第三十六章 二面の死闘、そして今川義元の涙
一五六二年、五月。
戦の準備が整った。俺は武蔵の本陣で、最後の軍議を開いた。
全員が揃っている。これが、この旅で最大の戦いになる。全員が、それを分かっていた。
「二方向から同時に動く」と俺は言った。「駿河と信濃、二面作戦だ」
地図を広げた。
「駿河には家康、幸村、安東愛季。三万を率いて、信長が占領した駿河を奪い返す。信長の兵站を断って、駿河を孤立させる」
「信濃には信玄、忠勝。二万五千で信濃に入る。信長の本拠を揺さぶって、駿河への兵力補充を妨げる」
「俺は武蔵と甲斐の中間に控える。どちらかが危うくなれば、残りの八千を持って動く」
家康が静かに言った。「二面作戦は危険性が高い。しかし、信長公を一方向に集中させないためには、必要な手です」
「分かっている」と俺は言った。「しかし、危険性を取らなければ、勝てない相手だ」
出発の朝。
信玄が俺のところに来た。
「明智殿」
「何だ」
「信濃は儂の旧領だ」信玄が静かに言った。「誰より地形を知っている。任せろ」
「分かっている。頼む」
「一つだけ聞いていいか」
「何だ」
「今川義元と戦う可能性がある。義元公が信長と一緒に動いているなら、儂が相手をするかもしれない」信玄が俺を見た。「どうする」
「倒した後、許してほしい」と俺は言った。「義元殿を処断するつもりはない」
信玄が少し間を置いた。「……分かった。できる限り、そうする」
幸村が出発前に俺の前に立った。「駿河は任せろ」と幸村が言った。
「頼む。しかし」俺は幸村を見た。「無茶はするな」
「無茶はしない。しかし、手加減もしない」
「どちらでもいい。生きて戻ってきてくれ」
幸村が静かに頷いた。「明智殿」と幸村が言った。
「何だ」
「信濃を取った後、信長公と向き合う覚悟はできているか」
「できている」
「本当か」
「本当だ」俺は幸村の目を見た。「怖いが、できている。お前たちが隣にいるから」
幸村が短く、しかし確かに笑った。「それでいい」
二軍が、同時に動き始めた。
家康、幸村、安東愛季の三万が南へ。
信玄、忠勝の二万五千が西へ。
俺は武蔵の本陣で、GAMEの〔マップ〕を見続けた。
駿河攻略戦、家康の駿河侵攻は最初から激しかった。
信長が占領した駿河には、精鋭の織田兵が守りについていた。〔第六天魔王〕の部隊は、練度が違う。鉄砲の運用が他の軍勢と比べて格段に速い。
最初の激突で、家康の前衛が鉄砲の一斉射撃を受けた。
想定以上の被害が出た。
半蔵の報告が飛んできた。
「前衛が崩れています。家康殿、陣形を立て直し中」
俺は歯を食いしばった。
しかし、家康は崩れなかった。
鉄砲への対応を即座に変えた。密集陣形を解散し、散開しながら前進する戦法に切り替えた。
幸村が右翼から動いた。鉄砲の射程外を走り、側面から織田の鉄砲隊を制圧し始めた。
安東愛季が海上から圧力をかけた。駿河の港を封鎖し、補給路を断ち始めた。
三日間の戦いが続いた。
俺の本陣に届く報告が、毎日変わる。
『前進』『後退』『再編成』『激戦』。
GAMEの〔マップ〕上で明智と織田のマーカーが激しく動いている。
四日目の朝。
「家康殿、駿河の主要城を制圧。残存の織田兵、後退中」
五日目。
「駿河の織田軍、撤退を完了。駿河を明智が制圧しました」
しかし、その直後、想定外の報告が来た。
「今川義元から、使者が来ました」
俺は立ち上がった。
「今川が」
「はい。今川義元本人が、家康殿の前に現れました。降伏の意思を示しています」
家康からの急報が続いた。
