第十章 陸前決戦、独眼竜を討て
上杉謙信との同盟が成立してから五日が過ぎた。
俺は陸中に全軍を移動させた。
羽前に昌幸と五千を残し、羽後の守りに安東愛季と三千を置く。残る一万七千を率いて南下する。伊達政宗との決着をつけるために。
利三が出発前に静かに言った。「本当に行くのですか。前回はかろうじて退けただけです。まだ兵力の回復が」
「分かっている」と俺は答えた。「でも伊達政宗を放置したら、また陸中を取られる。奥州を固めるには、政宗と決着をつけるしかない」
幸村が無言で頷いた。
忠勝はすでに鎧を着ていた。
陸中を抜けて陸前に入ったのは、進軍三日目だった。
伊達政宗はすでに待っていた。
マップを開いた瞬間、俺は息を飲んだ。
伊達政宗〔独眼竜〕兵力二万二千
前回の激闘で損耗したはずなのに、もう補充している。この男の統率力と動員力は、別格だ。
対してこちらは一万七千。
依然として兵力差がある。しかし前回よりは縮まった。
俺は地形を確認した。陸前の平野部。今回は山間の盆地ではない。開けた地形だ。
「地の利は使えない」と俺は呟いた。「真っ向勝負だ」
幸村が隣で静かに言った。「それでいい」
忠勝が前を向いたまま言った。「任せろ」
決戦は朝から始まった。
最初の一撃で、俺は伊達軍の強さを改めて思い知らされた。
整然とした陣形。素早い展開。一人一人の練度の高さ。そして何より、伊達政宗という男が本陣ではなく前線近くにいる。
〔独眼竜〕のバフが全軍に広がり、兵の動きが別次元になっている。
俺の前衛部隊が、最初の激突で大きく押し込まれた。
「《欺瞞》を」と利三が言いかけた。
「待て」と俺は止めた。「まだだ」
知略95の相手に、序盤から《欺瞞》を使えば手の内を読まれる。温存する。本当に追い詰められたときのための切り札として、取っておく。
忠勝を前に出した。
忠勝が中央に出た瞬間、戦場の空気が変わった。伊達の前衛が一瞬、動きを止めた。本多忠勝という男の名前と存在感が、敵の兵の足を竦ませる。
しかし、すぐに動き出した。
伊達政宗自身が鼓舞したのだ。マップ上で政宗のマーカーが前進した。本陣から出てきた。
中盤、戦況は拮抗していた。
忠勝が中央で踏みとどまり、幸村が右翼で伊達の左を削る。しかし、伊達軍は崩れない。政宗が常に崩れそうな箇所に現れ、立て直していく。
俺はマップを見ながら舌打ちした。
この男は本当に強い。忠勝と幸村を相手にしながら、二万以上の軍を動かしながら、全体を見ている。前世のゲームで何度もこの男のユニットに苦しめられた記憶が蘇る。
違うのは、今は現実だということだ。
俺の兵が死んでいる。悲鳴が聞こえる。血の臭いがする。
午後に入って、俺の兵力が一万四千を切った。
「《欺瞞》か」と俺は自問した。
マップを見た。謙信のマーカーは越後にある。同盟情報は前回すでに使った。政宗は知っている。同じ手は通じない。
別の手を考えた。
しかし、考える時間がなかった。
伊達の中央突破が始まった。
政宗自身が先頭に立って、中央に向かってくる。〔独眼竜〕のバフが最大まで高まっている。マップ上で政宗のマーカーが赤く輝いていた。
忠勝がそれを正面から受けた。
轟音のような激突が、戦場の中央で起きた。
マップ上で、忠勝と政宗のマーカーが重なった。
武力90台の衝突だ。忠勝が押されている。生まれて初めて見る光景だった。本多忠勝が、押されている。
「忠勝が」と利三が息を飲んだ。
そのとき、右翼から幸村が動いた。
山場を察知したのか、幸村が右翼の戦線を部下に任せて中央に向かって走ってきた。誰の命令でもない。この男が自分で判断した。
幸村が政宗の側面に飛び込んだ。
忠勝と幸村。
二人が伊達政宗に向かった。
マップ上で三つの武力最強クラスのマーカーが絡み合った。
俺は本陣からその光景を見ていた。言葉が出なかった。
