23.ありがとう
「ろ、ろ、ちゃん……?」
おっきな、たこちゃんが、居ない。愛して愛して止まない、かわいい、ロロが、居ない。
「ろろ、ちゃん……ロロ、ちゃん! ロロちゃん!」
ラリルレは取り乱して叫ぶ。名を、ロロの名を、大好きなかわゆい者の名を。
居ない、居ない、居ない。言葉よりも先に感情が動いて視線が、首が、周囲全てを一生懸命に探す。だが、居ない、見つからない。
「ろろちゃ――」
「よんだか、らりるれ」
声がした。求めている者の声が、した。どこ、どこ、どこ……下からだ、真下からだ、足元からだ!
追い求めている者をすぐさま見つけたいラリルレは、すぐに視線を落として足元に眼を向ける。頭には、いつものロロを思い描いて。そして、いつも通りに、頭に乗せようと思って。
だが――違かった。ロロは、ロロの姿をしていた。だが、体がボロボロだ。体中にヒビが入っている。これから壊れ行くような姿ではない、残った力を振り絞って壊れた体を繋ぎ合わせているような、姿だった。
「らりるれ、すまぬ……わかってはいたのだ……いまの、われに、かみをころ――」
「ロロぢゃん!」
ラリルレはしゃがみ込んですぐにロロの体を抱き締めようとした――しかし。その体は、触れれば壊れてしまいそうなほどに脆さを感じる、触りたいのに、抱き締めたいのに、触れられない。
「らりるれよ……」
「そ、そうだ! 回復、魔力、少し戻ったから、つか、つかえるよ! <愛の献身>!」
――治らない、戻らない、ヒビが消えない、消えてくれない。
やだ、いやだ、やだった。
「らりるれよ……」
つちくれのように脆さを帯びた触手は、ラリルレの顔に伸ばされる。伸びるほどに、触手は崩れて塵へと還っている。
「まっててね! すぐなおるからね! だいじょうぶだからね!」
ラリルレは、死に近づいて居る者達を治した事だってある。そういった時に、こう言った声掛けをする。そう言った、声掛けを、今、無意識にしてしまっている。
「あとちょっと、もうすこし、ううん、すぐだから――」
「……だきしめてくれ」
それはまるで、死に瀕した者が最後に望むような言葉。死に瀕しているからこそ強く望み、死に行く者から向けられた願いだからこそ、最期に叶えてあげたくなってしまう。
「や、やだ、よ……いやだ、いやだよぉ……だって、だって……!」
それをしてしまっては、その先に待つ事を受け入れなければならなくなってしまう、やだ、やだ、やだ
――ロロの触手は、ラリルレの体に絡み付いてくる。
「……ロロちゃん……っ」
「あたたかい……」
土くれよりも脆い体は、されどラリルレの抱き締めを受けるために柔らかく変形する。そしてラリルレは、抱き締めたかったロロを抱き締めてしまったら……力が抑えられなくていっぱいいっぱいに抱き締めていた。
ロロは、この温かさが大好きだった。
「ロロっ、ちゃん……! いたくっ……! ないっ……?」
何かを押し殺すように、優しく言葉を掛けてくれる声。ロロは、ラリルレの温かい声も大好きだった。
「あぁ……。ずっと、ずっと、堪能していたいくらいだ……」
「いい、よっ、ずっと、ずっ、と、いっしょに、居て、良いんだよ……!」
「ずっと、ずっと、一緒に居たかった……。ずっと、抱き締められていたかった……――ああ。――そうか……」
「どうっ、したのっ……! ロロちゃん……!」
「我が、我等が、混沌が……望んでいたことは、神殺しだった……だが、それは虚しき願いであり、そして本質はそこに無かったのだな……」
「うんっ……うんっ……!」
うわ言のような声、小さくか細い声。そんな声を前に、ラリルレは静かに看取るようで。
「我等は……憎しみの存在となった我々は…………。……笑っていたかった。存在してて良いよって、認めて欲しかったのだな……誰かに、優しく、抱き締めて欲しかったのだな……」
「いきてていいよろろちゃん! これからも、ずっと、いきてていいんだよ!」
「……ありがとうラリルレ。ラリルレから多くを教えて貰った我は、最期に、己の答えを教えてもらった。温かき少女よ、ラリルレよ、大好きなラリルレよ、そして、シアスタ、リリム、リリス……笑ってくれて……楽しかった…………ありが、とう、ありがとう――」
うわ言、繰り返す言葉、繰り返される言葉、繰り返すほどにロロの意識は消えていき、繰り返すほどにロロの体も朽ちて行く。
そんな彼を、シアスタや双子もまた、抱き締めた。
「――」
言葉が、ロロから返ってこない。それでも、返ってきたものがある。ロロの目は、優しく微笑んでいて、その目は嬉しそうに、満足したように、温かさに包まれるように――笑っていた。
彼が消える頃には白き大地が元の白さを取り戻していて、だがその白き大地の発光は静かに美しくもロロの死を弔うものではない。
淡い光に照らされた少女達の顔には涙が、だが、取り乱すように泣いているのではなく、静かに無く姿が。そして、残された者達に、残された物は、沢山ある。
その一つは、ラリルレの手に。
「ロロちゃんの触手……」
小さな小さな、触手の先っぽ。大切な者の、邪神の、ロロの、微かな遺骸。それを握れば、いつものロロの感触がラリルレの手に伝わり、彼との思い出を沢山思い出せる。
その一つは、子供達の心に。
