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【完結】GAME.信長を裏切った俺、明智光秀は天下を無視して東北を目指す。  作者: 山田 ソラ


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第三十二章 信長、動く

 北条氏滅亡から、十日が過ぎた。


 安房と相模の統治が始まっていた。北条の旧家臣の多くが、条件付きで明智に従うことを選んだ。氏康が最後に「一族と家臣を苦しめるな」と言い残した効果か、抵抗する者は少なかった。


 関東十五ヶ国の内政が、少しずつ軌道に乗り始めた。


 家康が奉行制度を関東全体に拡充した。利三が書類の山と格闘している。政宗が相模の豪族をまとめ上げた。信玄が甲斐と武蔵の安定を維持している。


 表向きは、順調だ。表向きは。異変はGAMEの〔マップ〕から始まった。


 ある朝、俺はいつものようにマップを開いた。


 まず畿内を確認した。


〔第六天魔王〕マーカーが、尾張と美濃で光っている。秀吉との戦いが続いているらしい。


 次に関東を確認した。問題ない。東北を確認した。問題ない。


 そして、信濃を確認した時、俺は手が止まった。


【信濃 織田信長〔不死〕〔第六天魔王〕占領中】


 俺は画面を閉じた。もう一度開いた。変わらない。信濃が、織田信長の色に染まっていた。


「半蔵」と俺は呼んだ。


 気配もなく現れた。


「信濃を確認しろ」と俺は言った。


「既に確認しています」半蔵が静かに答えた。「報告しようと思っていたところです」


「いつ動いた」


「三日前です。秀吉との戦いが一時膠着した隙を突いて、信長公が北に向かいました。信濃の各城が、ほぼ無抵抗で落ちています」


「抵抗がなかった理由は」


「信濃はもともと上杉の影響下にありました。しかし現在の上杉は謙信公が越後で睨みを利かせているだけで、信濃への兵力展開が薄い状態です。その隙を突かれました」


 俺はGAMEの〔マップ〕を見た。信濃の位置を確認する。信濃は、甲斐の北西に位置している。甲斐は、俺の領地だ。


 つまり。


「信長様が、甲斐の隣に来た」と俺は呟いた。


 利三が静かに入ってきた。半蔵から先に聞いたのか、顔色が普通ではなかった。「十兵衛様」


「分かっている」と俺は言った。「全員を集めてくれ」


 軍議が始まった。全員の顔が揃った。


 信玄が、信濃という言葉を聞いた瞬間、目が変わった。


「信濃か」信玄が静かに言った。「儂の旧領だ」


「知っている」と俺は言った。


「信長が信濃を取った。次は甲斐だ」信玄が続けた。「信長は必ず甲斐に来る。甲斐を取れば、関東への道が開ける。明智殿の背後を突ける」


「そうだ」俺は頷いた。「しかし、今すぐ来るかどうか」


「来る」信玄が断言した。「信長の戦い方は知っている。勢いがあるときに一気に動く。信濃を取った今、次を狙っている」


 家康が静かに言った。「信長公が信濃を取った理由を考える必要があります」


「どういう意味だ」と俺は聞いた。


「秀吉との戦いが膠着している。その状況で北に動いた。秀吉への牽制ではなく、東への布石だと思います」家康が続けた。「信長公は明智殿を、主要な脅威として認識し始めた可能性があります」


「俺を、か」


「東北から関東まで十五ヶ国を持つ勢力が、東に存在している。信長公がそれを無視するはずがありません」


 政宗が静かに言った。「信長公は明智殿を知っている。本能寺で討たれた相手だ。忘れるはずがない」


 昌幸が穏やかに、しかし真剣な顔で言った。「上杉謙信公への影響を考えるべきです」


「どういうことだ」と俺は聞いた。


「信濃はもともと上杉の影響圏でした。謙信公は信濃を失ったことを、黙って見ていないかもしれない」昌幸が続けた。「謙信公が信長公と衝突すれば、私たちへの波及があります。逆に謙信公が信長公に従えば、同盟が意味をなさなくなる」


「謙信は信長に従わない」と俺は即座に言った。


「根拠は」


「義の人だからだ。信長の〔第六天魔王〕という生き方は、謙信の義とは相容れない。あの二人が手を組むことは、俺には想像できない」


 昌幸が静かに頷いた。「そうであれば良いのですが」


 幸村が静かに言った。「明智殿、正直に聞く。信長公と戦う覚悟があるか」


 広間が静まり返った。全員が俺を見た。

俺は少し間を置いた。「ある」と俺は答えた。


「本当か」


「本当だ。しかし、戦いたくはない」俺は正直に言った。「信長様は俺の元主君だ。俺が討った人だ。複雑な感情がある。しかし、信長様が東に来て、俺たちを滅ぼそうとするなら、戦う」