「今川義元、降伏を申し出ています。どう対応しますか」
俺は即座に返事を書いた。
「受け入れる。義元殿を丁重に扱え。俺が会いに行く」
しかし、今すぐ駿河に行けない。
信濃の戦いが、まだ続いている。
信濃攻略戦、信玄と忠勝の信濃侵攻は駿河以上に苦しかった。
信濃は信長が固めたばかりの土地だ。まだ支配が浅い。しかし、信長本人が信濃に戻ってきた。
【織田信長〔不死〕〔第六天魔王〕】を信濃で迎撃態勢
信長本人が、信濃で待ち構えていた。
半蔵の報告が飛んできた。
「信長公、自ら前線に出ています。信玄殿の部隊が正面から押さえ込まれています」
俺はGAMEの〔マップ〕を確認した。
信玄のマーカーが、信長のマーカーと激突している。
〔不死〕対〔不死〕。
〔風林火山〕対〔第六天魔王〕。
GAMEの〔マップ〕上で、二つの最大スキルがぶつかり合っている。
三日間、拮抗が続いた。
信玄が攻め、信長が受け止め、忠勝が側面を突き、信長が対応する。
消耗戦だ。
どちらが先に限界を迎えるか。
四日目の朝、半蔵が来た。
「信玄殿から報告です。信長公の本陣が揺れています。駿河が落ちたという情報が信長公に届いたようです」
駿河陥落の情報が、信長の軍の士気に影響を与えた。
「今だ」と俺は呟いた。
即座に伝令を飛ばした。
「信玄殿、忠勝殿、全力で押せ。今が機会だ」
信玄が動いた。〔風林火山〕が最大展開した。山の如く守り、火の如く攻める。信玄の二万五千が、一斉に前進した。
忠勝が中央に突進した。武力100が、信長の最前線を切り裂いた。
信長の陣が、初めて大きく揺れた。
しかし、信長は崩れなかった。
〔第六天魔王〕が逆に発動した。
敵の戦意を根本から崩す。
突然、信玄の兵の中に動揺が走った。
半蔵から報告が飛んできた。
「信長公が、信玄殿の兵に向けて直接語りかけています。『武田の兵よ、明智は謀反人だ。その男に従う必要はない』と。兵の動揺が広がっています」
俺は歯を食いしばった。
〔第六天魔王〕の心理的圧迫。
信長様は、俺の弱点を正確に突いてきた。
しかし。
信玄が前に出た。
自ら馬を駆って、動揺する兵の前に立った。
「儂が言う」と信玄が叫んだ。「明智光秀は謀反人ではない。民を守るために戦っている男だ。儂が保証する。武田信玄が保証する」
〔不死〕の武田信玄が、全軍の前でそう言った。
忠誠値98の重さが、戦場に響いた。
動揺が、止まった。
そして忠勝が、信長の本陣に向かって突進した。
信長が迎え撃った。
信長と忠勝が正面からぶつかった。
〔第六天魔王〕と武力100。
激突が続いた。
長かった。
しかし、信玄の全軍が立て直して押し込んだとき、信長の陣形が初めて完全に崩れた。
半蔵が飛んできた。
「信長公の本陣が後退を始めました。信濃の各城が次々と明智軍が攻め落としております」
俺は息を吐いた。「信濃、攻略完了」
二つの戦場が、同時に決着した。
駿河と信濃。
どちらも、ギリギリだった。
GAMEの〔マップ〕上で、駿河と信濃が明智の色に変わっていく。
信長のマーカーが、西に向かって動いていた。
撤退している。
〔不死〕だから死んでいないが、戦いに負けた。
信長が退いた。
俺は、その事実を見つめた。
信長様が、退いた。
翌日、俺は駿河に向かった。
今川義元が待っている。
今川義元は、想像と違う顔をしていた。
格式100の男だ。公家的な威厳がある人物を想像していた。
しかし、目の前にいる義元は、疲れ切った顔をしていた。
老いていた。
〔不死〕でありながら、心が老いていた。