この時代最強クラスの三人が、陸前の平野で激突している。ゲームなら演出が入るような場面だ。しかし現実には派手な光はなく、ただ鋼と鋼がぶつかる音と、三人の人間が命を賭けて戦っている事実だけがあった。
長かった。
どれくらい続いたか、俺には分からない。
そして、マップ上で政宗のマーカーが止まった。
伝令が飛んできた。
「伊達政宗様、負傷。本多様と真田様に押さえられました」
戦場が、静かになっていった。
伊達軍の動きが止まった。政宗が倒れたことが伝わっていく。統率を失った軍が、波が引くように後退し始めた。
俺はマップを見た。
伊達のマーカーが、一斉に南に向かっている。
勝った。
そう思った瞬間、膝から力が抜けた。本陣の椅子に座り込んだ。利三が支えようとしたが、俺は手で制した。大丈夫だ。ただ、力が抜けた。
それから半刻後。
伊達政宗からの使者が来た。
使者の言葉を聞いた瞬間、俺は耳を疑った。
「伊達政宗様が、降伏を願い出ております」
広間が静まり返った。
「本人が、自ら参ると」
伊達政宗は、白装束で来た。
本当に、白装束だった。
付き従う者は三人だけ。武器も持っていない。負傷した左腕に白い布を巻いて、それでも背筋だけは真っ直ぐに伸ばして、俺の前に歩いてきた。
俺の心は、正直に言うとへニャへニャだった。
伊達政宗が目の前にいる。あの伊達政宗が。白装束で。降伏しに来ている。
ゲームで何百時間もプレイした戦国シミュレーションで、最後まで天下統一の邪魔をしてきた男が。
どんな顔をすればいいか分からなかった。
政宗が俺の前で膝をついた。
「明智光秀殿」
声は静かだった。負けた悔しさも、恨みも表に出ていない。ただ、真っ直ぐだった。
「お見事でした」
俺は何も言えなかった。
しばらくの沈黙の後、ようやく口を開いた。
「なぜ白装束だ」
「負けたからです」政宗が答えた。「生きて降伏するなら、せめて覚悟を示す。それが筋というものでしょう」
「死ぬ気だったのか」
「覚悟と死ぬ気は違います」政宗が静かに言った。「明智殿が斬るというなら受けます。しかし斬らないと判断してくださるなら、働きます」
俺は政宗を見た。
この男の目は、忠勝や幸村とは違う光を持っていた。野心の光だ。しかし今この瞬間、その野心が俺に向いている。
「一つ聞く」と俺は言った。「天下は諦めるか」
政宗が少し間を置いた。
「明智殿が天下を取らないというなら、諦める理由が一つ増えます」
回答になっていない。しかし正直な答えだと思った。この男は嘘をつかない。少なくとも今この瞬間は。
「仲間になってくれ」と俺は言った。
広間がざわめいた。
政宗が顔を上げた。少し、意外そうな顔をしていた。
「条件は」
「東北の民を守ること。俺の仲間を傷つけないこと。それだけだ」
「それだけですか」
「それだけだ。天下は要らない。俺はただ、ここで生き残りたい。みんなと一緒に」
政宗が俺を見た。長い間、見ていた。
そして、白装束のまま、深く頭を下げた。
「……お受けします」
その夜、俺は本陣で一人マップを確認した。
伊達政宗のパラメータが、仲間の欄に移動していた。
【伊達政宗〔独眼竜〕忠誠43】
忠誠は低い。当然だ。昨日まで戦っていた相手だ。しかし星二つ。ゼロではない。
俺は忠勝と幸村の忠誠値を確認した。
【本多忠勝 忠誠100】
【真田幸村 忠誠92】
この二人が最前線で政宗を倒した。そしてその二人の忠誠が、今や最高値に近い。
遠江から逃げ続けた旅が、ここまで来た。
俺は窓から外を見た。陸前の夜空に、星が広がっていた。
利三が湯呑を持って入ってきた。
「十兵衛様、今夜はどんなお気持ちですか」
俺は少し考えた。
「へニャへニャだ」と正直に答えた。
利三が吹き出した。声を立てて笑った。こんなに笑う利三を見たのは初めてだった。
「それでよろしいと思います」と利三が言った。「人間らしい」
俺も少し笑った。
マップの東北が、静かに光っていた。