「東北の民を守るためか」


「そうだ。それだけだ」


 幸村が静かに頷いた。「分かった。ならば俺も戦う」


 忠勝が手を握り。「俺も戦う」


 信玄が静かに言った。「信長との戦いに、儂が必要だろう。任せろ」


 政宗が俺に近づいた。「明智殿、一つ提案がある」


「聞かせてくれ」


「信長公に使者を送れ。戦う前に、話し合いを試みろ」


 俺は政宗を見た。


「信長様が話し合いに応じると思うか」


「応じないかもしれない」政宗が静かに続けた。「しかし試みることに意味がある。信長公は合理的な男だ。明智殿が十五ヶ国を持ち、上杉と不戦協定を持ち、秀吉と対立している。この状況で俺たちと戦えば、秀吉が漁夫の利を得る。それを信長公が分からないはずがない」


「利害が一致する可能性があると」


「ある」政宗が言った。「明智殿と信長公の共通の敵は、秀吉だ」


 広間が静まり返った。その言葉の重さを、全員が感じていた。


 明智光秀と織田信長の共通の敵は、秀吉。


 確かに、そうかもしれない。秀吉は信長を討とうとしている。信長は秀吉と戦っている。俺は秀吉の東進を阻んでいる。


 利害は、確かに一致する部分がある。


「しかし」と俺は言った。「信長様は俺を許さないかもしれない。本能寺で討った男を、どう許せる」


「それは信長公が決めることです」政宗が静かに言った。「明智殿が決めることではない」


 家康が静かに言った。「私から一つ申し上げます」


「聞かせてくれ」


「信長公に使者を送ることは、賛成です」家康が続けた。「しかし同時に、甲斐の守りを最大限に固めるべきです。話し合いを試みながら、戦いの準備もする。両方を同時に進める」


「両方か」


「話し合いが上手くいかなかった場合、即座に攻めてくる可能性がある。その備えなしに使者を送ることは、危険です」


 俺は頷いた。「正しい。両方進める」


 信玄が静かに言った。「甲斐の守りは俺が担う。信濃との国境を固める。信長が甲斐に入ろうとすれば、最初に当たるのは儂だ」


「信玄殿、それは危険すぎる」と利三が言った。


「危険は分かっている」信玄が静かに言った。「しかし甲斐は儂の旧領だ。この地を守ることに、儂が前に出ない理由がない」


 俺は信玄を見た。


「信玄殿、頼む」


「任せろ」信玄が短く言った。「信長には、儂が一番に会う」


 軍議が終わった後、俺は一人で執務室に残った。


 信長への文を書かなければならない。しかし、何を書けばいいのか。本能寺で討った男に、何を書けばいいのか。


 俺は机の前に座って、しばらく動けなかった。


 利三が静かに入ってきた。「十兵衛様、文を書かれますか」


「書かなければならない」


「何を書くつもりですか」


「分からない」と俺は正直に言った。「謝るべきか。説明すべきか。それとも対等に話し合いを求めるべきか」


 利三が静かに言った。「全部書けばよろしいかと思います」


「全部か」


「謝罪も、説明も、話し合いの提案も。飾らずに、全部書く。それが十兵衛様らしい文だと思います」


 俺は利三を見た。「お前はいつも、正しいことを言う」


「いつも、ではありません」利三が静かに笑った。「しかし、今回はそう思います」


 俺は筆を持った。最初の一行を書いた。


「信長様へ。本能寺の件、謝罪申し上げます」


 書いた瞬間、手が止まった。ずっと書けなかった言葉だ。逃げながら、戦いながら、ずっと先送りにしてきた言葉だ。


 それが今、紙の上に書いてある。俺は続きを書いた。謝罪。理由の説明。東北で何をしてきたか。秀吉という共通の脅威。話し合いの提案。


 全部書いた。飾らない言葉で。最後に一行書いた。


「信長様がどう判断されるか、全てお任せします。しかし一度だけ、話し合いの機会を頂きたい」


 文を封じた。


 翌朝、使者が信濃に向けて出発した。俺は城門から使者の背中を見送った。


 GAMEの〔マップ〕を確認した。信濃の〔第六天魔王〕マーカーが、今日も光っている。


 信長はあの向こうにいる。俺は信長と向き合おうとしている。


 半蔵が来た。「追加の報告があります」


「何だ」


「信長公の兵力を再確認しました」半蔵が静かに言った。「信濃を制圧したことで、兵力が増えています」


「どのくらいだ」


【織田信長〔不死〕〔第六天魔王〕信濃占領 兵力五万三千】


 五万三千。俺の総兵力と、ほぼ同じだ。

しかし、〔第六天魔王〕のスキルがある。数が同じでも、同等ではない。


「上杉謙信の動きは」と俺は聞いた。


「越後で軍勢を動かし始めています。信濃を取られたことへの反応と見られます」


「謙信が動けば」


「信長公の北側への圧力になります。しかし謙信公が信長公と直接衝突すれば、越後が戦場になる可能性があります」


 俺はGAMEの〔マップ〕を見た。


 信濃の信長。越後の謙信。甲斐の信玄と俺。そして遠く畿内で、秀吉のマーカーが動いている。


 全部が、同時に動き始めている。嵐の前の静けさが終わった。嵐が来る。


 俺は深呼吸をした。「来い」と俺は呟いた。誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。


 GAMEの〔マップ〕の信濃で、〔第六天魔王〕が静かに、しかし確実に、輝き続けていた。




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