25.
子供達は泣かない。泣きたくない。これ以上、涙を流したくない。戦うと決めた心が、揺らいでしまいそうになるから。
だから、ナナが、ルナトリックが、精一杯守ってくれる背中越しに、自分もできることをしようとする。だが、届かない。全然、届かない。微かな力では、天使と言う強大な敵に太刀打ちできない。
ナナが血を流すところなんて初めて見た。ルナトリックが苦しさを見せるところなんて初めて見た。
パーティの中でも特に揺るがぬ余裕を見せる二人が今、力を振り絞って戦っている。だったら、その背にしている者はなんだ、その背が守ろうとしてくれている者達はなんだ。
自分達だった。
自分達は守られてばかりだ。ラリルレだって、シアスタだって、双子だって、関係ない。レベルや力なんて、全く関係ない。
――だから、歯がゆい。いっつも頼ってばっかりで、こんなときに何も出来ないのが、歯がゆい。
ラリルレが『自分は弱い』と思っていたことは、シアスタだって、リリムとリリスだって、似たようなことを思っていたのだ。それは互いにある意味で尊敬し合っていて、守られる立場という意味合いで対等だからこそ、四人は同じ思いを思っていた。
だが、ここで縋るようなことはしたくない。死んでしまった者にも生きている者にも、縋りたくない。誰かに頼ってどうにかしてなんて願いたくない。弱い自分達ではどうにも出来ないこの惨状だとしても、チクマが、ロロが、そしてイキョウとソーエンが紡いでくれたこの命の行き先を、誰かに託すなんてしたくない。
だから、せめて、子供達は自分ができることを一生懸命に、無力であっても頑張るのだった。
* * *
「――」
カフスの静かな涙は、呆然とした目から流れてイキョウとソーエンの体へ落ちる。
流れて、落ちて、滴り、落ちて、垂れて、落ちて――。
「そーぱいせん……きょーぱいせん……」
――似たような涙を流すメイドは、巫女服姿の女性におぼつかない体を支えてもらって、側に立つ。
「……もう、どうにもできないっす。あたしたちじゃ、どーもできないっす……。生きてるだけで死んでないあたしだったから、分かることあるっす。神は、今が一番生き生きしてるんす。過去も未来も願いよりも、今を生きているから、願いを擲ってでも元の力を取り戻そうとしてるっす」
言葉を呟くように話す彼女が涙を流し体に力が入らないのは、分かっているから。
「ナナナちゃんさん、マジで限界っす。ナトナトも、無理してるっす。天使達を相手にして、神も倒すなんて、出来ない状態っす。
リルリルちゃんだって、シアシアちゃんだって、双子ちゃんだって、神様を倒す為に自分で頑張れる強い子達っす。一番……いっちばん……よわいの……あたしなんすよ……。分かってるから、分かっちゃってるから…………。どうにもできないことをどうにかできる人たちも、知ってるから……」
ヤイナは、セイメアから降ろされて、白い大地に膝を付きながら二人の頭をなでる。
大好きだったら。あの日から。二人に甘やかされて、甘えて、撫でられるのは。
「そして……パイセン達が、傷ついても、死んででも、記憶を無くしてでも、守りたいものを知ってるから……――絶対に、生き返るって、信じてるっす。……パイセン達何死んじゃってるんすか、ガラじゃないっすよ、殺しても死なそうなのにこーゆーときばっかり死んでるなんてずるいっすよ……死ぬなら一緒に死なせて欲しいっすよ……」
ヤイナの撫でる手は、言葉と呼応するようで次第に二人の胸へと下がり、ついにはポンポンと殴るような手つきへ変わる。甘えるように、ダダを捏ねるように。
「弱いの分かってるから、あたしじゃ皆を守れないんす。誰も、一人も、守りたい人たちも、パイセン達みたいに出来ないんすよ……。あたしひねくれ者なのにパイセン達みたいになれなくて、ナナナちゃんさんやナトナトみたいに人外になれなくて、クマクマちゃんやロロロちゃんみたいに身を投げ出してでも守れる特別な力を持ってなくて……リルリルちゃん達みたいに、一生懸命頑張れる強さなんて持ち合わせてないっす――」
そう呟くヤイナの目には、二人が死んでいるようにしか見えない。そして茫然自失なカフスの目には、二人の体に魂が見えない。
イキョウとソーエンを良く知るヤイナと、その目で魂が見られるカフスだからこそ分かるのだ。無条件で漠然とした信頼を向ける者達では分かり得ないほどに、今の二人は抜け殻で、『死んでも死なねぇようなコイツ等なら生き返るだろ!』という無類の信頼など向けられない。
そしてヤイナこそ分かる、分かってるから、分かっちゃえるから、分かることがある。
心を失くしたイキョウと、友を失くしたソーエンは、誰もが理解し得ないほど哀を通らぬ空虚さで満たされていることを。互いに罵倒し合ってでも本懐のためなら不可能を可能に出来る者達が、互いに何かを失ってしまってるから、本懐さえも遂げることができなくなってしまっていて、あまつさえ死んでしまっていて。そしてこの二人の、今の死は、本物の死であって。
「――――」
流動する音、巨大な何かが這う音。その音を側で上げるのは、スライム状の肉体を持った天使であって――。
「……そー……きす……?」
その音に反応したのは、茫然自失と涙を流していた“姉である”カフスだった。
「――――」
巨大な質量を持つ天使は、見た目ほど威圧感も無く、ただ側に聳える。
体は震えて何か音を出しているようだったが、それが声にはならず、声を生むほどの理性も知能も無い。呑み呑まれた果ては、自我と無我も併せ呑んで、ただただ貪食する者と成っていた。
だが、成っていたと、しても――。
「お、ねえ、ちゃん」
巨大なスライムの触手は、カフスの流れている涙を掬うように拭う。その行為に対してカフスは悲痛な声で弟の名を叫ぶ、が。
「ふ、へへ」
涙を掬った触手は、ソーエンの亡骸へ触れていた。
カフスは分からない、分からないが、お姉ちゃん的感が心をざわめかせて、ソーキスの名を叫ぶように、何かを訴えるように、らしからぬ大声で呼ぶ。
「ぼく、おにいさんとソーエンの、たましい、で、できてる。おにいさんには、いるんだね、らしいや、おにいさんだもん。いないのが、ソーエンらしいもん。だから、だからね、おかえしするよ、たのしかったよ、とってもたのしくて、ぼくがぼくらしくいれたんだよ。てんしじゃなくて、ソーキスでいられたんだよ。ぼやぼやしてたまいにちが、たいせつないちにちいちにちになって、ふにゃふにゃするのたのしかった」
ソーキスの触手は、ソーエンの胸へと張り付く。
「……やなとこ、似たんすね」
「にてる、よ、だって、おにいさんと、そーえんとにてるから、おなじくらい、あまえたい、ねむりたい、やりたくないことはしたくない――まもりたい、みんな、を、こと、を」
そしてソーキスは知っている。カフスは力ずくで止めるような手段をとらないことを、例えどんなことであっても。だから、それにすら甘える。大事な大事なお姉ちゃんから悲痛な叫び声と手を伸ばされても。
「おにいさんには、いる、から、だから、ぼくは、そーえんにあげるね。そーえん、ねぼすけだから」
伸びる触手の本体。巨大な体を強く見つめるのは、弱弱しいヤイナよりも、泣いているカフスよりも――一人の巫女だった。
「……キスキスさん」
「うん。だいじょーぶ。せいめあ、ヤイナを、よろしくね」
「……はい」
何かが、巨大なスライムから触手を伝ってソーエンの中へと流れて行く。貰ったモノを返すように――。




