第三十章 手切れ、そして二正面作戦
文を送ってから、三ヶ月が過ぎた。
北条からの返事は、来なかった。一ヶ月目は待てた。二ヶ月目も、待った。三ヶ月目に入ったとき、俺はGAMEの〔マップ〕を開きながら静かに悟った。
返事は来ない。来ないことが、答えだ。
半蔵の報告は、月を追うごとに悪化していた。
一ヶ月目。「北条の間者の動きが活発化しています」
二ヶ月目。「秀吉の使者が小田原を再び訪れました。滞在期間が長い」
三ヶ月目。「北条の軍勢が、再び武蔵との国境に集結し始めています。前回より規模が大きい」
そして昨日、半蔵が最後の報告を持ってきた。
「北条氏康、秀吉に臣従したという情報があります。確度は高い」
俺は執務室で、その報告を聞いた後、しばらく動けなかった。
里見義堯の顔が浮かんだ。一緒に飲んだ酒の味が、舌に蘇った。
「東北の雪が、どれほど綺麗か、いつか話したかった」
俺は目を閉じた。怒りではなかった。悲しみでもなかった。ただ、重かった。義堯の死の重さが、また胸に戻ってきた。
利三が静かに入ってきた。
「十兵衛様」
「分かっている」と俺は言った。
「北条は」
「終わりだ」と俺は言った。声が、思ったより静かだった。「北条との同盟は、手切れにする」
利三が深く頭を下げた。
「申し訳ありません。私がもっと早く北条の動きを察知できていれば」
「お前のせいじゃない」と俺は言った。
「北条が選んだことだ。秀吉の方が強いと判断した。合理的な判断だ。俺を恨む気にもなれない」
「しかし義堯殿は」
「義堯殿の死は、無駄にしない」俺は立ち上がった。「だから次を考える」
全員を集めた。広間に全員の顔が揃った。忠勝、幸村、家康、政宗、信玄、昌幸、利三、半蔵、安東愛季、佐竹義重。
俺は全員を見回した。
「北条との同盟を、手切れにする」
広間が静まり返った。
「北条は秀吉に臣従した。同盟を破棄した。こちらも同盟を解消する。そして北条を攻める」
忠勝が静かに言った。「どこから攻める」
「二方向から同時に攻める」俺は地図を広げた。「安房と相模。この二ヶ国を同時に攻略する」
広間がざわめいた。
「二正面作戦は危険です」と家康が即座に言った。「兵力が分散します」
「分かっている」と俺は答えた。「しかし一方向から攻めれば、北条は残りの兵力を集中させる。二方向から攻めれば、北条は対応を分散させなければならない」
「それでも北条の総兵力は三万五千です。二方向に分けても、それぞれ一万五千以上が来ます」
「こちらは六万一千ある」俺はマップを確認した。「二方向に三万ずつ分けても、局地的な兵力差で勝てる」
家康が地図を見た。少し考えた。
「安房は下総から南下できます。しかし相模は、武蔵から西に向かう必要がある。武蔵を通過する間に北条の反応があれば」
「それも計算に入れている」俺は続けた。「武蔵から相模に向かう軍勢が動き始めた時点で、北条は武蔵への対応に引きずられる。その隙に安房を落とす」
政宗が静かに言った。「誰がどちらを担当する」
「相模を家康と信玄に頼む」俺は言った。
「三万を持たせる。相模の城を正面から落とす力が必要だ」
家康が頷いた。
信玄が静かに言った。「相模は北条の本拠地に近い。小田原城が控えている」
「小田原まで行く必要はない」俺は言った。「相模の各城を落として、北条の兵力を消耗させる。小田原の包囲は、その後で考える」
「安房は」と幸村が言った。
「お前と忠勝に頼む」
忠勝が前を向いたまま言った。「二万五千か」
「二万五千だ。安房は以前里見義堯が守っていた土地だ。地形は把握している。安東愛季に海路からの支援を頼む」
安東愛季が静かに頷いた。「海路は任せてください。安房の沿岸は知っています」
昌幸が穏やかに言った。「東北と磐城の守りはどうしますか」
「佐竹義重と昌幸殿に任せたい」俺は言った。「東北と磐城、常陸の守りを二人で担ってほしい」
昌幸が頷いた。「承知しました。しかし上杉謙信の動向が気になります」
「謙信への連絡は俺が出す」俺は言った。
「北条との手切れを伝えて、謙信が動かないよう話をする。謙信は義の人だ。明確に話せば、理解してくれるはずだ」
「謙信公が北条を助けようとする可能性は」
「ない」と俺は断言した。「謙信と北条は、歴史的に見ても対立関係だ。北条が秀吉についた今、謙信が北条を助ける理由がない」
信玄が静かに言った。「明智殿、一つ確認していいか」
「何だ」
「今回の戦が終わった後、北条をどうするつもりだ」
俺は少し間を置いた。
「降伏させる。滅ぼすつもりはない」
「氏康は」
「生かす。条件付きで」俺は静かに言った。「義堯を差し出した氏康を、俺は許せるかどうか分からない。しかし滅ぼせば、関東の民が苦しむ。それは義堯も望まないだろう」
信玄が静かに頷いた。「それが答えか」
「それが俺の答えだ」
出発の前夜。
俺は一人で執務室にいた。謙信への文を書き終えた後、もう一枚、文を書いた。
宛先は、今川義元だ。北条が秀吉についたこと、これから安房と相模を攻めること、駿河には手を出さないという約束は守ること。全部書いた。
最後に一行。
「この戦が終わった後、改めて話し合いたい」
文を封じた。使者に渡した。もう一枚、書いた。
