表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】GAME.信長を裏切った俺、明智光秀は天下を無視して東北を目指す。  作者: 山田 ソラ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/72

第三十四章 信長の罠

 信玄と忠勝が甲斐を出発してから、七日が過ぎた。


 俺は武蔵の本陣で、GAMEの〔マップ〕を見続けていた。


 二つの戦場が、同時に動いている。甲斐の南、駿河との国境。そして、信濃の西、畿内との境目。どちらも、俺が直接いない場所で動いている。


 任せろ。信じろ。


 政宗の言葉を何度も繰り返しながら、俺は待ち続けた。


 三日目の報告が来た。


「信玄殿と忠勝殿、駿河との国境で今川の先鋒部隊と衝突。撃退しました」


 俺は頷いた。

 四日目。


「今川の本軍が前進しています。信玄殿、地形を活かした防衛線を構築中」


 五日目。


「今川義元、自ら前線に出てきました。」 

 

 六日目。


「激戦が続いています。信玄殿と今川が正面からぶつかっています。忠勝殿が最前線で今川の突破を防いでいます」


 七日目の朝。

 半蔵が飛んできた。


「勝ちました」


 俺は立ち上がった。


「詳しく」


「信玄殿が今川の右翼を崩し、忠勝殿が中央を突破しました。今川義元、後退を始めています。駿河方面に撤退中です」


 俺は息を吐いた。

 武田信玄と本多忠勝。


 この二人が組んで、今川義元〔不死〕を退けた。


「信玄殿と忠勝殿に礼を伝えてくれ。よくやってくれたと」


「御意」


 半蔵が消えかけた瞬間、俺は呼び止めた。


「信長の動きは」


「今のところ、信濃で止まっています」


「分かった」


 安堵したのは、一時間だけだった。

 昼過ぎ、半蔵が再び飛んできた。

 今度の顔は、朝とは全く違った。


「何があった」と俺は即座に聞いた。


「信長公が動きました」


 俺の全身が固まった。


「どこに」


「駿河です」半蔵が静かに続けた。「信長公の軍勢が、信濃から駿河に向けて南下しています。兵力は三万五千。今川が後退した直後のタイミングを突いて、動き始めました」


 俺は何も言えなかった。

 駿河に。

 今川が後退した直後に。

 信濃から。


 全てのタイミングが、完璧に噛み合っている。


「信玄殿と忠勝殿は」と俺は聞いた。声が掠れていた。


「今川を追って駿河との国境付近にいます。信長公の軍勢が南下してくれば、正面から当たることになります」


「挟み撃ちになるか」


「今川が後退しながら反転すれば、そうなります」


 俺は地図を広げた。

 駿河の地形を確認した。


 信玄と忠勝が今川を追った先に、信長が南下してくる。


 後ろに今川。前に信長。


「退路は」


「西側の山道しかありません。しかし険しい地形です」


 俺は即座に伝令を飛ばした。


「信玄殿、忠勝殿に急報。信長が駿河に南下している。今すぐ退却しろ。追撃を中止して、甲斐に戻れ」


 伝令が飛んだ。

 しかし、届くまでに時間がかかる。

 俺は歯を食いしばった。

 一時間後、半蔵から続報が来た。


「信玄殿と忠勝殿、信長公の南下を察知。退却を開始しました」


 俺は息を吐いた。


「無事か」


「今のところ、無事です。しかし信長公の軍勢の追撃が始まっています。険しい山道を退却中です」


「追いつかれるか」


「信玄殿の判断が速かった。おそらく追いつかれません。しかし、消耗は大きいと見ます」


 さらに一時間後。


「信玄殿と忠勝殿、甲斐の国境まで退却成功しました。二人とも無事です」


 俺は椅子に座り込んだ。

 力が抜けた。

 二人が無事だった。

 それだけが、今この瞬間の全てだった。


 翌日、信玄と忠勝が武蔵に戻ってきた。


 二人とも、消耗していた。七日間の戦と退却の疲れが、顔に出ている。


 しかし、目が生きていた。


「無事でよかった」と俺は言った。


 信玄が静かに言った。「今川を追っていたところに、信長が来た。あの頃合いは、偶然ではない」


「分かっている。信長が仕組んだ」


 信玄が俺を見た。


「今川を動かしたのも、信長だ。今川が甲斐を攻め、俺たちが今川を追って駿河に入ったところを、信長が後ろから突く。全部、計算されていた」


 広間に全員が集まった。

 半蔵が全ての情報を整理して報告した。


「確認が取れた情報をお伝えします」半蔵が静かに続けた。「信長公は信濃を取った直後から、今川義元と接触していました。今川に対して、甲斐への侵攻を促した可能性が高い」


「今川が動いたのは信長の指示か」と幸村が言った。


「指示というより、誘導と見ます」半蔵が答えた。「信長公は今川に対して、明智殿が駿河を狙っているという情報を流したと思われます。今川はその情報を信じて動いた」


《欺瞞》だ、と俺は思った。信長が《欺瞞》を使った。


 俺が長年使ってきた手を、信長に使われた。


「信長公は最初から計算していた」家康が静かに言った。「今川を動かして、明智殿の兵力を甲斐と駿河に引きつける。その隙に信濃を固めて、駿河に南下する。一石二鳥の策です」