「……ルナトリックさんが神に何かをやったようです。宙に浮いた状態から動きがありません」
「ちくまと」「ろろ」「るなとりっくが」「つくってくれたちゃんす」
「皆が、チャンス、作ってくれた……!」
ラリルレは涙を振り払い、覚悟の目で眼前に居る敵を見る。
そして、ダッキュと、アザリスタも。
「なんじゃこの感覚……神の存在があやふやに……変化しておるのか……?」
「ダキュース様、そのお力で見たものを教えてくださるかしら?」
「……詳しくは分からん、じゃが、神の感覚が変わっておる。漠然的で莫大な光のような感じが、先よりは輪郭を捉えやすくなった」
神はルナトリックに何かをされた。その何かまでは分からない。
だが、未来を見て神とは遠く手の届かない星の光のような存在だと知るダッキュだからこそ分かることがある。――今の神には、手が届く。
手が届く。その事実を実感したダッキュの手には、無意識に力が入った。欠けた聖剣を持つ手に、アーサーの武器を持つ手に。
そしてまた、一人。手を握るものが居る。その者の手は、優しく、手に握ったものを包み込むように。
「……」
握ってしまえば、思い出せる。思い出せる思い出がいっぱいだから、失ってしまった悲しみはすぐには消えない。
それでも。
「仲間が皆ががんばってるのに、私、なにもしてない」
「“私たち” ですよ。ラリルレさん」
悲観めいた言葉だというのに、その顔には覚悟が乗っている。
「わたしたち、ゆめのそんざい」「ゆめのそんざいだから、わかる」「いまのかみさま、てがとどく」「わたしたちでも、さわれる」
今まで神を夢のような触れられぬ存在と表現した場合、今の神は現となって宙に浮いている。触れるという事は、干渉できるということ、攻撃ができるということ、対抗する手立てがあるということ。
「……ルナトリックさん……貴方、観察者に向いてないわよ」
遠くに膝を付いて、ボロボロになって動かない男を見て、アザリスタは言葉を向けながら子供達を見た。
「シアスタ。私も手を貸すわ」
「――師匠……お願いします」
アザリスタは、場違いだが感激をしてしまいそうになる。弟子の、愛弟子の、愛娘の、立派で覚悟を抱いた姿に、成長を感じて。
「わっちも協力するぞ。防はもう捨てじゃ、残る魔力は全て功に回す――カフス! お主もそうしろ!」
ダッキュが飛ばす声の先は、神域の天だ。残る命を全て守ろうとして、足掻く、無様な龍へだ。
「あ……あぁ……」
失った命を、一つ一つ数えていた。カフスは。力を裂いて、持ちうる限界を超えて、身を滅ぼして、人を愛したから龍の姿も忘れて悲嘆にくれて人の姿となって。
だから、涙を流し、呆然として、空で一人泣いていて――
「<万象転移>!」
――ダッキュは、無駄ではない魔力を使ってカフスを自らの元へと手繰り寄せる。
「カフス!」
ダッキュは、大好きなカフスが茫然自失としている中で、胸倉を掴んで引き寄せる。
「お主は昔っから皆を救おうとしすぎなのじゃ! じゃが! 全部、救おうなぞ、無理な話なのじゃ!」
「……」
カフスは、泣いている。声が届かないほどに、涙を流して、遠く深くに悲しみを抱いている。
「皆を等しく救おうとすれば誰が最も傷つく! 無理な話を無理に実現しようとして無理をするお主じゃろが! じゃからうちはアステルを作らせる代わりにおぬしに選ばせた! 助ける者達を!」
「……」
カフスの口は、微かに動く。だが、ダッキュの言葉に反論しているわけではない、ダッキュへ言葉を向けているわけでもない。死した者達、一人一人の名を呟いて、一人一人に悲しみの感情を向けていた。その中には、チクマの名もある、ロロの名もある、平和の旗印だって、にゃんにゃんにゃんだって、絶・漆黒の影だって、皇帝の名や王国四騎士の名だって、他国の者だって――イキョウと、ソーエンの名だって。
「のぅ……大好きなカフス。お主はもう、休んで良いのじゃ」
ダッキュは、名を呟くカフスを優しく抱き締めて、イキョウとソーエンの亡骸の側へと連れて行く。
「泣き疲れた赤子のように、ゆっくり目を閉じるが良い。龍の目は閉じ、一人のヒトとして生きよ」
その言葉を残し、ダッキュは泣いているカフスの元を離れる。
「皆、覚悟は良いか」
「うん……!」「はい!」「「よいっ」」「ええ」
臨時の集団、子供達とアザリスタと法王。六人は覚悟を抱いて視線を神へ向ける。
「人の手が届く神ならば、人の手は神の命にさえ届くであろう。果たして命と呼べるものがあの神にあるのかは分からんが、ルナトリックが生み出した槍は全知全能へ限界を生み出した事は分かる」
「あの人が次を考えずに無謀に動いて結果だけを残すはずが無い……これすら、過程なのかしら」
「難しいコトは分からないよ! でも!」
「ルナトリックさんの、チクマさんの、ロロさんの! 仲間である私たちはまだここに居ます!」
「のこしてくれたこと、つむぐこと」「みんながつむいでくれたつぎは、わたしたちのばん」
「……こう、どこかに懐かしさを感じるのじゃ……希望を絶やさぬその姿勢…………まるで、勇者のかくあるべき姿のようじゃ……」
ダッキュは懐かしさを感じながらも、それに浸っている暇などない。神が停止している今を、逃すわけにはいかない。だから、皆へ断りを入れて跳ぶ――転移の魔法で、神の御許へ。




