第二十四章 悲しみを武器に、武蔵へ
里見義堯が死んで、三日が過ぎた。
その三日間、俺はまともに眠れなかった。目を閉じると、義堯の背中が見えた。振り返らずに歩いていった、あの背中が。
飯も喉を通らなかった。利三が心配して何度も食事を勧めてくれたが、半分も食えなかった。
幸村から伝令が来た。
「武田は武蔵で動いている。いつまでも悲しんでいる暇はない。義堯殿の分まで戦え」
この男は相変わらず、短くて正しいことを言う。俺は文を握りしめた。そうだ。悲しんでいる暇はない。
義堯が死んで、北条との同盟が成立した。その同盟を活かさなければ、義堯の死が無駄になる。
四日目の朝、俺は立ち上がった。利三が朝食を持ってきた。
「今日は食えそうですか」と利三が心配そうに言った。
「食う」と俺は答えた。
全部食った。食いながら、GAME〔マップ〕を開いた。
【武田信玄〔不死〕〔風林火山〕武蔵占領中 兵力三万一千】
武蔵に入った武田が、着実に支配を固めている。武蔵の各城が武田色に染まっていく。関東の中央が、武田に押さえられた。
しかし、武田の兵力が武蔵に集中しているということは、甲斐が薄くなっているということでもある。
俺はGAME〔マップ〕を確認した。上杉謙信のマーカーが越後で光っている。〔同盟中〕の表示がある。北条氏政のマーカーが小田原で光っている。〔同盟中〕の表示がある。
この二つの同盟が、今の俺の盾だ。信じるしかない。軍議を開いた。
「武蔵を取る」と俺は言った。
全員が俺を見た。義堯の件で気落ちしていた俺が、四日ぶりに前を向いた。全員がそれを感じ取っていた。
「武田信玄の三万一千に対して、俺たちは今何人動かせる」
利三が即座に答えた。「下総から動かせる兵が七千。常陸の義重殿から借りられる兵が三千。合わせて一万です」
「一万か」
「幸村殿の下野からも引き抜けますが、下野が薄くなります」
「下野は動かさない」と俺は言った。「幸村には下野を守らせる。武田が武蔵に集中している今、上野から下野を突いてくる可能性がある。幸村はそっちに備えてくれ」
幸村への伝令を飛ばした。返事はすぐに来た。「分かった。下野は守る。武蔵で暴れてこい」
「一万で三万一千と戦うのか」と政宗が静かに言った。
「正面からは戦わない」と俺は答えた。「武蔵の各城を一つずつ落としていく。武田の兵力を分散させて、各個撃破する」
「武田信玄本人が動いたら」
「そこで上杉と北条を動かす」
広間が静まり返った。
「上杉謙信と北条氏政の同盟を信じる」と俺は言った。「武田が俺に向かってきたら、謙信は越後から武田の背中を突く。北条は相模から武蔵に圧力をかける。三方から挟まれれば、武田も動けない」
家康が静かに言った。「謙信公と北条殿が、確実に動くとは限りません」
「分かっている」と俺は言った。「でも信じなければ、何もできない。謙信への宝物を送ったあの夜と同じだ。俺は信じる」
家康が少し間を置いた。「……分かりました」家康が静かに頷いた。「信じましょう」
出発の前夜、俺は一人で城の高台に立った。南の空を見た。義堯の海が、その向こうにある。
「義堯殿」と俺は呟いた。「武蔵を取りに行く。お前が作ってくれた同盟を使う。無駄にしない」
風が吹いた。俺は踵を返して、城に戻った。翌朝、一万の兵が下総を出発した。
秋の空が高い。俺は馬上からGAME〔マップ〕を確認した。武蔵への道は、下総から西に向かう。関東平野を横断する形になる。
武田の斥候がこちらを察知するのは時間の問題だ。しかし武田信玄本人がすぐに動くかどうか。それが全ての鍵だ。
進軍一日目は順調だった。武田の前衛部隊と小競り合いがあったが、半蔵の忍びたちが事前に位置を把握していたため、回避できた。
二日目、最初の城に着いた。武蔵の東端にある小城だ。武田に落とされて、今は武田の兵が五百ほど守っている。
「落とす」と俺は言った。
半蔵が手を動かした。忍びたちが城の水源を断ち、夜中に城門近くの物見を無力化した。
翌朝、城は一時間で落ちた。GAMEの〔マップ〕上で、武蔵の東端が明智の色に変わった。
三日目、二つ目の城に向かった。しかし、ここで武田の本軍が動き始めた。GAMEの〔マップ〕上で武田信玄のマーカーが、俺の方向を向いた。
【武田信玄〔不死〕〔風林火山〕 明智軍に向けて進軍開始】
三万一千が動いている。俺は即座に伝令を飛ばした。
