の動きが、信長様を揺さぶり始めた」と俺は呟いた。
「計画通りですな」と利三が静かに言った。
「まだ計画通りとは言えない」俺は首を振った。「信長様は戦略と判断力は最強だ。揺さぶられながらも、最善の判断をしてくる。油断できない」
半蔵が来た。
「政宗殿から伝令です」
「読んでくれ」
「信長の前進が一時止まった。美濃への動きを見ている。この隙に守りを固める。ありがたい。しかし、信長は必ず決断する。早く忠勝を送ってくれ」
「忠勝は今向かっている」俺は言った。
「あと一日で三河に入る」
「政宗殿に伝えますか」
「伝えてくれ。もう少しだと」
その夜、俺は本陣で一人になった。
《GAME》の〔マップ〕を眺めた。
信玄が美濃に向かっている。
忠勝が三河に向かっている。
幸村が遊撃の位置で待機している。
全ての駒が、動いている。
信長が揺さぶられている。
しかし、信長は〔第六天魔王〕だ。
揺さぶられても、崩れない。
必ず、最善の手を打ってくる。
俺は懐から、信長の文を取り出した。
「死ね」の二文字が書いてある、あの文だ。
ずっと持ち歩いていた。
「信長様」と俺は呟いた。「俺はまだ死んでいません。東北の民が、まだ待っています」
窓の外で、信濃の夜風が吹いた。
《GAME》の〔マップ〕上で、信玄のマーカーが美濃との国境に近づいていた。
忠勝のマーカーが、三河に入り始めていた。
幸村のマーカーが、信濃の中心で静かに光っていた。
政宗のマーカーが、三河で踏みとどまっていた。
全員が、自分の役割を果たしている。
俺は深呼吸をした。
「やれる」と俺は言った。
誰もいない本陣で、一人で言った。
しかし、確かに、そう思えた。
信玄、忠勝、幸村、政宗、家康、昌幸、佐竹、利三、半蔵、安東愛季、今川義元。
全員が隣にいる。
遠江から逃げ出したあの夜には、一人だった。
今は、こんなにも多くの仲間がいる。
翌朝、半蔵が来た。
「信玄殿から報告です。美濃の国境を越えました。美濃の前衛部隊と接触しています」
「信長様の反応は」
「信長公、美濃への対応のために、三河への進軍を全停止しました。美濃の守備に兵を転じ始めています」
俺は《GAME》の〔マップ〕を見た。
信長のマーカーが、三河と美濃の間で分裂し始めていた。
三河への進軍が止まった。
美濃への対応に追われ始めた。
「計画が動いている」と俺は言った。
「まだ油断はできません」と利三が静かに言った。
「分かっている」俺は頷いた。「しかし動いている」
また半蔵が来た。
「忠勝殿、三河に入りました。政宗殿の本陣に合流しています」
「政宗と忠勝が合流したか」
「はい。政宗殿から一言。『助かった』と」
俺は思わず笑った。
政宗が「助かった」と言った。
あの男が、そういう言葉を使った。
「伝えてくれ。『よく守ってくれた』と」
信濃の本陣に、少しだけ安堵の空気が流れた。
しかし、俺は緊張を緩めなかった。
信長は〔第六天魔王〕だ。
この状況を読んで、次の手を必ず打ってくる。
信玄が美濃を突いて、忠勝が三河を固めて、幸村が遊撃で待機している。
この布陣が崩れる前に、決着をつけなければならない。
「次だ」と俺は呟いた。
地図を握りしめた。
嵐の中心が、動き始めていた。