俺の前に座った義元が、静かに言った。
「明智殿、桶狭間で死んだ儂が蘇って、また負けた」
「駿河を攻めたのは、信長様の誘導があったからか」と俺は聞いた。
「そうだ」義元が静かに答えた。「信長が言った。明智は駿河を狙っている。動かなければ、駿河を失うと。儂は信じた。しかしそれが罠だった」
「信長様に利用された」
「そうだ」義元が目を閉じた。「桶狭間でも信長に殺された。この時代でも信長に利用された。儂は信長に縁がある」
俺は義元を見た。
「一つだけ聞かせてくれ」と俺は言った。「なぜ甲斐を攻めた。不戦の約束があったはずだ」
義元が静かに答えた。「信長に駿河を狙われると思った。明智殿の動きを牽制することで、信長への対抗力を持とうとした。愚かな判断だったと分かっている」
「信長様への恐怖から動いた」
「そうだ」義元が俺を見た。「明智殿、あなたも信長が怖くはないか」
俺は少し間を置いた。
「怖い」と俺は正直に言った。「一番怖い人だ」
義元が少し目を細めた。「それでも戦うのか」
「怖くても、守らなければならないものがあるから」
義元が長い沈黙の後、静かに言った。
「明智殿、儂はどうなる」
「許す」と俺は言った。
義元が目を見開いた。
「許す、だと」
「そうだ。処刑するつもりはない。不戦の約束を破ったことは事実だ。しかし信長様に利用されたことも事実だ。あなたを罰する気になれない」
義元がしばらく俺を見た。
長い沈黙だった。
そして、義元の目から静かに涙が流れた。
この時代最高の格式を持つ男が、涙を流した。
「明智殿」と義元が言った。声が震えていた。「儂は桶狭間で死んで、この狂った時代に蘇って、また負けた。許されるとは思っていなかった」
「信長様への恐怖から動いた気持ちは、俺が一番よく分かる」と俺は言った。「あの人は怖い。だから動いてしまう。それを責める気にはなれない」
義元が涙を拭いた。
「明智殿は、変わった武将だ」
「何度も言われた」と俺は静かに笑った。
「仲間になってほしい」と俺は言った。
義元が俺を見た。
「仲間、か」義元が静かに言った。「桶狭間で死に、この時代で蘇り、また負けた男が、仲間か」
「そうだ。駿河の民を守ってほしい。それだけだ」
義元が長い間を置いた。
そして、深く頭を下げた。
「……お受けします」
その夜、GAMEの数値を確認した。
【今川義元〔不死〕〔海道一の弓取り〕忠誠80】
最初から星三つ。
涙を流した男の、素直な忠誠だ。
そして、駿河と信濃が、明智の色に輝いている。
【明智軍支配領域 十七ヶ国】
十七ヶ国。
しかし、信長は退いただけで、滅んでいない。
織田信長のマーカーが、尾張の方角で光り続けている。
次の戦いが来る。
しかし、今夜は、二つの戦場で生き残った仲間たちに礼を言いたかった。
俺は駿河の城で、全員に短い文を送った。
「よくやってくれた。全員に礼を言う。ありがとう」
返事が次々と来た。
忠勝から。「当然だ」
幸村から。「次は信長公本人を倒す」
家康から。「まだ終わっていません。備えを続けましょう」
信玄から。「信長との本当の決戦は、これからだ」
政宗から。「俺も次は前線に出る」
利三から。「十兵衛様、よくやりました」
俺は返事を読み終えて、窓の外を見た。
駿河の夜空に、星が広がっていた。
信長様。
あなたに「死ね」と言われて、俺は死ななかった。
まだ生きている。
まだ戦える。
東北の民が、まだ待っている。
GAMEの〔マップ〕の北で、東北五ヶ国が静かに輝いていた。