 俺は、黙っていた。

 全員が俺を見ていた。

 しかし、俺は、何も言えなかった。


 頭の中で、全てのピースが繋がっていた。


 信濃の占領。

 今川への誘導。


 俺たちが今川を追って駿河に入ったタイミングを突いた南下。


 全部が、最初から計算されていた。


 信長様は、最初から俺の動きを読んでいた。


 俺が甲斐を心配して兵を送ることも。

 信玄と忠勝が今川を追うことも。

 全部、読んでいた。

 俺は固まっていた。

 文字通り、固まっていた。

 体が動かなかった。


 京を逃げ出したあの夜から、ずっと信長様の影を背負って走り続けてきた。


 本能寺で討った男が、俺を追い詰めようとしている。


 しかも正面からではなく、こういうやり方で。


 今川を動かして、俺の隙を作って、信玄と忠勝を危険な目に遭わせた。


〔第六天魔王〕


 このスキルの意味を、今初めて本当に理解した。


 常識を超えた判断力。心理的圧迫において他の追随を許さない。


 敵の戦意を根本から崩す。信長様は、俺の戦意を崩そうとしている。


 信玄と忠勝を危険な目に遭わせることで、俺に心理的な打撃を与えようとしている。


 利三が心配そうに俺を見た。


「十兵衛様」


 俺は動けなかった。


「十兵衛様」と利三がもう一度言った。


 今度は少し強い声だった。

 俺は顔を上げた。

 全員が俺を見ていた。


 忠勝が静かに言った。「明智殿」


「ああ」と俺は言った。声が出た。


「動けるか」と忠勝が聞いた。


「……動ける」


「ならば動け」忠勝が静かに言った。「信長の策にはまったことは、事実だ。しかし俺たちは生きている。甲斐も守れた。終わっていない」


 信玄が俺の前に来た。「明智殿」


「信玄殿、すまなかった」と俺は言った。「俺の判断のせいで、危険な目に遭わせた」


「謝罪は要らない」信玄が静かに言った。


「戦には策が付き物だ。信長の策が上回った。それだけのことだ」


「それだけのことか」


「それだけのことだ」信玄が俺を見た。


「しかし、一つだけ、明智殿に言いたいことがある」


「何だ」


「信長は確かに天才だ。今回の策も見事だった」信玄が続けた。「しかし儂は信長と一度も戦ったことがなかった。今日、初めて信長の戦い方を体感した」


「どうだった」


「強い。しかし」信玄が静かに言った。


「勝てない相手ではない」


 その言葉が、俺の固まった体に、何かを注入した。


 勝てない相手ではない。

 武田信玄が、そう言っている。


 信長の策を体感した上で、そう言っている。


 俺は深呼吸をした。


「信長様への使者は、まだ返事が来ていない」と俺は言った。


「来ないかもしれない」と家康が静かに言った。「今回の件で、信長公の意思は明確です。話し合いより先に、行動で示している」


「つまり戦う気だということか」


「可能性が高いです」家康が続けた。「しかし信長公が駿河を取れば、次は甲斐です。甲斐が落ちれば武蔵が危うくなる。防衛の優先順位を、今すぐ組み直す必要があります」


 俺は地図を広げた。

 信濃の信長。

 駿河に南下した信長の軍勢。

 甲斐の国境。


 全てを確認しながら、頭を動かし始めた。


 固まっている場合ではない。

 信長様が仕組んだ罠に、はまった。

 しかし、終わっていない。

 忠勝が言った通り、終わっていない。


「策を立て直す」と俺は言った。声に力が戻っていた。


 全員が頷いた。


「まず甲斐の防衛を最優先にする。信玄殿と忠勝殿には休む時間を与えたいが」


「休みは要らない」と忠勝が即座に言った。


「儂も要らない」と信玄が続けた。


 この二人は、本当に人間なのか。


 幸村が静かに言った。「一つだけ確認させてくれ」


「何だ」


「信長公への使者、まだ返事を待つか」


 俺は少し間を置いた。


「待つ」と俺は言った。「今回の件が信長様の意思表示だとしても、俺はまだ話し合いを諦めない」


「なぜだ」


「信長様が仕組んだなら、信長様は俺たちの動きを把握している」俺は静かに言った。「それだけの情報力と判断力がある人が、俺からの文を無視するとは思えない。何か理由があって、返事を出していない」


「楽観的すぎないか」と幸村が言った。


「楽観的かもしれない」と俺は認めた。


「しかし、信じることをやめたら、俺は終わる。それだけは分かっている」


 夜、俺は一人でGAMEの〔マップ〕を見た。


 駿河に、信長のマーカーが新しく光り始めていた。


 今川義元のマーカーが、駿河の奥に押し込まれている。


 信長は確実に、東に向かっている。

 俺は折れた扇子を手に取った。


 二つに折れたまま、しかし捨てていなかった。


「信長様」と俺は呟いた。「まだ終わっていない」


 GAMEの〔マップ〕の信濃と駿河で、織田信長が静かに、しかし確実に輝いていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