宛先は、北条氏康だ。短い文だった。「同盟を手切れにする。里見義堯殿の死を、無駄にしたことを、俺は生涯忘れない」
それだけだ。脅しでも、宣戦布告でもない。ただの、俺の気持ちだ。文を封じた。
使者に渡した。
翌朝、軍勢が動き始めた。家康と信玄が率いる三万が、武蔵から西に向かった。
忠勝と幸村が率いる二万五千が、下総から南に向かった。
安東愛季の船団が、太平洋岸を南に動き始めた。
俺は武蔵の本陣で、全体を指揮する。出発の朝、政宗が俺の隣に来た。
「俺は武蔵の守りか」
「頼む。万が一に備えて、武蔵を固めてくれ」
「分かった」政宗が静かに言った。「しかし一つだけ言わせてくれ」
「何だ」
「義堯殿の件は、氏康が悪い。しかし、明智殿が義堯殿を渡したことも、事実だ」
俺は政宗を見た。「お前はそれを言いたかったのか」
「責めているわけではない」政宗が静かに続けた。「明智殿が、それをずっと背負っていることは分かっている。しかし戦に出るとき、その重さを引きずりすぎるな。義堯殿のために戦うなら、勝て。それが答えだ」
俺は少し間を置いた。
「……ありがとう、政宗」
政宗が短く頷いた。
二日後、最初の報告が来た。忠勝と幸村の軍が、安房の国境を越えた。安房の守備隊が迎撃に出てきたが、忠勝が中央を突破し、幸村が側面を制圧した。
「快調です」と半蔵が報告した。
三日後、家康と信玄の軍が相模に入った。北条の前衛部隊が抵抗したが、信玄の〔風林火山〕スキルが全軍のバフを上げ、家康の知略が敵の補給路を断った。
「こちらも順調です」と半蔵が続けた。
しかし、五日目に想定外の報告が来た。
「北条の本軍が動きました」と半蔵が飛んできた。
「どちらに向かっている」
「二手に分かれています」半蔵が続けた。「一万五千が相模の家康殿に向かっています。一万が安房の忠勝殿に向かっています。残り五千が小田原の守備に入っています」
俺はGAMEの〔マップ〕を確認した。北条が想定通りに兵力を分散させた。しかし、問題があった。秀吉のマーカーが、少し動いていた。
「半蔵、秀吉は」
「畿内で信長公と戦い続けています。関東への動きはありません。しかし」半蔵が少し間を置いた。「北条が秀吉に援軍を要請した可能性があります」
俺は歯を食いしばった。
「どのくらいで援軍が来る」
「早くて一ヶ月。遅くて二ヶ月」
「つまり一ヶ月以内に、安房と相模を片付けなければならない」
「そうなります」
俺は即座に決断した。両軍に伝令を飛ばした。
「急げ。一ヶ月以内に決着をつけろ。秀吉が来る前に終わらせる」
忠勝から返事が来た。「了解。安房は任せろ」
幸村から返事が来た。「急ぐ。しかし無理はしない」
家康から返事が来た。「相模は時間がかかります。しかし信玄殿がいる。何とかします」
信玄から返事が来た。「一ヶ月で十分だ。信玄の名を舐めるな」
最後の言葉に、俺は思わず笑った。忠誠98の男は、頼もしすぎる。
七日目。安房から報告が来た。
「忠勝殿、安房の主要城を落としました。北条の安房守備隊、壊滅。安房を制圧しました」
俺は息を吐いた。忠勝と幸村の二人が、七日で安房を落とした。GAMEの〔マップ〕上で安房が明智の色に変わった。
しかし、忠勝の次の伝令が来た。
「北条の一万が南下してきている。これを受け止めてから相模に向かう」
十日目。
相模から報告が来た。
「北条の一万五千と激戦中。信玄公が前線に出ています。家康殿が補給路を断ち続けています。じわじわと削れています」
二つの戦場が、同時に動いている。俺は武蔵の本陣で、GAMEの〔マップ〕を見続けた。
秀吉のマーカーが、まだ畿内にいる。信長のマーカーが、畿内で輝いている。
時間がある。しかし、無限ではない。
二週間後。
安房の戦いが決着した。忠勝が北条の一万を撃退し、安房を完全に制圧した。
安房 明智軍完全制圧
GAMEの〔マップ〕が変わった。
そして、忠勝と幸村の二万五千が相模に向かって動き始めた。
三週間後。
相模で、大きな動きがあった。家康と信玄の三万に、忠勝と幸村の二万五千が合流した。
五万五千対、北条残存一万五千。数が決定的な差になった。北条の陣が崩れ始めた。
二十五日目の朝。
半蔵が飛んできた。「北条氏政から使者が来ました」
俺は立ち上がった。「何と言っている」
半蔵が静かに読み上げた。「降伏する」
俺は少し間を置いた。降伏。三ヶ月、返事を待った。義堯の死の意味を問い続けた。その北条が、降伏した。
「受け入れる」と俺は言った。「条件は一つだけだ」
「何ですか」と半蔵が聞いた。
「氏康に直接会う。俺が小田原に行く」
利三が心配そうに言った。「降伏後とはいえ、小田原に乗り込むのは」
「行く」と俺は言った。「氏康に、直接言いたいことがある」
「言いたいこと、とは」
俺は少し間を置いた。「義堯殿のことだ」
小田原への道は、春の気配が漂っていた。相模の山が、遠くに見える。
俺は馬上からGAMEの〔マップ〕を確認した。安房と相模が、明智の色に染まっていた。北条のマーカーが、小田原で静かに光っている。
もう〔同盟中〕の表示はない。しかし、まだ終わっていない。氏康に会って、直接話す。
それが終わるまで、この戦は終わらない。俺は小田原に向かって、馬を進めた。