上杉謙信へ。「武田が動きました。越後からの牽制をお願いしたい」
北条氏政へ。「武田が東に向かっています。相模からの圧力をお願いしたい」
二つの伝令が、同時に飛んだ。返事を待ちながら、俺は兵を動かし続けた。
止まる理由がない。止まれば武田に追いつかれる。動き続けながら、城を一つずつ落としていく。
三つ目の城を落とした。四つ目の城に向かった。武田のマーカーが近づいてくる。
まずい。間に合わないかもしれない。
そのとき、半蔵が飛んできた。「上杉謙信公より返事が来ました」
俺は文を引ったくるように受け取った。謙信の文は短かった。
「義、果たす。武田の背後を突く」
俺は目を閉じた。謙信は動いてくれた。
GAMEの〔マップ〕を確認した。越後のマーカーが南に動き始めている。上杉謙信の軍勢が、武田の背後に向かっている。
武田信玄のマーカーが、止まった。前進が、止まった。謙信の動きを察知したのだ。さすがに武田信玄だ、背後の脅威を即座に感知した。
次に北条からの返事が来た。
「同盟の義を果たす。武蔵に向けて兵を動かす」
北条も動いた。GAMEの〔マップ〕上で、北条のマーカーが小田原から北に動き始めた。武田信玄のマーカーが、今度は大きく動揺した。
前に俺の一万。北から上杉謙信。南から北条氏政。
三方向からの圧力に、武田の三万一千が対応を迫られた。俺は五つ目の城に向かいながら、マップを確認した。
武田信玄が部隊を分散させ始めた。北の上杉への備えに一万。南の北条への備えに一万。残り一万一千が俺への対応に向く。
一万一千。
俺の一万とほぼ互角だ。「行くぞ」と俺は呟いた。
五つ目の城の前で、武田の一万一千と向かい合った。武田信玄本人は北の備えに回っていた。俺の前にいるのは武田の将、山県昌景だ。
GAMEを確認した。
【山県昌景 武力92 統率100】
統率が最大値だ。武田四天王の一人。侮れない。
しかし、俺には手がある。
「〔欺瞞〕を使う」と俺は決めた。
今回の内容は「武田信玄が上杉謙信に敗れた」という情報だ。
根拠はない。しかし謙信と信玄が実際に交戦している今、この情報には妙なリアリティがある。
武田の陣に情報が流れた。山県昌景は動じなかった。さすがだ、見抜いている。
しかし、周囲の兵が揺れた。将は冷静でも、兵は揺れた。その隙に、俺は全軍を動かした。戦は苦しかった。
山県昌景は本物だった。兵が揺れても、統率100で立て直してくる。何度押しても、崩れない。
一時間、二時間、三時間。消耗戦が続いた。俺の兵力が九千を切った。山県の兵力も八千を切っていた。
どちらが先に限界を迎えるか、という戦いになっていた。
そのとき、南から喊声が聞こえた。北条の兵が、武蔵の南端に現れた。
山県昌景がGAMEの〔マップ〕上で振り返った。その一瞬の判断の遅れを、俺は逃さなかった。
「全軍、前へ」と俺は叫んだ。
九千の兵が、最後の力を振り絞って前進した。山県の陣形が崩れた。山県昌景が撤退を始めた。追撃した。
武蔵の平野を、武田の兵が西に逃げていく。GAMEの〔マップ〕上で武田色が、じわじわと明智の色に変わっていく。
そして、夕暮れ時、武蔵の中央城が落ちた。
【武蔵 明智軍占領】
俺はそのGAMEの表示を見た。大きく息を吐いた。
夜、GAMEの〔マップ〕を確認した。武田信玄のマーカーが西に動いていた。上杉謙信に背後を突かれながら、武蔵から撤退している。
【武田信玄〔不死〕 甲斐に向けて撤退中】
追いかける力は残っていない。それに武田信玄を追撃するのは危険すぎる。
「十分だ」と俺は呟いた。
武蔵を取った。上杉謙信と北条氏政が動いてくれた。同盟は、本物だった。伝令を飛ばした。
謙信に礼を言った。
北条に礼を言った。
幸村に「武蔵を取った」と知らせた。
返事が来た。
謙信から。「義のために動いた。礼は要らぬ」
北条から。「同盟の義、果たした。明智殿も果たしてくれた」
幸村から。「よくやった。義堯殿に報告しろ」
夜、俺は一人で南の空を見た。義堯の海が、その向こうにある。
「取ったぞ、義堯殿」と俺は言った。「武蔵を取った。あなたが作ってくれた同盟が、機能した」
風が吹いた。秋の夜風が、南から来た。
俺は目を閉じた。まだ悲しい。しかし前を向ける。義堯の死を、無駄にしなかった。
それだけが、今夜の俺の慰めだった。




